第98話 「対応」

 聖騎士達が慌ただしく走り回っています。

 それを見ながらあたし――聖騎士見習いのジョゼは同僚のサリサと主であるクリステラ様の帰りを待っていました。


 ここはメドリーム領、ムスリム霊山頂上にあるグノーシス教団聖騎士の本部です。

 少し前に街を騒がせた事件も一段落し、平和が戻ったと思った矢先の事でした。

 詳しい話は知りませんが、何か大きな事件があったそうです。


 その所為でここは随分と騒がしくなりました。

 サリサもあちこちで話を聞いて回っているようでしたが、それも済んだようで今あたしの隣に居ます。


 「ねぇサリサ。何があったの?」


 特にやる事も無かったのでサリサに聞くことにしました。

 サリサは複雑な表情で手帳を取り出すと捲り始めます。


 「……オールディアは知ってるよね」

 

 もちろん!あたし達の母校がある所じゃない忘れる訳ないよ!

 サリサと初めて会ったのもオールディアだしね!

 あたしは当然だと頷きました。

 

 「あそこで何か問題が起こったらしいの。はっきりしないから本当の所は何とも言えないけど、話によるとダーザインの大規模な襲撃があったらしくて――」

 

 ダーザイン!あの最悪と言っていいほどの邪悪な集団!

 人を攫って怪しげな儀式に使ったり、怪しげな魔法で怪しげな魔物を召喚している怪しい集団!

 私達の思い出の地を襲うなんて絶対許せない!


 あたしの剣の――剣の、えっと――とにかくやっつけてやります。

 

 「情報が錯綜していて詳しくは時間が経ったら分かるとは思うけど、聞いた話によれば街が壊滅したとか、炎上したとか、地下から悪魔の群れが湧きだしたとか――もう、嘘だか本当だか……」


 サリサが話していると奥からクリステラ様が出てこられました。

 クリステラ様は厳しい顔をしながらこちらに歩いてきます。

 

 「2人ともお待たせしました。さぁ、行きましょうか」


 そう言って外へ歩き出しました。あたし達もそれに付いて行きます。

 

 「あの、クリステラ様」

 「少し待ってください。私の執務室で詳しく話します」


 サリサが遠慮がちに質問しようとしましたが遮られてしまいました。

 ここでは言えない話なのでしょうか?

 しばらく無言で歩いた後、クリステラ様の部屋へつきました。


 部屋へ入ると座るように促され、私達は席に着きます。

 

 「さっそく本題に入ります。二人はオールディアの話を聞いていますか?」

 「はい。あくまで噂と言った段階の話ですけど――」

 

 サリサは自信がなさそうに答えました。

 クリステラ様は表情を変えずに続けます。


 「私に任務が与えられました。内容は聖騎士を率いてのオールディアの調査。現在、あの街は黒い雲の様な物に覆われ中の状況が全く分からないとの事です」

 「……黒い雲」


 サリサは黒い雲が気になるのかしきりに呟いています。


 「その黒い雲なのですが、ダーザインやテュケと言った悪魔を扱う集団が行う大規模な儀式によって現れる物と酷似しています。恐らくですが、街は悪魔が跋扈する魔界と化しているでしょう。調査という名目ですが間違いなく戦いになります」


 クリステラ様の真剣な口調にあたしは思わず息を呑んでしまいました。


 「ですから二人にはここに残って――」

 「あたしも行きます!」


 あたしは思わず遮って声を上げてしまいました。

 クリステラ様が少し驚いた顔であたしを見ます。


 「あたしも見習いですが聖騎士です!皆の為に戦いたいという思いは誰にも負けてません!」

 「なりません。今のあなた達の実力では死にに行くだけです」


 あたしはそう言われて何も言い返せずに俯きます。

 

 「お待ちください。先程、仰られた聖騎士を率いると言う事はオールディアは奪われ、それを取り返しに行くと言う事、つまりは『聖地奪還レコンキスタ』と言う事ですね」


 ……えっとレコン? 何だっけ?


 サリサの言った言葉の意味を必死に思い出します。

 あ!思い出しました!えっと、そうあれです!奪われた地を取り戻す聖なる行軍です!

 グノーシスの教えでは、この大地は聖なる地で――邪悪な者に奪われたなら取り戻さないといけないのです!

 

 「ええ。その通りです」

 「でしたらなおの事、私達を共にお連れ下さい。人数が居ると言う事はそれだけやる事も多いはずです。物資の調達、管理、移動経路の確認。移動を開始してからも食事、装備の点検とやる事は山積みのはずです」


 クリステラ様は驚いた顔でサリサを見ています。

 サリサは構わずにそのまま話を続けます。


 「少なくとも私達が居ればその負担は大幅に減らせると思いますがいかがでしょう?」


 身を乗り出して提案するサリサにクリステラ様は少し身を引きます。

 あたしもここが勝負所と思い隣で必死に頷きました。

 何でもしますと思いを込めて何度も頷きます。

 

 「……分かりました。では二人に準備の手配をお願いします。準備の際は私の名前を出して構いません」


 クリステラ様は少し諦めが混ざった口調でそう言いました。

 それからのサリサの行動はとても早かったです。

 あたしを連れてあちこちで色んな人と話をして何やら難しそうな事をしていました。


 後で聞いたら物資の手配を自分達でやると言う話を上に通して正式に許可を取り、必要な物を買う為に街を回ったそうです。

 あたしは後ろで見ていましたが何の話をしているか全くわかりませんでした。


 そうこうしている内に手配が終わりあたし達は色々買い込んだ荷物を抱えて帰途についていました。

 話も終わったので少し気になる事があったので思い切ってサリサに聞いてみます。


 「ねぇサリサ」

 「何?」

 「何であの時、クリステラ様に付いて行くって言ったの?」


 そうです。サリサはとても聞き分けの良い子です。

 クリステラ様が駄目と言ったらはい分かりましたと言って引き下がるのが普段の彼女だ。

 でも、今回に限ってはそうじゃなかった。

 

 あたしはそれが気になりました。

 

 「そうね。普段だったら素直に引き下がってたと思う。でも、今回は別よ。だって『聖地奪還』よ?滅多にない事件だわ。それに参加したと言う事だけでこの先、私の経歴に箔が付く。言って置くけどクリステラ様の力になりたいと言う気持ちは嘘じゃないわよ?」

 

 サリサは「参加が認められた以上、失敗はできないし頑張らないとね」と付け加えました。

 えっと。こういう事は滅多にやらないから参加したい?って事でいいのかな?


 「……先に言って置くけど、この任務はかなり危ないよ」

 

 そんな事を考えているとサリサが話を始めたのであたしはそれに耳を傾けます。

 危ない?それはいつもの事じゃないのかな?

 あたしの表情で分かったのか少し困った顔をします。

 

 「私も記録でしか知らないけど以前に同じような事があった時、かなりの犠牲が出たらしいのよ。中には聖堂騎士様も含まれていたらしいわ」

 

 それを聞いてあたしは驚きました。

 聖堂騎士。それは聖騎士の最高峰。選ばれた人間しかなる事の出来ない高み。

 あたし達が目指す場所。その聖堂騎士が負けた。サリサの真剣な顔を見れば嘘じゃないのは分かります。

 危ない相手なのでしょう。


 ……それでも……。


 「危険なのは分かったけど、クリステラ様が負けるなんてありえないよ!」


 そう、私達の主であるクリステラ様が負けるなんてありえません。

 あの方は常――常……えっと――もにょもにょ、無敗!負けはありません!

 それを聞いてサリサは苦笑。


 「そうね。あの方が負けるのはちょっと想像できないかな?」


 サリサは「考えすぎかな?」と最後に言いながら抱えている荷物から果物を取り出します。

 

 「固い話はここまでにして食べない?色々動きっぱなしで食事取れてないでしょ?」


 あたしはそれを受け取ります。

 プミラと言う赤い果物ですが、今まで見た物よりも赤いですね。

 それに何だか重いです。


 「最近、この辺りで新しくできたお店で買ったんだけど、随分と評判がいいらしいよ」

 

 そうなんですか。

 あたしはそのまま赤い実に齧り付きます。

 

 「……ん!?」


 すっごく甘いです。今まで食べたどんな果物よりも甘い。

 え?なにこれすっごく美味しいです。

 

 「え?どうしたの?」


 あたしの反応に驚いたサリサが心配そうに見てきますがそれを無視してプミラを突き出します。

 サリサはあたしの考えている事を察したのか口を開けて齧り付きました。

 咀嚼して目を見開きます。


 「うわ。凄い甘い。え?プミラってこんな味だっけ?」

 「これ、どこで買ったの?」

 

 サリサは持っている荷物をあたしに押し付けると懐から手帳を取り出して捲り始めました。


 「えーっと?販売元はパトリック商会。聞いた事ないから新しくこっちにきた商人ね」


 言いながら手帳に目を走らせます。

 彼女は気になる事があると取りあえず手帳に書き込む癖があります。

 今回も新しいお店が気になって簡単に聞いて回ったのでしょう。


 「商品の仕入れ先は――オラトリアム?あの田舎の?」


 オラトリアム?聞き覚えがないですね。田舎と言うぐらいですから遠くなのでしょうか?

 

 「サリサ。オラトリアムってどこだっけ?」


 サリサの表情が固まります。


 「……ジョゼ。この領の名前は?」

 「メドリーム領」


 何を当たり前の事を聞いているのでしょう?そんな事当然知っています!


 「じゃあここの北西にある隣領の名前は?」


 北西?えっと……何だっけ?行った事ないから分からないです。

 答えに困っているあたしを見て――


 「……オラトリアム領よ」

 

 ――答えを教えてくれました。

 あ、隣だったんですね。


 「確かにあそこは野菜や果物を主に収入源にしていたけど、ここまで高品質な物を作れるほどじゃなかった筈だけど、何かあったのかな?」


 サリサは首を傾げています。

 

 「サリサはオラトリアムへ行った事があるの?」

 「ええ。随分前だけど、オラトリアムにある教会に用事があって一度だけ。その時に軽く見たけど維持はできても、発展は望めないって言うのが私が見た印象」

 「そ、そうなんだ」


 ……はっきり言いますねー。


 サリサはしばらく手帳を眺めていましたが、軽く息を吐いて閉じて懐に戻しました。

 

 「戻りましょう。報告も済ませないと」 

 「待ってよー」


 サリサは歩調を早めます。

 あたしは残ったプミラを食べきると後を追いかけて走り出しました。

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