第40話 「宿屋」

 翌日、プレートを受け取った俺達は出発の日まで簡単な仕事をして時間を潰す事にした。

 俺は倉庫整理や雑用系の仕事。

 ハイディは……知らん。興味ない。


 宿に戻っていなかったから何かしらやっていたのだろう。

 そんなこんなで色々やっている内に時間が過ぎ――。

 そして出発の日。

 

 現在、俺達は馬車に揺られていた。

 走行中の馬車は全部で二十台。

 先頭が二台、残りは三台横並びで走っている。


 俺達は後方の馬車に乗って流れる景色を眺めていた。

 隣のハイディは馬車が珍しいのか、窓に張り付いている。

 やはり旅と言えばこれだな。


 見慣れない景色。知らない空気。この新鮮さが旅の醍醐味だろう。

 

 ……喰った記憶に情報があるので知っている景色ではあるんだが……。


 細かい事は気にしてはいけない。

 道中、散発的にゴブリンが襲い掛かって来たが、俺達が動く間もなく撃退されていた。

 護衛は五十以上いる。この数相手に襲撃をかける命知らずはそうそう出てこない。


 居たとしても、撃退されたゴブリンの様な色々足りていない連中だけだろう。

 護衛も俺の様な黄色だけじゃなく青や数人だが赤のプレート持ちまでいる。

 大抵の奴は瞬殺だろう。


 お陰様で俺はのんびりと馬車の旅を楽しめるという訳だ。

 特に問題なく移動ルートを消化して、俺達はメドリームに入る事が出来た。

 メドリームに入った後、いくつかの村を経由。


 更に数日を経て、主都ウィリードへ到着した。

 


 

 メドリーム領。

 大陸北部に存在する大交易都市。

 北部の流通の大半を担っているだけあって、景気もいい。

 

 主都ウィリードは観光地としても有名で、入ってまず目を引くのは都市のど真ん中に聳え立つ山だろう。

 ムスリム霊山。

 標高はそこまで高くはないが、グノーシスとか言う宗教組織の拠点があり、巡礼者や観光客で賑わっている。

 

 南から流れて来る珍品に霊山、この二本の柱がメドリームの主な収入源だ。

 

 ……確かに人が多いな。


 契約終了により報酬を受け取った俺達は早速、店が連なる大通りへ顔を出したのだが……。

 人多すぎだろ。これは移動に難儀するぞ。

 それに――。

 

 「ウィリードに来るのは初めてだけど凄い人だね!」


 ……隣で目をキラキラさせているハイディにも注意しないとな。


 「ハイディ……」


 俺が声をかけようとした所で、ハイディが通行人にぶつかっていた。


 「おい!ねーちゃん気を付けろよ!」

 「あ、ごめんなさ――ちょっと君」

 

 ハイディは悪態を吐いて離れようとしている通行人のおっさんの腕を掴む。

 言ってる傍から出やがった。

 

 「おい!放せよ俺ぁ急いでんだよ!」

 「先を急ぐなら僕の財布を置いて行ってくれないかな?」

 「んな!?お、俺が盗んだってのかよ!」


 いや、思いっきりスってたぞ。

 ハイディが手に力を込める。骨が軋む嫌な音が微かに聞えて来た。


 「問答をする気はないよ。君が盗るのを見ていた」

 「わ、分かった。返しゃぁいいんだろ!」


 男は懐から財布を取り出すと遠くへ放り投げた。


 「ちょ、ちょっと!?」 


 ハイディはそれを追って走る。

 それを尻目に俺は逃げようとした男の首を掴むと引きずって建物の間、細い路地に入った。

 

 「何だてめえ!放せ!財布なら返しただろうが!」


 周囲に<静寂Ⅰ>を使って念の為、周囲の音を消す。

 引きずった男を地面に叩きつける。

 この街は人が多いだけあって犯罪が多い。

 スリは当たり前、殺人、強盗何でもござれだ。


 ちなみにさっき男が放り投げたのは偽物でたぶん中身は石か何かだろう。

 あいつも詰めが甘い。

 俺は地面に叩きつけられて呻いている男の腹に蹴りを入れる。


 一発、二発、三発。


 「ま、待ってくれ。悪かった返す、返すから」


 男は血反吐を吐きながら震える手で財布を差し出してくる。

 俺はそれを受け取ると男が逃げないように踏みつけながら中身を確認。

 今度こそ本物だな。


 「で、出来心だったんだ!助けてくれ!死にたくねぇ!!」


 男はやたらと大きな声で命乞いをする。

 こいつ中々やるな。

 捕まった時に目くらまし用のダミーを用意する周到さ。


 なりふり構わず大声を出しているのは、通行人を呼び寄せる為だろう。

 機転もなかなか効く。

 ま、出来心ってのは嘘だろうな。どう見ても常習犯だろ。


 ちなみに魔法の効果でいくら叫んでも誰も来ないぞ?

 実力はあったが運がなかったな。

 俺は男の髪を掴む。


 「ま、まってくれ、許してくれよぉ……」

 「災難だと思って諦めろ」


 男を引きずって路地の奥へと歩いて行った。

 




 

 色々と済ませた俺は路地から大通りに戻ると、ハイディがキョロキョロと視線を彷徨わせていた。

 

 ……何をやっているんだあいつは。


 俺が近づくとほっとした顔を向けて来る。


 「何処に行ってたんだい?戻ったら姿が見えないから心配したよ」

 

 そう言いいながらも表情は暗い。財布盗られたから当然か。

 俺は内心で溜息を吐いて取り返した財布を押し付ける。


 「え?これ、僕の……」

 「次は盗られるなよ」


 ハイディは財布を受け取って安心した表情を見せる。


 「ありがとう。でも、どうやって……」

 「いや、話の分かる奴だった。ちょっと頼んだら返してくれた上に街の事も教えてくれた。折角だ、お勧めの宿に泊まるとしよう」


 いや、本当にいい奴だった。

 お陰で本当に色々と勉強になったよ。


 大通りを抜けて山に沿って街の西側へ行くと宿が軒を連ねているエリアがある。

 ちなみに一部の宿は巡礼者は割引価格で泊まれるサービスがあるらしいが…関係ないな。

 入信する気はない。


 でも、霊山には興味があるな。

 頂上にある展望台から見る街の景色は中々の見応えのようだ。

 明日にでも覗きに行くか。


 「さすがにこの辺りは人が少ないね」

 「そうだな。とは言っても大通りと比べてだがな」


 今は昼間だ。

 宿を探している奴以外は大抵大通りで買い物か山登りだろう。


 「その宿っていうのはどんな感じの宿なんだい?」

 「金糸亭って名前の宿で爺さんとその息子夫婦で経営してるらしい。やや外れた所にあるからちょっとした穴場らしいぞ」

 「そうなんだ。ところで何だけど、宿はこの辺りにしかないのかい?この先にも似たような建物があるけどあれは違うのかな?」


 あぁ、南寄りのエリアは宿ではあるが趣が違うな。

 防音と各種オプションの付いた特殊用途向けの宿泊施設が多い。


 「いや、宿ではあるぞ」

 「……?何か違うんだい?」

 「有り体に言うなら男女が情事目的で入る宿だな」

 「じょっ!?」


 何を驚いてるんだ。この規模の街なら絶対あるだろ。

 こっちでは日本と違って規制なんてないから風俗店も出し放題だ。


 「後は娼館だな」

 「そ、そうなんだ……しょ、娼館もあるんだ」

 

 何を照れているのやら、これだから童貞は――いや、今は処女か。

 ちなみに俺は大人のお風呂屋さんで処分したので経験はある。

 財布に大打撃だったがな。アレは嵌まるとヤバい。


 「ああ、だから近づかない方がいいな。下手すれば変な男に捕まって連れ込まれるぞ」


 まぁ、こいつなら自発的に行かない限りは問題ないだろう。


 「……興味があるというなら好きにすればいい。行くなら病気に気を付けろよ」

 「な、何を言ってるんだ!?僕は、だ、大丈夫。大丈夫だから」


 何が大丈夫なのかは知らんが、あの辺は財布に優しくない遊び場が多すぎる。

 行くのはいいが財布と相談しろよ。

 そんな感じで雑談していると、目的の宿が見えてきた。


 他の店から少し離れた位置にあり、建物も他と比べてやや大きい。

 金色の鳥のレリーフが両開きの扉に掘られていた。

 建物自体は古いがしっかり手入れをされているらしく清潔な印象を受ける。


 中に入ると五~六歳ぐらいの女の子が寄って来た。

 

 「いらっしゃいませ。ほんじつはごしゅくはくですか?」


 宿の娘か。

 

 「うん。そうだよ。家の手伝いかい?えらいね」


 ハイディは目線が同じになるように屈みこんで女の子と話をしていた。

 女の子は褒められて嬉しそうだ。

 娘の声で気が付いたのか、奥から若い女…女将か?が出てきた。


 「いらっしゃませ。ご宿泊ですか?」

 「あぁ、二人で期限は…とりあえず十日程で」

 

 女将は嬉しそうに表情を輝かせるといそいそと宿帳を持ってきた。

 人の気配がないな。穴場と言うよりは――寂れている?

 見た感じ掃除も行き届いているし人が寄り付かない理由が思いつかんが……。


 妙だな。念の為、警戒しておくか。

 

 「申し訳ありませんお客さま。お手数になるとは思うのですがウチは2日単位での更新になるんですよ」

 「二日毎に料金を払えばいいのかな?」

 「はい、宿泊を継続される場合は支払いをお願いします」


 女将は少し表情を曇らせる。

 ふむ。まぁ、泊まってみて気にらなければ二日で切ればいいだけの話か。

 変わった事をしているな。


 俺は内心で首を傾げながら二日分の料金を支払う。

 女将は金を受け取ると部屋へ案内してくれた。階段を上り3階へ。

 サービスいいな。大抵は鍵だけ渡して勝手に上がらせる。


 案内された部屋は中々の広さだ。

 ベッドもしっかりメイキング済み。

 確かにいい宿だ。だからこそ妙だな。


 ここに来るまで他の客の気配がない。


 ……もしかしてここって「出る」とかそんな理由で人が寄り付かないとかか?


 いや、それはないだろう。

 もしそうならあのスリの記憶にある筈だ。

 あのスリは人に勧められるいい宿と認識していた。

 

 ……最近、何かトラブルを抱え込んだ?


 少し考えて――止めた。

 どっちにしろ俺には関係のない話だ。

 女将は俺達に鍵を渡すと部屋から出て行った。


 「部屋もベッドも掃除が行き届いてるし、いい宿だね!」


 ハイディはベッドに触ったり、窓から外を見たりしている。

 俺もこいつを見習ってシンプルに物を考えよう。

 さて、荷物を置いたら冒険者ギルドで登録を済ませて観光だ。


 まだ日も高い。色々と見て回ろう。


 「忘れないうちに冒険者ギルドで手続きを済ませるぞ。その後は自由行動だ」

 「分かった。ところで君はギルドへ行った後どうするんだい?」


 山は巡礼者で埋まっているだろう。

 行くなら朝一だな。今日は市場を覗いて名物料理でも食べ歩くかな。


 「も、もしかして娼館に行ったりするのかな?」

 

 いかねーよ。金がもったいない。

 性欲が希薄になっている今、行きたいとは欠片も思わんな。

  

 「いや、市場を見て回るつもりだ」

 「そっか、僕はどうしようかな……」

 「好きにするといい。遅くても明日の朝には戻るようにしてくれ」

 「分かった」


 話していても仕方がないので荷物を置いてギルドへ向かう事にした。

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