第95話 「処断」

 リックは俺の目の前で立ち上がる。

 

 「教官、ガーバス。 ありがとう……」


 俺は何やら呟いているリックを無感動に眺めていた。


 ……何か言ってるな。何だ?見えない友達でもできたか?


 リックは兜越しに真っ直ぐ俺を見ると……。

 

 「ロー。勝負だ!俺が勝てば、猶予を貰う!」


 ……などと宣いだした。

 

 何を勝手言ってるんだお前は?笑わせるな。そんな話を通す訳ないだろ?

 どちらにしてもお前はここで始末するがな。

 俺は何も言わずに視線をリックに向けて、剣を突き付けてやった。


 リックは応じたと判断したのか無手で突っ込んで来たが、地面に圧し潰されたように倒れ込む。

 

 「――が、ぁ……これは俺の――」

 

 お前を治療した際に手に入れた力だ。

 「根」を経由して簡単に使い方をレクチャーしてやったのは誰だと思ってる。

 応用すればこんなこともできるぞ?


 リックの体に足を引っ掛けて持ち上げると、軽い手応えと共に浮き上がる。

 その状態で上に蹴り上げてから解除。

 数秒後、空高く吹っ飛ばされたリックは真っ逆さまに落ちて来た。

 

 地面に叩きつけられたリックは呻きながらも立ち上がろうとするが、力が入らないのか上手く行ってない。

 本音を言えば少々痛めつけてやりたいが、まだやる事があるのでさっさと始末してしまおう。

 

 「ぐ、待ってくれ。 俺はまだ――」

 「もういいから死んでくれ」

 

 リックは何か言おうとしていたが無視して首を刎ね飛ばした。

 その後、埋め込んでいたリックの心臓に指示を出して体を操作。

 鎧を剥がさせた後、残った体は喰ってしまった。


 取りあえず、鎧を身に着ける。

 これで、ほぼ全裸の状態は何とか――む、ちょっときついな。

 体格を調整して合わせる。 


 一応は格好がついたので、今度は後始末だ。

 この空間内で生き残っている奴を始末して帰るとしよう。

 

 空の分厚い雲はアクィエルが体を回復させるために張った結界のような物らしい。

 効果は内部の生き物の魔力や生命力と言った物を吸収すると言った物で、自分の体を再構成するのに必要だったようだ。奴を喰って他にも色々と面白い事が分かったが、その辺は今はいいか。

 

 ……まぁ、術者が居なくなったので吸い上げた魔力は結界の維持とアレに費やされている状態らしいが……。

 

 視界の端をうろついている人型の影みたいな連中を一瞥する。

 因みに現在も吸われてはいるが、アクィエルが不在な今はそこまでの吸収効果は無い。

 さて、面倒事も軒並み片付いたし後始末と行くか。


 俺は生存者を始末する為に動くことにした。





 

 目の前で巨大な黒い雲のような物が街を覆って渦を巻くようにしている。

 僕――ハイディはそれを焦りと共に見つめていた。

 現在僕達は、生き残った聖騎士達が用意した簡易な拠点に避難して来た人達と過ごしている。


 あの後、サベージと合流した僕達は街の外に出ようとしたが、謎の障壁に阻まれて出る事が叶わなかった。突破を試みた聖騎士が何名が負傷したので、力技は難しいと判断した僕達は障壁に沿って移動していると、突然障壁が消滅したのでその隙に街から出る事が出来た。


 街から出た僕達は街の近くにある開けた場所で簡易な拠点を作成。

 拠点と言っても土系統の魔法で壁と柵を作り、雨風をしのげる小屋のような物を作っただけで食料などの物資がない。 怪我と疲労で動けない人達もいるので食料等は必須だった。


 比較的、怪我の浅い聖騎士達が何名か救援を呼びに直ぐに近隣の村に向かうことになり、僕は協力しようとしたがやんわりと断られてしまった。

 ならサベージにと声をかけたが、彼はその場を動こうとはせずに拠点の隅で眠ってしまう。

 

 ……協力は期待できそうにないか。


 結局、僕に出来たのはいつの間にか黒い雲に覆われていた街を眺めるか、気晴らしを兼ねて拠点の周囲を回って危険がないかを見るぐらいだ。

 ここを離れるのも選択肢の一つではあるのだろうけど…彼が居ない以上それはできそうにない。


 拠点を作った後、何度か街から逃げ出した人々が合流したが、その中に彼の姿はなかった。

 彼は無事なんだろうか?何度か探しに行こうとしたが、その度に何故かサベージが現れて僕を拠点まで連れ戻すのだ。

 

 結局、僕は何もできずに待つだけになってしまった。

 

 ……一体、街で何が起こっているんだ?


 遺跡でダーザインの狂気に触れたが、街で起こっている事は不明な点が多い。

 グノーシスと裏で繋がっている以上は何かしらの取引があったはずだ。

 なのにこの騒ぎ。どう考えてもこの街は使い物にならない。


 ダーザインの独断なら何故、せっかく築いた関係を壊すような事をしたのか分からない。

 グノーシスも納得済みだとしたらここまで大掛かりな事をする理由は何だ?

 分からない。分からないことだらけだ。


 彼はどこまでこの件の核心に近づいたのだろうか?

 それとも、今も近づき続けているのかい?

 

 ……僕はそんなにも頼りないのかい?


 そう考えると少し泣きそうになる。

 僕らは微妙な関係だが、友であり家族のような物だと僕は思っているよ?

 今まで立場等があったから友人らしい友人は作った事はないから、適切な距離と言う物が今一つ掴めないけど、僕はもっと君に近づきたいし君ともっと色んな事を分かち合いたいと思っているよ。


 ……でも、彼は僕を頼らなかった。 


 気を使ってくれたのか、僕は頼るに値しないと断じられたかだ。

 彼の性格を考えれば後者だろう。

 サベージがわざわざ僕の所まで来た事も考えると、恐らく僕の信用度はサベージ以下と言う事になる。


 言っては悪いが魔物以下ぐらいにしか信用されてないと考えると、もしかして僕って邪魔なんじゃ……。

 考えかけて首を振って思考を空にする。

 そんな事はないはずだ。


 どちらにせよ、彼に余り頼りにされてないのは事実だろう。

 彼の信用を手早く勝ち取るには……まずは実力か……。

 どうにかして彼と釣り合う実力を付ける必要がある。


 単純に戦闘力だけを上げるなら上質な装備品で身を固めるだけである程度の強化は見込めるだろう。

 それ以外となると、どこかの組織に所属して技術を学ぶ?

 ダーザインの様に外法を使う?


 色々な考えが浮かんでは消えた。


 ……場合によっては彼からしばらく離れる必要が出てくるかもしれない。


 正直、抵抗はあるが、この先の事を考えると真剣に考えた方がいいのかもしれない。

 半ば現実逃避気味に思索に耽っていると、気が付けばそろそろ街から出て丸一日以上が過ぎていた。

 夜通し待ち続けたが彼は来ない。


 ……限界だ。


 日が昇ったらサベージが止めようが強引に街へ入る。

 ただ待つだけはいい加減辛い。

 頭の中で街へどう入るかを考えていると――遠くに人影が見えた。


 目を凝らす僕の横をサベージが勢いよく通り過ぎて行く。

 僕も追って走り出す。サベージが本格的に加速する前に背中に飛び乗る。

 加速。人影の輪郭が見えて来た。更に加速。もう目の前だ。


 到着。僕はサベージの背から降りる。

 彼はいつもの表情で、何故か大きさが合っていない服を着てこちらに近づいてきて――。


 「何だ。迎えに来てくれたのか?」


 ……といつもの調子で事も無げに言った。


 それを聞いて僕は何だか一気に脱力してしまう。

 僕は苦笑して返す。


 「無事でよかったよ」

 

 彼は何か言うかとも思ったけど無言で肩を竦めただけだった。

 




 ――……と言う事があった訳だ。


 ――まぁ、それは大変でしたね。

 

 場所は変わってここは聖騎士達が作った簡易拠点の一角。

 俺は「疲れた」と言って寝たフリをしながらファティマに事の経緯を話していた。


 ――それにしてもその様な巨大悪魔を屠るとは、流石はロートフェルト様。素晴らしいお力です。


 そう言うつまんないお世辞は良いから。


 ――ところで話を聞いて気になる事があったのですが?


 ――何だ?


 ――そのリックとか言う無礼な恩知らずが、最後に立ち上がった理由です。


 ……あぁ、その事か。


 吸収した際に記憶を検めたのでその辺りは把握している。

 

 ――……俺と会う前に友人知人の魂を取り込んで居たらしいな。そいつらを消費して何とか動けるだけの魔力を捻出したらしいな。


 実際には取り込まれた連中が自ら身を投げ出したらしいが、俺からすれば理解に苦しむ話だ。

 命を賭けて他人を救う。確かに字面だけで見るなら格好のいい事だろう。

 フィクションなら「そうこなくては」とでもいうかもしれんが、実際に直面すればどうだ?


 無理だろ。少なくとも俺には無理だ。

 仮に親類縁者が死にかけていて命を賭ければ助けられると言われれば、俺はノータイムで見捨てる選択をして死んだ連中の冥福を祈るだろう。あぁ、こうなる前でも同じ選択を間違いなくするな。


 ……で、涙ながらに「怖かった」とか言い訳するな。

 

 ならリックの為に魂を燃やした二人は何を思ってそんな事をしたんだろう?

 消費されて何も残らなかったので記憶が見れない以上、もう分からないが――。

 それが少しだけ気になった。


 ――まぁ、なんと生き汚い。虫のようなしぶとさですね。


 ……ともあれ、絶体絶命の所を友の力を借りて立ち上がる。


 思い返せばある意味お約束の展開だったな。

 そのまま逆転勝利すれば完璧だったが、現実は無情だった。 


 ――確かにしぶとかったが、もう終わった話だ。


 ――そうですね。そんな連中の事なんて忘れてこれからの話をしましょう!具体的にはオラトリアムの未来――。


 ――次はいよいよ王都に向かう。


 俺はファティマの妄言を遮る。一々聞いていられるか。鬱陶しい。


 ――距離はあるが、サベージもいるし問題ないだろう。それで少し頼みがある。


 ――路銀ですね。話を聞く限り、装備類を全て失ったご様子。パトリックに言えば王都へ向かう途中で、お渡しする事が出来ると思いますが?


 ……。


 ――あら?違いましたか?


 ――いや、その通りだ。


 何でこいつはこんなにも察しが良いんだ?

 心を読まれている気がして寒気がする。

 一応、街で多少は拾ったが、装備を新調する必要がある以上は少し心許ないな。


 ――それと今回、配下にした二人に例の装備品を持たせておいた。そっちに送るから好きに使え。


 イクバルとミクソンにヴォイドの装備一式を預けてオラトリアムへ送り出した。

 出来れば自分で使いたかったが物が物だ。グノーシスの関係者に見られたら怪しまれるだろう。

 こういう面倒な物はゴミば――いや、ファティマに預けるべきだな。


 ――聖堂騎士の専用装備ですか。頂けるのは助かりますが、剣だけでもご自分で使った方がよろしいのでは?


 ――大丈夫だとは思うが、あれだけの武器だ。足が付きかねん。


 ――そう言う事でしたらありがたく使わせていただきます。では、後日に接触する場所をご連絡いただければ直ぐに人を遣れるように手配しておきます。


 ――分かった。では、よろしく頼む。


 ――固い話が終わった所で、ロートフェルト様!私と――。


 <交信>を切った。

 どうせ大した話ではないだろうし聞く価値はないな。

 そこでふと思い出した。 


 ……領の様子を聞いておくべきだったか?


 少し気になるが、まぁいいか。

 それにしても今回は本当に疲れた。主に精神的に。

 こういう時は眠ってしまうのが一番なのだが眠れん以上は仕方がない。

 俺は初めて眠れない自分の体を恨めしく思った。

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