第8話 脱退…

 しばらく学校では。

 演劇部の第三公演の話でもちきりだった。

 中でも。

 日高の恋敵を演じて、日高の刀を受けた、なーちゃんは。

「あの、日高先輩のお芝居を近くで観れただけでもすごいのに、はるを奪い合っちゃった」

 と、興奮さめやらぬ様子であった。

 だが、実際。

 日高が跳ね上げた、皇子役の奈々の剣は。

 二、三度虚空を舞って。

 カラリと奈々の足もとに落ちた。

 日高とはるは聞くことはなかったけれど。

 その後のカーテンコールは。

 観客の歓声で。

 かき消されるほどだった。



 そんなある日。

 はるは事務所からの呼び出しを受けた。

「座って」

 いつもは明るいマネージャーの太一は。

「はるちゃん、単刀直入に言うね。グループから抜けてほしいんだ」

 全くの笑いなんて無しで。

 太一の肩越しの社長も、デスクから、何も言わずに見ているだけだ。

「やっぱり、長身で、柔らかい感じのコンセプトから外れちゃってるんだよ」

 はるは、無言のまま。

「とりあえず、会社としては、そういうことで新しくメンバーを入れる。いいね」

「はい」

 はるは、頷くしかなかった。

「それから、一週間後くらいにもう一度呼ぶから。今、書類が整わなくて申し訳ないけど。もう一つ話があるから」

「はい」

(解雇か)

「今日はもういいよ。お疲れさん」

 社長が笑いかけてくれたけど。

 はるは、足取りも重く。

 事務所を出た。



 一週間後。

「お早うございます」

 はるは、再び事務所から呼び出された。

「あ、はるちゃん、早いね」

 と、太一マネージャー。

 あれ。

 いつもの太一君だ。

 おそるおそる。

「ねえ、太一君、私、契約解除でしょ」

「契約解除?何で。はるちゃんには仕事来てるし、ばりばり働いてもらわないと」

 って。

「だって」

「グループには合わないっていうのは本当だよ。こう、ふわぁっとして長身のお姉さんたちの癒し、みたいなコンセプトの中に、はるちゃん完全に浮いてるでしょ」

「まあ、そうだけど」

「だったら、はるちゃんは、はるちゃんの凛とした感じのままでいいってなったんだ。それに、そのはるちゃんがいいってオファーも来てるから」

 そう言って。

「あ、じゃ、ここで待ってて」

 太一は部屋を出て行った。

 入れ替わるように社長が来て、

「あ、はる、今日、ちょっとお客さんだから。はるも会ってね」

 それだけを言って、慌しく出て行った。

 なんだ。

「良かった」

 はるは、ソファに深く腰を沈めた。

 しばらくして。

「ほら、起きて」

 太一に揺り動かされた。

 目を覚ますと、一人の女性が部屋に入って来るのが見えた。

 はるは立ち上がって。

「お早うございます」

 って、一礼をした。

「これが、はるです。こちら、吉村祥子さん。YOSHIMURAブランドの次期社長さんだよ」

 って、祥子の横に立った社長が、二人を引き合わせた。

「吉村祥子です。はるちゃん、よろしくね」

 にこっと、祥子は笑った。

「あ、はい」

 戸惑っているはるに、

「はるちゃんをCMに使いたいんだって」

 太一が言った。

「ええーっ」

 思わず、はるは大声を上げた。



 はるの前に、祥子が座り、はるの左に社長、右に太一が座った。

「これなんだけど」

 祥子がタブレットを三人の前に置いた。

 それは。

(あっ)

 文化祭で、日高と、はるが、皇子とメイド姿で駆け去ってゆくシーンだった。しかも、会場を去っていった後と、横を駆け抜けてゆく姿が、動画となって流れていた。

「会社の企画で、動画を募集しててね。これが、企画に一番合うって、なったの」

(連ちゃんだ)

 はるは、目を上げて、祥子を見つめた。

「それでね、うちとしては、今度、アクセサリーも出したいって、なったんだけど、なかなかいい物がなくて」

 そこまで言って、祥子は指で動画を停止させ、

「この、はるちゃんが着けてる、これ」

 はると、目が合った。

「これ、花村鉄工所のだよね」

「は、はい」

 祥子は。

 今度は社長と太一の方へ目を移し、

「出来れば、うちとしては花村さん側とも提携を結んで、これにうちのブランドのロゴを入れたいと思っています。商品開発に、はるちゃんたちの意見も聞きながら、丁寧にすすめていきたいと思っています」

 そして。

 社長と、太一マネージャーと。

 細かい打ち合わせを重ねていった。

 言葉の通り。

 祥子側は、何度も、事務所サイドにも。

 花村鉄工所にも足を運び、商品を作り上げていった。

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