第114話 強がりと静かな決意-別視点-

「さて、ディーネの事情も聞けたところで次は……」


 そこで言葉を区切って、リアは後ろを振り返る。


「気絶してるアルフォンス様をなんとかしないとね」


 そうして彼女が視線を向けた先には、気絶して地面に転がっているケモ王子ことアルフォンスの姿があった。


 まぁ、そうなるか……。

 流石にそのまま放っておけないもんな、まぁ気絶させたのは俺だけども。


 そう思っていたところで「えー」と不服そうな声が上がる。声の主は他でもない、先程突如現れてから、リアを助けたということで調子に乗りまくっている、上級精霊サマことディーネだ。


「この邪魔くさい獣人を運ぶんですか? 別に置いていっていいと思うんですよ、だって目を覚まして住処に帰る知能くらいはあるでしょうし……」


 ソイツはそこまでつらつら喋ったところで「ディーネ」とリアから鋭く名前を呼ばれ、それから即座に「申し訳ありません」と頭を下げていた。


 この上級精霊、もしかするとバカなのか? 上級っていうのももしかして、バカに対して掛かってて、上級バカって意味なんじゃ……。

 よく考えると、さっきから似たような感じで一向に懲りねぇし、オマケにリアにしては珍しく、対応が少し冷たいようにも見えるし……。


「しかしそれではどうします、水でもぶっかけて叩き起こして自力で歩かせますか?」


「いや、起こすにしても水をかけるのは……こう、もう少し常識的な案を出してくれると有り難いんだけど」


「えっ、思いっ切り水を掛けるくらいなら普通では?」


「普通……ではないかな……」


 ……なるほど、ディーネの言動を見てる限り。この精霊からは人に近しい常識やら、良識やらがゴッソリ抜け落ちているフシがあるらしいな。

 少なくともこいつからこの件に関して、まともな提案を期待するのは無駄だろう。仕方ない……。

 そこで俺は二人の会話に割って入った。


「それなら、俺が担いで連れて帰るのはどうだ」

「え、カイくんが……?」

「あら、いいじゃない。さっさとそうしなさいよ」


 相変わらず上級精霊サマの反応はうぜぇな……。


 さてそれはそれとして、実際に運ぶ前提で、ケモ王子を観察したところだが。その身長は、それなりに高身長である俺よりも更に高く、体格もよく、それなりの筋肉量があるように見える。

 当然筋肉量が増えれば、その分体重も増えるのでそれなりに重くなるわけだが、それでも充分許容範囲内に見えたので、そう提案したわけだ。そもそも俺が気絶させたわけだし、面倒ではあるがその程度はしよう。

 しかし俺と違って絶対鍛えてなさそうなのに、ちゃんと筋肉があるのは本当に謎だよな……あれか、動物だからか、動物だからなのか?


「うーん、でもアルフォンス様は大きくて重そうだし、担ぐとしても結構大変なんじゃない?」

「まぁそれなりの重量だろうし、何より図体がデカいから歩きづらそうではあるが……」

「だよね、ならもうちょっと工夫したいよね」


 そう言うリアは悩ましげに顔を傾けていたが、少しして何か思い付いたらしくハッとした表情を浮かべた。

 なんか嫌な予感が……。


「そうだ!! それじゃあアルフォンス様は、空を飛べるディーネに運んでもらうのがいいんじゃないかな?」

「は?」

「え?」


 リアの予想外の発言に、図らずもあのディーネと似たような反応をしてしまった。

 いや、でも、今までの発言を聞くに絶対よくない組み合わせな気がするんだが……そもそも本人が嫌がるだろうし。


「ほら、ディーネがずっと私のことを見てたのなら、古城の場所も知っているだろうし丁度いいよね」

「えぇ……お言葉ですが本人もさっき言ってた通り、そういう面倒な力仕事こそ、一応仮にも騎士である、この男にやらせるべきでは?」


 ほら、大体予想通りの返答だ。

 しかしそれにしても、コイツ一体騎士をなんだと思っているんだ。絶対、面倒ごとを丸投げする何かと勘違いしてるだろ。


「そもそもなんか獣臭そうですし、近づきたくありませーん」


 極めつけにディーネはそう言って、ぷいっとケモ王子から顔を背けた。

 言いたい放題だな、この女……。


 流石に俺も呆れていたところ、リアも大きくため息を付いた。

 そんな反応にもなるよな……と思っていたところで、リアは続けてこんなことを言った。


「そっか。でもディーネって、空を飛べて魔術も上手くて優秀だし、頼りにしてるんだけどなぁ……」

「え、頼りに?」


 その瞬間、ディーネの表情がパッと露骨に変わる。

 なんというか、嬉しそうな感じというか……若干マヌケそうというか……。


「ただの人間が、優秀な上級精霊のディーネほど、早く目的地まで人を運べないだろうし……お願いしたかったのだけど、そこまで嫌なら仕方ないね」

「いえ、気が変わりました任せてください!!」


 そうしてさっきの態度から一変、やる気に満ち溢れた様子になったディーネは、ポンッと自らの胸を叩いた。


「リリアーナ様がそこまで期待して下さるのであれば、不肖ディーネお断りできるはずありません、その獣人を運ばせて頂きたいと思います……!!」

「わぁー、ありがとう~ ちなみに獣人じゃなくてアルフォンス様ね」

「はい! ではひとっ飛び、そのアル何とかを運んで来たいと思います……!!」

「うんうん、それじゃあ古城の入口付近まででお願いね〜」

「はい、お任せをば!!」


 そうしてディーネは、ケモ王子ことアルフォンスの首元を掴みひょいと持ち上げると、古城のある方角の空へ消えていった。

 ……掴んでいた部分や、運び方の雑さが少し気になるが、元は精霊の力や魔力で浮かせてるはずだから首が絞まることはないだろう。


 しかし、まぁ……。


「お前、上手くやったな」


 俺が振り返ってそう声を掛けると、リアは得意気に「でしょ?」と笑ってみせた。


「ディーネはあの性格だから色々問題もあるのだけれど、能力的には優秀だからね。上手く協力して貰えるとそれなりに助かるんだよ……とっ?」


 そんな風に話してる途中で、リアの体がふらっと傾く。


「っ!? リア!!」


 それに即座に反応した俺は、慌てて彼女のことを受け止めて支えた。


「一体、どうしたんだ!?」


 驚いて思わず強い口調で聞いてしまった俺に、リアは申し訳なさそうな笑顔を浮かべて答える。


「あはは、ごめんね。さっきので色々疲れたみたいで……ディーネがいなくなったら、ふっと気が抜けちゃったみたい」


 改めてよくリアのことを見てみると、まず顔色自体があまり良くない。そこで俺はようやく気付いた。

 リアはさっき大精霊を抑えるのに魔力を使い過ぎたのだと……。


 魔力を使い過ぎると、体調に影響を及ぼす。それは時に、命に関わることさえある。

 リアの元々の魔力は、常人とは比べ物にならないほど多い。例えるなら、一般的な魔術師の魔力量を洗面桶程度だとすれば、リアのそれはそこそこ大きな池だ。だからこそ普段であれば、いくら使ったところで枯渇するような心配はないのだが……。


「いやー、大精霊様の相手は流石に堪えたみたいでね……」


 しかし相手が大精霊であるのなら話が違う。そもそもリアの魔力量の多さは血筋的なもの、端的に言えば大精霊の血を引いてるからこそのものだ。

 逆に言えば、属性は違えど力の源流である大精霊には、絶対に魔力量では勝てないし、搦め手を使ったとしても対抗しようとすれば、当然無理が出てくるわけで……。


「すまない……!!」

「へ?」


 本来そんなこと少し考えれば気付くことのハズなのに、俺は今の今までその事実に気付けていなかったのだ。


「今まで気付かず、無理をさせてしまって……さっきのことといい、俺は本当にダメだな」


 先程、あのカンに障る精霊女に言われたように、事実俺はリアが一番危険なときに彼女の側にいれなかった。役立たずと言われても否定など出来ない……。


 自分の不甲斐なさに唇をかんで俯くと、リアがクスッと笑った。


「リア……?」


「まったく、カイくんってばそんな顔らしくないよ」


 俺が驚いて思わず彼女に顔を向けると、リアはスッと俺の顔に手を添えながら笑顔を浮かべた。


「それにね、カイくんはダメなんかじゃないよ? 確かに今日は少し調子が悪かったみたいだけど、いつも沢山助けてくれてるもん」


 柔らかく優しい声音でそう口にする反面、リアの顔色は相変わらず良くない。実際、さっきふらついたくらいだ。かなり消耗してて本人もツライだろうに、それでも俺のために笑っている。俺を気遣って声を掛けてくれている。

 ああ、コイツはいつも本当に……。


「そんな状態で笑ってるんじゃねぇよ……」


「いやいや、本当にちょっとふらついちゃっただけで、言うほどそう悪くはないからね?」


 リアはそう言うと俺の手をどけて一人で立つと、大丈夫だというように笑顔で両腕をグッと曲げて見せた。

 昔からそうだ。自分が苦しくても他人を優先してしまうリアの悪い癖は、いまだに治ってないらしい。


「もう無理するな、顔色が悪いぞ」


「もう、そんなことないってばっ」


 俺の言葉にリアは不服そうに口を尖らせる。

 そんな顔をしたって、この顔色の悪さは流石にごまかしが効かないからな……。

 でもきっとリアは、いくら口で言っても平気なフリをするだろう。いつもくだらないことばかり頼んで来るくせに、自分自身が本当にツライときに限って、誰かを頼ろうとはしない……バカじゃないのか。


「……悪いがこうさせてもらうぞ」


 そう言いながら俺は、リアのことを抱えあげて横抱きにした。


「ちょ、ちょっと!?」


「倒れられたりでもしたらかなわないからな。おとなしく運ばれて帰ることにしろ」


「自分で歩けるってば!!」


「こういう時のお前は信用できないからダメだ」


「えぇー……」


 その後もしばらくはぶーぶー言うリアだったが、流石に少ししたら諦めたのか、すっかり静かになった。強がってはいたものの、リア自身も実際は疲れてたのだろう。


 それから少ししたのち、俺はふとリアに「なあ」と声を掛けた。


「なに……?」


「今回は守れなくて悪かったな」


「……別に気にしなくていいよ」


「次はちゃんと守るからな」


 リアは俺と目を合わせずにうつむき、少し経ってから呟くようにぽつりと言った。


「……無理はしないでね」


 コイツ、自分は無理してばかりのくせして……。


「バカ」


「むぅ、バカじゃないもん……」


 いいや、俺も大概だが、お前は間違いなくバカだよ。

 だから危なくないように、例えお前が嫌がることでも俺が選ばなくちゃな……。

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