第53話 「迷宮」

 静かになったな。

 俺は後ろを振り返るとペギーがすっきりした顔で伸びをしている。

 パトリックは……うわ。生きてはいるが凄い顔だな。


 腫れ上がって元が何だったのか分からない有様だ。

 取りあえず記憶を頂くか。

 ハイディに関する情報は――おいおい、完全に人任せじゃねえか。

 

 一応、屋敷に連れて行くように指示を出しているが現状は不明と。

 屋敷を調べれば出て来るだろう。

 さて、知りたい事も分かったしこいつはサベージの餌だな。


 「ねぇ。大将」

 

 さっきから黙っていたペギーが声をかけて来た。

 大将って俺の事か?


 「何だ?」

 「それ。生かして置いた方がいいよ」

 「何故だ?生かして置く価値はないと思うが?」

 

 ペギーは分かってないなと息を吐く。おい。

 随分な態度だなこいつ。


 「金持ってるし、色々と援助してもらえばこの先何かと楽じゃない?」


 ふむ。成程、一理あるな。

 あぁ、そうかこいつ操ればハイディもスムーズに取り返せるじゃないか。

 いかんいかん。不快な奴はつい殺す方向に持って行ってしまうな。


 そうだな。利用価値のある奴は使わないと勿体ない。

 ペギーの言う通りだな。我ながら考えが足りない。

 ハイディはその辺何も言ってこないから気を付けないと…。

 思ってても言わないのか?あいつはたまに俺の顔色窺っている時あるよな。


 取りあえずパトリックには『根』を仕込んで置くか。

 仕込みを終えて、パトリックに回復魔法をかけた後、『根』を使って足をくっつけてやった。

 サービスで余計な脂肪などは削ぎ落としてスマートに仕上げる。


 ちょっとすっきりしてイケメンになったパトリックが立ち上がり、俺に恭しく頭を下げた。

 

 「取りあえず街に戻ってハイディを解放してもらうぞ」

 「はい。分かりました」

 

 さて、他は特に必要ないし、頭が無事な奴は記憶だけ抜いてサベージの餌だな。

 というか本当に遅いなあのトカゲ何をやってるんだ?

 交信で思念を飛ばすと、すぐに返事が返って来た。

 

 「……マジかよ」


 逃げた奴は全て始末した。ここまでは良い。


 ……で、戻ろうとしたらハイディと出くわしたそうだ。

 

 自力で切り抜けたのかよ。

 俺は一体何しにこんな所まで来たんだ。

 ペギーとパトリックの方を見る。


 ……まぁ、完全に無駄足じゃなかったのが救いか。

 

 サベージに連れて来るように指示した後、ペギーとパトリックを乗って来た馬車で街へ帰して、俺は一人で待つことにした。

 しばらくぼーっと待っているとサベージと馬に乗ったハイディがこちらに近づいてきた。


 ハイディは俺の姿を見ると馬から飛び降りて走り寄って来る。

 何でこいつは泣きそうな顔してるんだ?

 

 「無事かい!?怪我は!?」


 言いながら俺の体をベタベタ触ってくる。止めろ、うっとしい。

 手を払いのけるが構わず触り続けて来る。


 「何とか無事だ。お前の方も無事で何よりだ」


 ハイディの話によれば、俺が捕まったと言われて色々されそうになったが、脅しに来た奴を叩きのめして吐かせたらしい。乗ってきた馬は襲って来た奴が借りていた馬だったようだ。

 その辺はパトリックの記憶からある程度は察していた。


 「……で?そのお前を脅しに来た奴はどうした?」


 簡単な経緯を聞いたが容赦なく尋問したようだ。

 やり口が俺と変わらねえじゃねえか。


 「余裕もなかったし、残った手足の関節を外して街の外に捨てて来たよ」


 容赦ねえな。


 「それでそっちは大丈夫なのかい?」

 「あぁ、敵は返り討ちにしたし、パトリックにはサベージを捕まえた場所を教えて手打ちにした」

 

 用意しておいた話でごまかす。力を見せつけて交渉に持ち込んだと言う事にしておいた。

 ハイディには嘘しか吐いていない気がするな。我ながら酷い奴だ。

 

 「そっか、何とかなってよかったよ。……これからはサベージの扱いに気を付けた方がいいかもしれないね」

 「そうだな。その辺りはおいおい考えるとして、街に戻ろう。さすがに疲れた」


 実際には疲れてないけど。


 「分かった。街に戻るのはいいけど明日からどうする?これだけの事があったし、街を出たほうがいいと思うんだけど…どうだろう?」

 

 ……そうだな。


 少し考える。まだ闘技場の朝と昼の部見てないんだが……。

 昼間のうっとおしい連中とサベージの間食の事を思い出す。

 出た方がいいな。少々惜しいが仕方がない。


 「明日――いや、夜が明けたら街を出よう」


 街自体には見る物が特にないし、次の目的地もそう遠くない。

 準備は不要だろう。そうと決まれば宿に戻って支度をするか。

 俺は散らばっている死体を喰っているサベージを小突いてから跨る。


 サベージは未練がましく死体の残りを見ていたが俺は無視した。

 ハイディも馬に乗る。それを見て俺は内心で首を傾げる。

 はて?ハイディは騎乗なんてできたか?


 「そう言えばお前、馬を扱えたのか?」


 ハイディは不思議そうな顔で俺を見る。


 「えっと?普通に走らせただけだけど?」


 騎乗って本来、技術がいる物なんだがな……。

 訓練なしであっさり乗りこなしているのか、才能の差を感じて少し悲しくなったよ。

 俺は小さく溜息を吐いてサベージに街へ戻るように指示を出した。






 街に戻るとハイディの乗った馬をパトリックの屋敷の近くに繋いでおいて、交信で回収するように指示を出す。ハイディは先に宿に帰して、荷物の準備をさせた。 

 空を見上げると白んできている。ぼちぼち夜明けだな。


 宿に戻るとハイディがサベージに荷物を括り付けていた。

 

 「準備はいいか?」

 「あぁ。大丈夫だよ」


 サベージに跨るとハイディも続いて後ろに乗る。

 

 「次はどこへ向かうんだい?」

 「南東のライトラップだ。ダンジョンに興味があるし冒険者ギルドにも用がある」

 「登録ならここで済ませてもいいんじゃないか?」

 

 俺はサベージの腹を軽く蹴ると、ゆっくりと歩き出した。

 確かに登録はしておきたい。プレート失くすと面倒だしな。

 だが残念ながらここではできない。

 

 「いや、ストラタにギルドはない」

 「そうなのかい?」

 「あぁ、冒険者ギルドは大抵は領内に1つ。多くても2つだな」


 まぁ、無い所もあるが、ディロードの場合はライトラップのみだ。

 ちなみにオラトリアムにはない。

 

 「あれ?でもオラトリアムには――」

 「……小さい領だからな」

 「………そ、そっか……」

 

 少し気まずい空気が流れる。

 

 「先を急ぐか」

 「そうだね」


 街を出た所でサベージが加速した。

 距離はそう離れていないからサベージの足なら二日ぐらいかな。





 ライトラップ。

 ディロード最大の街で外れに迷宮「夢現の宿主」が存在している。

 わざわざ危険な迷宮の近くに街を作ったのは中から出てくる魔物を警戒しての事だ。

 

 過去数度、迷宮から魔物が這い出した事があり、その都度かなりの数の人間が犠牲になった。

 その為にディロードは近くに街を作り、監視を続け、それと並行して迷宮の攻略を目指し、冒険者の誘致なども行っている。


 現在も迷宮の攻略者は現れておらず、攻略した者には莫大な報酬と栄誉が約束され、一攫千金を狙う冒険者が今日も命を棄てに地獄に飛び込んでいるらしい。

 

 「ストラタと雰囲気が似てるね」


 到着後のハイディの第一声がそれだった。

 その点には俺も同意だ。冒険者や重装備で気合の入ったやつばかりいる。


 「俺達と共に迷宮に挑んで報酬と名誉を手に入れよう!」

 「我々は一人でも多くの栄誉を分かち合う同志を求めている!」

 「あたしらとがんばろー」


 声が聞こえた方に視線を向けると、街の広場で冒険者が仲間の呼び込みをやっていた。

 三人で男二人と女一人。ぶら下がっているプレートを見ると真ん中のリーダーっぽい男が赤、残りが青だ。

 でかい口を叩くだけはある身分のようだな。ってか女テンション低いな。


 まぁ、あの連中の魂胆は見え見えだ。要は弾除けが欲しんだろ?

 人数が居れば居るほど生存率が上がるし、よしんば攻略できたとしても何人も残らんだろうからいくら連れて行っても困らんだろうな。


 ハイディが気になるのかチラチラ見ていたが、俺は無視して冒険者ギルドに向かう。

 ちなみにサベージとは街の近くで別れた。念の為、人目に付かない所に居ろとは言っておいた。

 大丈夫だと信じたいな。


 冒険者ギルドに入って登録を済ませた後、張り出されている依頼を確認する。

 さすがに迷宮関連がほとんどだな。


 ・迷宮の魔物の死骸採取。生きたまま捕獲すれば報酬倍額。

 ・迷宮地図作成の為の探索護衛。

 ・迷宮攻略!同志求む! これ広場にいた連中か?

 

 他は定番の薬草採取、魔物退治、変わった所で闘技場の清掃、新種の魔物の調査。

 新種?しかも調査するの隣のティラーニ領じゃねーか。ここでやる依頼か?

 正直、興味ないな。


 「本当に迷宮関連の依頼多いね」

 「あぁ、そうだな」

 「迷宮……潜るの?」

 「……何とも言えんな」


 行けそうなら行ってもいいが攻略者が未だに現れていない以上、気軽にいくのは止めておいた方がいいだろう。俺だけならそう簡単に死なないだろうが、過信はあまり良くない。

 

 「判断材料が欲しい所だ」

 「そう言う事なら宿が決まったら僕が調べて来るよ!」

 

 ハイディが謎のやる気を漲らせている。

 水を差すのも躊躇われたので任せるとするか。

 



 この手の作業に慣れたのかハイディの仕事はとても早かった。

 まぁ、あのルックスだ。

 ちょっと媚びた笑みを浮かべれば馬鹿はコロっと落ちて知ってる事をペラペラ話すだろう。


 夢現の宿主。

 攻略者なしの迷宮の為、内部の構造は不明な点が多い。

 内部の印象は植物に覆われた洞窟で、蔦で覆われているようだ。

 

 生息している魔物も植物系らしい。

 この辺はまた聞きレベルの話なので信憑性はあまり高くないとの事。

 中の詳細があやふやなのは生存者が少ないからだ。


 聞いた話では百人で入って十人も帰ってこないのは当たり前らしい。

 生存率一割以下かよ。とんでもないな。

 運よく生き残った奴も心を病んで故郷に帰ったり、闘技場にいたダスティーみたいな有様になって死んだりと碌な目に遭ってない。 


 いや、これ無理だろ?正直、引くレベルのヤバさだな。

 ダンジョンって言うぐらいだから階層ごとにゴブリンとかのモンスターが出てきて、階層主とかいうボスモンスター撃破して最下層でドロップした宝箱にはレアアイテムが――なんて所を想像していたが、ヤバいだけの場所にしか見えない。

 

 入る入らないは別として、取りあえず外から様子だけ見てみるか。

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