第52話 「脅迫」

 僕――ハイディは彼と別れると宿の部屋へ向かう。

 食事を済ませると僕達は宿に戻ったが、彼はサベージの様子を見て来ると言って宿の裏手へ向かった。

 部屋へ戻りながらさっきまでの事を思い出す。


 ……楽しかったな。


 闘技場の試合も面白かったが、彼と話が弾んだ事が嬉しかった。

 彼はあまり口数が多い方じゃないので会話はそう続かない。

 大抵、話は僕が振る形ですぐに済んでしまう。


 でも、今回は試合の内容と闘技場での戦闘と対応の話でとても盛り上がった。

 僕は彼ともっと仲良くなりたい。

 その為には彼の心の壁を越えないといけないだろう。 


 彼には秘密が多い。

 一人でいた時の事を多くは語ってくれないし。

 いつの間にか地竜まで手懐けていた。


 僕はその重い口に壁を感じている。


 その頑なな心を何とか開きたいと僕は思っている。

 先は長いが、手応えは感じている。このまま彼が心を開いてくれるまで頑張ろう。

 考えている内に部屋が見えてきた。


 ……彼が戻るまでに装備の点検でも……。


 「おい!ねーちゃん!」

 「……?」


 後ろから声をかけられた。振り向くと見覚えのない男が立っている。

 服装からして冒険者かな?首に何か提げているのは見えるけど分からない。

 まだ女性扱いされるのに慣れないな。反応が遅れてしまう。

 

 「えっと?何かご用ですか?」 

 「あぁ。あんた地竜連れてた奴の連れだろ?」

 「そうですが……」


 警戒心が持ち上がる。昼間の事もあるし注意した方がいい。

 冒険者風の男は察したのか両手を上げる。


 「おい!違う、勘違いすんな!俺はただ、あいつが外で襲われているのを見かけたから教えてやろうと……」

 「何だって!?」


 脳裏にあのパトリックと言う男の姿が過ぎる。

 サベージの件で何かしてくるとは思ってたけど……。

 

 「場所は!?」

 「あ、あぁ、何人かに囲まれて街の外に向かって行った」

 「方角は!?」

 「北側に――」


 最後まで聞かずに僕は走り出した。

 こんな時に僕って奴は何で彼から離れたんだ。

 いや、一人になった瞬間を狙ったのか。


 宿から飛び出して街の北側の出口へ向かって走る。

 時間はそう経っていない。急げば間に合う。

 街の外へ出る。周囲に視線を走らせると遠くに馬車が走っているのが見えた。


 ……あれか。


 僕は短剣を抜くと振り返る。

 正直、少し怪しいとは思ってたんだ。


 「君も彼らの仲間だね」


 さっきの冒険者風の男が棍棒を握って立っていた。

 後ろから僕を襲うつもりだったのだろう。


 「チッ。気づいてやがったか」

 

 冒険者風の男が舌打ちをすると嫌な感じの笑みを浮かべる。


 「お察しの通りだぜ。あんたの男は俺らが預かった。返して欲しければ……ヒヒッ、分かるだろ?大人しく股を――」


 僕は男の話を途中までしか聞かずに、気づけば体が勝手に動いて短剣の柄で男を殴り飛ばしていた。

 

 「がはっ!?てめっ、男がどうなっ――」


 男が何か言おうとするのを無視して掌底で顎を打ち抜く。

 砕けた歯が宙に舞う。男が傷を庇おうと手を動かすがその手を捻り上げて地面に倒して抑え込み、そのまま関節を外す。

 悲鳴を上げようとする男の口に靴先を突っ込んで黙らせる。


 男は残った腕で足掻こうとするが、<風刃Ⅰ>で腕を肩から切断して<火Ⅰ>で傷口を焼いた。

 僕は靴先を口から引き抜くと髪の毛を掴んで頭を持ち上げると短剣を男の目の前に持って行く。

 

 「彼はどこだ?」


 自分でも驚くほど冷たい声が出た。

 怒りで頭が真っ白だ。

 

 「早く言え。言わないなら目玉を抉る」

 「あが、いてぇ……いて――」


 容赦なく目玉を抉った。再び悲鳴。

 短剣に刺さったままの目玉を反対側の目に付きつける。

 いつもならもう少し穏便にするが、今回は別だ。彼の命がかかっている。


 「次はもう片方だ。もう一度聞く。彼はどこだ?」

 「わ、分かった。言う、言うから――野郎は北東の廃砦に連れていかれた。俺はそこまで案内するように言われただけで――」


 短剣で浅く刺して黙らせる。そんな話はどうでもいい。


 「案内しろ。早く!」

 「わ、分かった」

 

 僕は男を立たせると廃砦に向かって歩かせた。 







 俺はサベージを走らせていた。

 あの後、俺はすぐにサベージを叩き起して街の東側から外へ出て廃砦に向かっていた。

 時間はそう経っていないので追いつけるものかと思ったが、ハイディや攫ったと思われる連中の姿は見えない。


 馬か何かを使ったのか?

 まぁ、俺に何かくれるみたいな事を言ってたから本当に金には困っていないのだろう。

 

 ……見えて来たな。


 建物らしきシルエットが視界に入る。

 廃砦――と言う割にはほとんど原型を留めていないな。

 ほぼ瓦礫の山にしか見えない。ある程度近づくとサベージから降りる。

 

 「来たぞ!女を返してもらおうか!」


 俺は声を張り上げる。

 すると瓦礫の陰からぞろぞろと体格がいい連中が出てくる。

 

 「おお。思ったより早かったな」


 連中の中から昼間のおっさん――パトリックだったか?が出てきた。

 

 「では、早速取引を始めようか。さぁ、その地竜をこちらに引き渡せ」

 「……女の無事を確認させろ」

 

 パトリックはふんと鼻で笑う。

 

 「引き渡せば返してやる」

 

 おいおい。見せずに返してやるとか嘘くさいにも程があるぞ。

 <地探>を発動。さて、人数は目の前にいるパトリック本人とその筋肉アクセサリーが十。

 後ろの瓦礫の陰に三。伏兵か。後は――これは馬かな?――が二。


 ……おや?ハイディらしき反応がないぞ?


 これはもしかしなくてもハイディの奴、殺された後か?

 魔力や生体反応を見る魔法なので、死体は引っかからない。

 そうか、こいつら殺りやがったのか……。大方、抵抗した結果だろう。


 胸に寂しい風が吹いた。

 何だかんだで一緒に旅をして、パーティー組んで、それなりに上手くやっていたと思ったんだが……。

 俺は目を軽く閉じる。特に悲しいとは感じなかったが、ただ残念だと思った。


 ……旅をした仲だ仇ぐらいは討ってやる。

 

 「話にならんな。それともお前の言う取引って奴はありもしない物を材料にするのか?」


 パトリックの顔が一瞬、引き攣る。

 は。だろうな。で、取り巻きは俺を始末する為に連れてきた訳だ。

 

 「ふん!素直に渡さんのなら強引に奪うまでだ。おい!」


 取り巻き共が各々武器を構えてじりじりと距離を詰めて来る。

 いきなり襲いかからないのはサベージを警戒しているからだろう。

 

 「問題ない。その地竜は恐らく人を襲わない変種だ。そうでもなければ気性の荒い地竜が人に従うはずがない」


 何を言ってるんだこいつは?馬鹿なのか?

 いや、人間、自分に都合の良い事しか信じないみたいな話を聞いた事があった気がする。

 こいつもその類か?まぁ、どうでもいい。


 ちょっと現実を知ってもらおうか。


 「サベージ。喰っていいぞ。あぁ、後そこの偉そうな奴は殺すな。逃げようとしたら足は喰って構わない」


 サベージは待ってましたと言わんばかりに突っ込む。

 先頭に居た男に頭から喰らいついて上半身を喰いちぎる。

 次の瞬間、男の腰から下が地面に落ちて血と臓物が地面にぶちまけられた。


 「……お、おい。嘘だろ」

 「聞いてねぇぞ」

 

 残った連中が呆然として固まってうわ言のように呟く。

 パトリックも固まって口を開けたり閉じたりして震えている。

 サベージが咆哮すると、残った連中が我先にと逃げ出した。


 「冗談じゃねえ。やってられるか!」

 「死にたくねぇ!俺は降りる!」


 サベージは目をギラ付かせながら嬉々として逃げた連中を追う。

 さて、邪魔者は――残ってるか?

 パトリックは額から汗を流しているが余裕は消えていない。


 「ふ、ふん!よく躾けてるじゃないか!お前を抑えれば奴は言う事を聞くって事だな!おい!」


 パトリックは震え声でそう言うと手を叩くと瓦礫の陰から隠れてた連中が姿を現した。

 目つきの鋭い大柄な男と細身の男、それと――女。

 それもついさっき闘技場で見たペギーだ。


 男二人には首輪が付いている。奴隷か。

 あの首輪は主人が死ぬか殺意を抱くと爆発して首を吹っ飛ばす物だ。

 これがある限り奴隷は主人を死ぬ気で守るだろう。


 ただの成金かと思ったが、随分と良い手札を持ってるじゃないか。

 そこでおや?と思った。ペギーには首輪がない。奴隷じゃないのか?

 

 「アタイに首輪が付いてないのが不思議かい?」


 視線で察したのかペギーは自分の首を指でトントンと叩く。

 不思議だったけど今の態度で察しがついた。

 どうせ人を痛めつけるのが楽しいとか言う変態だろ?


 「良い目をしてるね。アタイはそういう目をしてる奴を痛めつけて泣かせるのが大好きなのさ!」


 聞いてないのにペギーは楽しそうに話し始めた。

 しかも予想通り過ぎて逆に驚きだよ。


 「このおじさんはお金をくれるしこういう場をくれるいいお客よ」


 だから聞いてねーって。

 うっとおしい女だな。そんなに聞いて欲しいのか?


 「御託はいい。殺してやるからかかってこい」


 俺は指をクイクイして挑発してやった。

 ペギーはそれを見て獰猛な笑みを浮かべる。


 「アタイがやる!あんた達は手を出すな!」

 「面倒だから全員で来いよ」

  

 ペギーは俺の親切心を無視して突っ込んでくる。

 間合いに入るか入らないかの所で上半身を振ってフェイントをかけてくる。

 確かにハイディの言う通り独特な動きだ。攻撃する直前にやられると一瞬、見失う。


 気が付いたら腹に突き上げるような一撃。

 入ったと認識した時には顎のあたりを左右から一撃ずつ入れられていた。

 人格面に難はあるが成程、一流の戦士だ。


 俺をぶん殴ってご満悦のペギーは手応えに違和感を感じたのか距離を取ろうとして――動けない事に気がついて驚いている。

 黙って殴られてやる義理はないので、足元を凍らせてやった。

 これを使うとファティマの顔が浮かぶので使う事に若干抵抗があるが些細な事だ。


 「な……」


 お前、セオリー通りに動きすぎ。

 胴体に喰らわせた後、身長に差がある相手の頭をわざわざ狙ったのは魔法を警戒したからか。

 あれだけ喰らわせれば構築した魔法が頭から吹っ飛んでキャンセル出来ただろうな。


 相手が俺じゃなければ。

 良かったじゃないか。死ぬ前に一つ賢くなったな。

 人を痛めつけるのが好きなお前にはこいつをプレゼントしよう。


 口を掴んで『根』の塊を喰わせてやった。

 ペギーは俺の手を払いのけると口に手を突っ込んで吐き出そうとする。

 無駄だ。すでに頭に入っている。ゆっくりと消滅する恐怖を味わうと良い。


 ペギーは狂ったような悲鳴をあげ、足の拘束も強引に剥がして地面を転がり回っている。

 うむ。ファティマの時と全く同じ反応だな。

 大体数分ぐらいか?楽しんでくれよ。


 「な、き、貴様! ペギーに何を――」


 俺は無視して剣を抜く。

 刀じゃないと勝手は違うがやってやれん事はないだろう。

 

 「“赤翼”」


 剣を振るうと、細身の男の胸から上がズレて落ちた。

 俺は眉を顰める。首を狙ったんだが狙いが少し下に外れたな。

 大柄の男は驚愕の表情を浮かべて後ずさりをしている。


 おいおい。逃げてもいいけど首輪はいいのか?

 いいけどな。良かったらもう少し下がってくれるとありがたいんだが。


 「な、何が――」

 「あぁ、その位置だ」


 大柄な男がパトリックから充分に離れた所で<爆発Ⅱ>で爆殺した。

 ボンっと良い音がして膝から上が爆散。色々と辺りに散らばる。

 さて、全滅か。終わってみるとあっけなかったな。


 サベージは――戻って来ないな。

 いつまで追い掛け回しているのやら……。終わったら戻るだろうし放置でいいか。

 

 「さて、お友達は全滅したが。どうする?」 

 

 パトリックは小刻みに震えながら何か考えているのか視線は定まらず、口は開閉を繰り返している。

 何もないならいいか。殺そう。

 

 「ま、待て、待ってくれ。話を聞いてくれ。わ、悪かった私が悪かった。女は返す!ほら、そこだその瓦礫の陰に居るんだ」


 パトリックは後ろを指差す。

 ほー。そうなんだー。


 「そうか。……で?女は生きているのか?」

 「勿論だとも!すぐに連れて来るから待って……」

 

 言い終わる前に<風刃Ⅱ>で両足を切断する。

 

 「あぎゃぁぁ!?」

 

 俺はゆっくりと近づくとパトリックの両足を<火Ⅱ>で焼いて血を止める。

 

 「舐めてるのか?もう一度聞く。あそこに生きた女がいるのか?」

 「………い、居ない。女は街に居る」


 街?と言う事は生きてるのか。

 そりゃ良かった。後で拾いに行くとしよう。

 場所は記憶を吸い出せばいいから、こいつはもういらないな。


 「待ってくれ。騙そうとした事は謝る!それに今回はお前が私の申し出を受けなかった事が原因なんだ!ここはお互いさまって事で手を打とうじゃないか!」


 ははは。楽しい奴だな。この期に及んでそんなセリフを吐けるとはある意味凄いよ。


 ……でさっきから何を見てるんだろうな。


 さっきからパトリックの視線が俺の後ろに向いている。

 後ろに気配。静かになったと思ったら終わったか。


 「今だ!やれ!ペギー!」


 俺が後ろを向くとペギーが立っていた。

 パトリックが勝ち誇ったかのように笑みを浮かべる。

 両足失くしてるのに元気な奴だな。


 ちなみにペギーは動かないぞ。パトリックは訝し気にペギーを見る。


 「……おい。ペギー?どうしたんだ?」

 「ペギー。好きにしていいぞ。ただし、頭は残せ」

 「あいよ」

 

 ペギーは笑みを浮かべながらパトリックへと歩みより……。


 「おい。ペギー?冗談だろ?」

 

 ペギーはパトリックに馬乗りになって殴り始めた。


 「あははは。ねぇ?パトリック?気持ちいい?ねぇ気持ちいい?アタイはすっごい気持ちいいよ!」

 「おごぉ!ごふぅ!ぺぎ、やめ。べほぉ」

 

 俺は近くの瓦礫に腰掛けると、パトリックの悲鳴をBGM代わりにしてサベージが戻るのを待つ事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る