第62話 「葛藤」
『言葉は分からなくてもこれなら分かるだろう!オラ!武器を捨てろ!』
いや、人質は分かるが武器を捨てろは分からないと思うぞ?
ペギーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
サベージは何故か欠伸をしてめんどくさそうにしている。
ちなみに蜘蛛怪人が人質にしている子供はぐったりして動いていない。
思いっきり蹴られていたし当然か。見た所、死んでは居ないが時間の問題だろう。
『へ、へへ。よーしよーしそのままだ。動くなよー』
どうした物か。普通に見捨ててもいいが、周囲の冒険者の目もあるし…。
一応、操られていた連中は正当防衛で片付けられるが、こっちは普通に人質だからな。
『ったく雑魚が!てこずらせやがって!お前の実力なんてその程度なんだよ!その程度の力で俺を倒そうとか舐めてんじゃねえぞゴミが!!』
さっきからその程度その程度って、その程度の奴に散々痛めつけられたの誰だよ。
ってかさっきから似たような事しか言ってないなこいつ。
もうちょっと頑張って語彙力発揮しろよ。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。
蜘蛛怪人はジリジリと距離を取り始めた。
こいつ、偉そうな事言っといて逃げる気満々じゃねえか。
俺は内心で溜息を吐く。十歩分ぐらいでいいか。
『これだけ離れれば充分か。おい!手下ども集まってこいつ等をやっちまえ!』
あぁ、逃げるんじゃなくて高みの見物をするつもりか。
逃がしたらしつこく報復を狙ってくるだろうし、どちらにせよここで仕留めるがな。
この手の輩は無駄にしつこいから早めに処分しておかないと後に響く。
『あ、あれ?』
それにしても――誰も来ないな。
蜘蛛怪人が戸惑った声を上げる。
俺は後ろを振り返ると、ハイディが操られた連中を無力化し終わっていた。
数人は手足が砕かれているようだが、残りは比較的傷が少ない。
無力化に成功したようだな。
「こっちは何とかなったよ!」
ハイディが手を振っている。仕事が早いな。
それを見て蜘蛛怪人が固まっている。
『な、ふざけん――いや、俺がテイムした連中はまだ……』
そういえば結構居たな。街のあちこちでやりあっていたから数はそこそこ居るんだろう。
複数の足音が近づいて来る。お、来たか。
操られていると思しき連中が――全部で六人程飛び込んで来た。
……少な。
まぁ、結構な時間経っているし、殺されたか取り押さえられたかしたんだろう。
駆け付けた連中は元気良く動いてはいるが、目は半開きで生気に欠けている。
そりゃ長い事休みなしで戦わされてるんだ。こうなるだろう。
『ふざけんな!何でこれだけしか来ないんだよ!五十人以上やってるんだぞ、これだけのはずが…』
一晩で五十以上支配下に置いたのは大したものだが、そんな目立つ事したらこうなるのは目に見えてるだろうが。
それともこれゲームで俺は主人公だから何やっても大丈夫だと勘違いしていたのか?
はっはっは。それこそウケる話だ。
思い付きで行動するからこうなるんだ。
何?シュドラス山に金目の物を奪いに行ったのは思い付きじゃないのかって?
上手く行ったからいいんだよ。
『くそっ。負けイベントかよ!すっかり騙されたぜ。だが、覚えとけよ!お前は絶対に殺してやる。仲間がいなければ何もできないクズが!お前程度、一人だったら余裕なんだよ!』
結局、逃げるのか。呼び出した連中はハイディ達に取り押さえられている。
そもそも連中が守りに徹していたのは蜘蛛怪人が居たからで、その蜘蛛怪人を俺達が抑えている以上、守る必要はない訳だ。
実際、蜘蛛怪人が呼び出した連中はすでに取り押さえられている。
……で、その蜘蛛怪人は子供を人質に取りながら後方へ跳躍。
まぁ、いい位置に来てくれたからいいか。
起動。
蜘蛛怪人の真下から先の尖った石の柱が隆起して胴体を貫通する。
<
名前の通り石の柱を作り出す魔法だ。
ダンジョンで使った<地隆>と違って設置型で、対象が仕掛けた位置に入らないと当たらないが、太さ、形状、硬度、隆起する角度等を自由に弄れるのでこういう場では役に立つ。
蜘蛛怪人は半径二メートルの石の杭を胴体に喰らって上半身と下半身が分離、抱えていた子供を取り落とす。
「おっと」
近くに控えていたペギーが落ちた子供を受け止める。
遅れて蜘蛛怪人の上半身、下半身の順番で地面に落ちた。
近くに落ちた下半身を念の為<枯死>でとどめを差して置く。
『ごふっ、いてぇ……いてぇよお……』
流石は同類。こんなになってもまだ生きてる。
口も利けるとは大したものだ。
まぁ、本体が無事なら死にはしない以上、不思議じゃないか。
足で蹴り転がして仰向けにさせる。
『くそ!コンティニューしたら絶対――待て、何だその剣は、待っ――』
何か言っているが無視して残った手足を切断して焼却。
蜘蛛怪人は悲鳴を上げる。何だ、まだまだ元気じゃないか。
ペギーとサベージにもその辺に散った蜘蛛怪人の一部を処分するように伝える。
『すびばぜん。もうじないがらゆるじでぐだざい』
何か言っているが無視。
ふむ、本体はどこだ?やはり頭か?
なら首から下は要らんな。
『勘弁じでぐだざい』
必死に命乞いを始めたが、それさっきやったばっかりだろうが。通じる訳がないだろう。
後、お前その顔だから表情読みづらいけど、悪いとか欠片も思ってないだろう?
絶対、報復の事しか考えてないぞ。
『死にたくない死にたくない死死しし――』
ん?様子がおかしいな。
小刻みに震え始めたかと思うと全身に亀裂が入り、中から――。
『死ぶふっ』
顔面に剣を突き刺した。痙攣してまだ動こうとしているので剣を捻る。
固い物を砕く手応えが伝わってきて、蜘蛛怪人は動かなくなった。
何だか嫌な感じがしたので頭を狙ったが……何だったんだ?
剣を引き抜く。
突き刺したまま、かき回したのでちょっと直視するのは躊躇われる有様だが……動かんな。
死んだようだ。
念の為、剣で何度か刺して様子を見たが反応なし。
俺は死体に触るふりをして傷口へ『根』を伸ばす。
さて、記憶は拾えるかな?
……?
手応えがないな。いつもなら最低でも何かに触っている感触ぐらいはある筈なんだが――。
俺は眉を顰めて蜘蛛怪人の死骸を掴んで違和感に気が付いた。
軽い――と言うよりは中身がない?
掴んだ箇所が崩れて、そこから全身に亀裂が入り塵になって風にさらわれた。
何だったんだ?
情報は手に入らなかったが仕留められたし良しとしよう。
……まぁ、何と言うかどうしようもない奴だったな。
次に出くわす奴は会話が出来そうな奴だったらいいが。
彼が魔物を仕留める所を見て僕――ハイディは胸を撫で下ろした。
今回の依頼は街で暴れている魔物の討伐。
本来はこの街に奴隷を買いに来たはずだったけど、魔物が暴れて買い物どころじゃなくなってしまった。
その後、合流した仲介人のペギーさんと一緒にギルドから緊急発行された依頼を請けて街へ入る事になる。
同行するペギーさんの実力は闘技場で見たので不安はなかったが、未知の魔物の存在は正直不安だった。
街の中は小規模ではあったけどあちこちで戦闘が起こっていて、かなりの数の敵の存在を感じさせる状況で僕の不安は募る一方だった。
「魔物は一体って話だったよな?」
その辺りは彼も気になっていたのか、首を傾げつつ疑問を口にしていた。
確かに依頼の概要を説明された時に確かに一体と聞いたような…。
なら何でこんなに戦闘が拡大してるんだ?
「アタイはギルドでそう聞いたね」
ペギーさんもその辺りは同意見らしく彼の疑問にそう答えていた。
彼は少し考えると最も手近な戦闘が起こっている場所へ足を向ける。
そこで僕達が目にした物は、仲間同士で殺し合う冒険者達だった。
見た、彼らは正気のまま操られており表情には苦悶が刻まれていた。
何とか助けないとと思い僕は身を乗り出しかけ――。
「どうする?助けに入る?」
ペギーさんの言葉で硬直して――。
「ほっとけ。俺達は本体を狙う」
彼の言葉で完全に気勢を削がれてしまった。
彼は操られているであろう冒険者達を観察した後、僕達に進むよう促して歩き出す。
結局、僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする事になる。
彼はとても冷静だ。
常に落ち着いており、常に最善手を模索している。
時折、彼は情のない冷酷な人間なのではないのだろうか?
そう思う時もある。
実際、その直後に現れた操られた人達を彼は容赦なく皆殺しにした。
一切躊躇いがなく、本当に容赦がなかった。
それはペギーさんやサベージも同様で、実に効率よく敵を仕留めていく。
動きにも無駄がない――というよりは不自然なくらいに連携の取れた動きだ。
サベージが突っ込んでペギーさんが死角を潰す形で動き、彼は正面の相手を斬り倒し、堂々と死体を調べている。その行動にはペギーさん達への信頼が窺える。
僕はそれを見て少し胸が痛んだ。
果たして僕は彼にここまで信用されているんだろうか?
彼は一通り死体を検めると敵の掃討を終えたペギーさん達を連れて先へ進んだ。
その際に殺すのを躊躇した事を指摘されてしまった。
何度も似たような事で色々言われていたが…僕って奴はどうしてこう学ばないんだ。
あの手の状況になるとどうしても何とか助けようって考えが頭に浮かぶ。
……僕の考えはおかしいのだろうか? 何度も考えたが相変わらず答えは出ない。
その後、競売会場で例の魔物を見つけた。
人間に近い四肢に背中から杭を連想させる腕?が八本、顔は虫を連想させる形状をしている。
はっきり言って気持ち悪い。
『――!――――――――』
しかも何か言っている。
聞いた事のない言語――いや、いつかの魔物が話していた言葉に響きが似ている?
彼の方を見ると――凄い顔をしていた。
何か思う所があるのだろうか?
でも、行動自体は冷静そのもので、僕達に手振りで身を隠すように伝えてそっと物陰に入る。
視線の先では魔物が次々と冒険者達を屠っていく。
彼は何と言うか、怒っていると言うよりは――嫌悪感?を抱いているようだ。
魔物が何か言えば言うほど表情が険しくなり、最後には完全な無表情になった。
正直、その時の彼は暴れている魔物より怖かった。
その魔物の行動も理解できない。
魔物は奴隷たちの主人を操って契約を解除させたかと思うと、糸?で拘束している奴隷達の顔を一人一人確かめている。
……誰かを探している?
『――。―――。――!――!――!』
子供を見るといきなり興奮した声をあげる。
もしかして子供が好物なのか?喰らう獲物の選別と言う事だろう。
あの魔物は遺跡にいたのと同じで知能があり、ここに来た目的は獲物を求めてと言う事か。
『――?――。――。――、――—――—――』
「や、やめて――」
「ママぁ、ママー!」
奴隷の親子の母親が首筋に噛み付かれたかと思うとすぐに立ち上がり、近くで戦っている冒険者達に襲いかかった。その表情は苦悶に彩られている。
母親と引き離された子供は泣き叫んで母親を呼ぶ。
それが不快だったのか魔物は何事か叫ぶと子供を蹴り飛ばした。
「な――」
僕は思わず声を漏らす。目の前の魔物には知性があるが、良識の類は皆無のようだ。
子供に手をあげるなんて――。
あの魔物はとんでもない外道と言う事はよくわかった。
僕が動くより先に彼が物陰から出るのが早かった。
「ハイディ。お前は、操られている連中を何とかしろ。首の辺りに何かしていたからその辺を調べてみるといい。無理なら手足を砕いて無力化しろ。残りは俺と化け物退治だ」
彼はいつもの調子で僕達に指示を出すと、魔物に向かって歩き出した。
僕に冒険者を助けるように指示を出したのはさっきの僕の話を汲んでくれたからだろう。
そして魔物に憤っている僕にその背中が「俺に任せろ」と言っているように見えた。
やっぱり彼は冷酷なんかじゃない。
彼なりに魔物に対して憤っているんだ。
なら、僕から彼に言う事はない。
「分かった」
冒険者達の事は僕に任せてくれ!
魔物は君に任せるよ。
僕達を前にして興奮した声を上げた魔物に背を向けて僕は苦戦している冒険者達の方へと駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます