第115話 「待伏」
「遅くなってすまない。増援を呼ぶのに時間を取られてしまった」
あたしは目の前の聖堂騎士が何故ここに居るのが理解できなかった。
「あ、あんた、な……んで?」
痛む体に鞭打って声を絞り出した。
聖堂騎士は屈んであたしを抱き起す。
「さっきの君の態度が気になってね。悪いとは思ったが後を尾けさせてもらった。……それにしても、一体これはどういう事だ?何故、国の騎士が人を襲っている?君は何か知っているのか?」
知ってはいるが言えない。
言った途端にこのお人良しの聖堂騎士の態度は急変して敵になる。
そうなったらあたしは今度こそ終わりだ。
「……なら俺が教えてやるよ。この貧民街はダーザインの巣だ!お前が庇っている女は連中の一味だ!グノーシスならダーザインをどうするかは分かり切ってるだろうが!」
「ダーザイン?この娘が?」
さっきの騎士が苦し気に呻きながらそう喚き散らす。
殴られたのか鎧の胸の当たりが大きく陥没している。
聖堂騎士は訝し気な口調で反芻した後、あたしの方に顔を向けた。
兜越しなので顔は見えないが、戸惑っているような雰囲気が伝わって来る。
「俺達がやっているのはダーザイン狩りだ!国に害を及ぼす害獣の駆除なんだよ!分かったらその女をこっちに寄越せ!」
聖堂騎士はあたしをそっと横たえると、ゆっくりと立ち上がりながら騎士の方へ振り返る。
「断る。彼女達がダーザインだろうが何だろうが、抵抗できない相手を痛めつけるようなお前達を俺は許さない。素直に消えるなら見逃してやるぞ?」
騎士は鎧越しでも分かる程、怒りを滾らせて剣を抜きながら突進。
聖堂騎士は動かずに引き付けてから騎士の斬撃に合わせて殴りつける。
騎士の剣が鎧に当たって折れるのと同時に聖堂騎士の拳が騎士の胸にめり込み、騎士は鎧を粉砕されて吹き飛び、地面を何度も跳ねた後に動かなくなった。
「……今は何も聞かない。ただ、この騒ぎが終わったら君から話を聞かせて貰う」
聖堂騎士はあたしを抱き上げる。
「落ち着いたらここのグノーシスの教会を訪ねると良い。必ず悪いようにしないと約束する!」
あたしは下ろすように言おうとしたが、痛みで声が上手く出ない。
「取りあえず安全な所まで連れて行く。後は自由にしてもいいけど、出来ればここを離れて欲しい」
聖堂騎士はそう言うとあたしを抱えたまま走り出した。
貧民街に最初に火の手が上がってそう時間は経っていないが、被害は凄まじい勢いで加速している。
騎士達は我先にと住人を捕らえ、殺し、蹂躙した。
彼らはそう広いとは言えない貧民街を囲み、端から塗り潰すように制圧を続けている。
集められた住民達は縛られて、貧民街から少し離れた所に纏めて転がされていた。
騎士達は皆、信用できる筋の「善意の通報」により、ここに集まっている。
本来なら王都内でここまでの作戦行動は許可が要るはずなのだが、不思議な事にその許可も不自然な程、早く下りた。
まるで、誰かに誘導されたかのように。
許可を出した方も碌に税を納めない貧民街の住民は邪魔だったので、区画整理をするいい機会と考え、何者かの思惑には気が付いていたが乗る事にしたのだ。
……とは言っても、国の上も馬鹿ではなく、何かあった時の為に失ってもそう惜しくはない、素行に問題のある「消耗品」のみを差し向け、大事な戦力はこの件には近づけなかった。
結果、何の罪もない住民を平気で手に掛ける事が出来る倫理観が欠落した騎士のみが襲撃に参加し、これまた結果的に効率良く貧民街の制圧は進んでいる。
この調子でいけばそう時間はかからずにこの区画の制圧は終わる筈だった。
……だが……。
民を襲っていた騎士達の一部が衝撃と共に吹き飛んだ。
「貴様らぁぁぁぁぁ!!!何をしておるかぁぁぁ!!」
それと共に怒号が響き渡る。
声の主は白い鎧の一団を率いてそこに現れた。
性別は男。身に纏うは岩のような重量感のある灰色の鎧。
手には巨大な
肩にはグノーシスの
「私はグレゴア・ドミンゴ・グロンダン聖堂騎士だ! 貴様らに警告する。今すぐに民に対する狼藉を止め、捕えた者達を解放せよ! さもなくば斬り捨てる!」
男――グレゴアの後ろに控えている聖騎士、聖殿騎士達が剣や槍を民を襲っている騎士に向ける。
「いきなり現れて何を言ってるんだ!これは王都の治安維持の一環だ!俺達はダーザインと奴らが根城にしているこの貧民街を討つという使命を帯びている!俺達の邪魔をすると言う事は、ウルスラグナを敵に回す事になるんだぞ!分かったなら消えろ!」
言い返した騎士に乗っかるように他の騎士達もそうだそうだと喚きだす。
それを聞いたグレゴアは――。
「だぁまぁれぇぇぇい!!!」
―― 一喝で黙らせた。
「確かにダーザインは滅すべき悪だ!貴様らが掲げる大義としては充分なんだろうが、明らかにそうではないと分かる罪なき民まで傷つけるとは何事か!貴様らの言う治安維持とやらは民を痛めつける為の方便か!だとしたら恥を知れい!」
グレゴアの怒声に騎士達は言い返せずに沈黙する。
騎士とは言っても中身は盗賊等の学のない罪人上がり、言い返せるほど弁の立つ者はいなかった。
その為、騎士達は内心で怒り狂ってはいるが動けない。
それと反比例して戦意が萎えていく。
何故なら、目の前で自分達に武器を向けている連中は実力では敵わない格上だからだ。
彼らは自分より弱そうなものは嬉々として痛めつけるが、強そうな者には尻込みしてしまう。
このまま行けば彼等は不満を垂れ流しながら去る。
何故なら、彼等は命を賭けてここに立っている訳ではないのだから。
――こうして、この悲劇に幕が下りる――。
――筈だった。
「がはっ!?」
騎士の一人が聖騎士を戦斧で叩き斬った。
斬られた聖騎士から血が噴き出し崩れ落ちる。
「なっ!?」
誰かが動揺の声を漏らす。
斬った騎士は高らかに叫ぶ。
「こいつ等は俺達の任務を邪魔する敵だ!殺っちまえ!」
それと同時に一部の騎士達が雄たけびを上げて聖騎士達に襲いかかる。
流れに引っ張られるように残った騎士達もそれに続く。
「貴様らぁぁ!構わん!応戦しろ!」
グレゴアの怒声と共に聖騎士達も武器を構えて迎え撃つ。
貧民街を襲う悲劇は激しさを増し――まだ終わらない。
騎士と聖騎士の激突。
何故、こんな事になっているかは理解できないがこれは好機だ。
あたし――ジェルチはこの騒ぎに乗じて集まった皆を連れ、避難する事にした。
目的地は城壁にある隠し通路だ。
普段はボロ屋に偽装しているが、中は外壁をくり抜いて作った通路があり、そこさえ抜ければ王都の外へ出られる。
そして外へさえ出てしまえば、逃げ切るのは難しくない。
まだ、戻っていない娘は居るが……待っていられない。
隣のヘルガを見ると、彼女は小さく頷く。
……行こう。
隠れ家から外へ出て、注意を引かないように分散して城壁を目指す。
戦闘の音は少し遠い、これなら行ける。
騎士や聖騎士は潰し合いに夢中でこちらには気づいていない。
行けると確信したあたし達は急いで隠し通路に向かう。
だが、後少しという所で邪魔が入った。
「……っ!?」
あたしは「爪」を伸ばして死角から斬りかかって来た騎士の攻撃を受ける。
こいつ等、どこから現れた!?
続くように次々と騎士が現れる。
……聖騎士と戦っているはずじゃなかったの!?
抜け駆けしてこっちを狙った?
妙だ。何でこんな狙い澄ましたかのように……。
それに、こいつら何かおかしい。
まず装備。
全員が装備に何らかの損傷を負っている。
酷い者は鎧が半壊している。だが、奇妙な事に本人は特に傷を負っていない。
まるで負傷したのに元に戻ったかのようだ。
後は、不自然な程に動きが良い――と言うより連携が上手い。
上手すぎる。
二人が左右から剣で斬り込んで来たのを下がってやり過ごそうとした所を槍が飛んでくる。
顔の真ん中を狙った槍を首を傾けて躱し、それと同時に麻痺毒の息を吹きかけた。
喰らった騎士は構わずに向かってくる。
……効いてない?
いや、それはない。
明らかに騎士の動きは悪くなっているが止まらない。
まるで、何かに体を強引に動かされているかのようだ。
動きを止めるのは無理と判断したあたしは、無力化を諦め殺害に方針を変更。
「足」を使って瞬間的に加速。
懐に入って「爪」で喉を抉る。抉られた騎士はこふっと血混じりの息を吐く…が止まらない。
……何でよ!?
騎士は剣を振るおうとするが、その前に爪を一閃。
首を跳ね飛ばす。
今度こそ騎士は崩れ落ちた。
周囲を見ると、他の皆も騎士との戦闘に入っている。
……こいつ等、まるで待ってたみたいに現れて……。
どう考えても待ち伏せされていたとしか思えない現れ方だ。
この場所が漏れていた?なら何で虱潰しにするようなやり方を?
知っているなら始めからここに来ればいいのに何でこんな面倒な方法を取る?
疑問は多いが、今はこの場を切り抜けるのが先だ。
考えている間にもう二人、爪で首を刎ねて仕留める。
仲間が殺られているのに騎士達に動揺は無し。
こいつ等は装備からして、底辺の騎士だ。
連携が取れるのもおかしいが、終始無言なのはもっとおかしい。
盗賊や罪人上がりの騎士はとにかくうるさく喚き散らす。
それが、致命的傷を負ったにもかかわらず無言。
不自然を通り越して不気味で、以前に一度だけ『辺獄』で戦った
「爪」で三人を切り伏せ、自分に向かってくる奴が居なくなり他へ加勢に向かおうとした時だった。
偽装用の家が轟音と共にいきなり潰れた。
そして……。
「よぉ」
城壁からあの男が降りて来た。
今回は正体を隠す道具を装備していないのではっきり顔が分かる。
ヴェルテクス。
現状、最も現れて欲しくない男だった。
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