第107話 湖底の建物探索 1

 さて、私はカイくんを連れて無事に、湖の中にある建物に到着したわけなのだけれど……到着すると同時にカイくんのお叱りを受けることになった。


「いいか、人の手を引っ張って湖へ急に飛び込むな」


「はい、ごめんなさい……」


「少なくとも事前に声を掛けろ」


「はい、本当にごめんなさい……」


 静かだけど怒気をはらんだ口調で、カイくんは私にそう言う。

 どうやら、急に湖へ飛び込んだことがお気に召さなかったらしい……。


 言っていることも、怒っていることも、その通りではあるので私はただただ頷くしかなかった。


「まっ場所が場所だし、これ以上言うのもアレだから今回はこの程度にしておく」


「……っ!!」


 よかったぁー、思った以上に短く済んだ!!

 あれ、よく考えると、カイくんからの叱られ時間の最短記録なのでは……まさかの記録更新!? などと、心の中で喜んで、くだらないことを考えていたところ、即座にそれを見抜かれたのか、カイくんから軽く睨まれてしまった。


 えー、いやいや、私は真面目にやりますよ、もちろん。

 返事代わりにサッと真面目な顔を作った私は、そのままカイくんを見返した。

 キリッ。


「……それじゃあ、もう調査に入るってことでいいか?」


「はい、問題ありません!!」


 気持ちを切り替えた私はビシッと答える。

 キリリッ。


「……しかし建物内に空気があったことには助かったな」


「それは水中聖殿すいちゅうせいでんと同じ仕組みになってるからでしょうね。この建物を包んでいる魔術結界から、水中の空気を取り込んで、内部に満たしているのでしょう」


「あと……中が思った以上に明るいし……」


「この明るさについても、ガラスに施された魔術式のお陰でしょうね。建物の側面に付いている窓や、上部についている天窓から湖に差し込んだ陽の光を取り入れたうえで、あのガラスを通して増幅させてるように思えます」


 まぁ、そうは言ってもその明るさは地上ほどはなく、少し薄暗いくらいになっている。

 そのうえ水中を通過してここまで差し込んでいる光は、淡く青みがかっており……それがゆらゆらと水面を映して揺れるため、なんだがちょっと不思議な感覚になる。

 水がないのに水の中みたいな……いや、建物自体が水中にあることは確かなんだけどね。


「おい、あえて今までツッコまなかったんだが……いい加減なんだ、その喋り方は?」


 私が窓の外を眺めていると、カイくんが剣呑な声でそう問いかけてきた。

 あー、ついに来ましたか。実はツッコミ待ちだったんだけど、今回は遅いなぁって密かに思ってたんだよねー。


「これは探検隊モードです、隊長」


「探検隊モードだ? あと隊長って呼ぶのはやめろ」


「ほら、これから千年前の建物を調査するわけですし、その雰囲気を出したいなぁと思いまして……え、カイくん本職で隊長なのに、なんで嫌なの!?」


「本職だからだよ!! ここで仕事のことを思い出させるな」


「えー」


 私がつい口をとがらせてそう言うと、対してカイくんは何を思ったのか、暗い表情で顔を手で抑え出した。


「思い出したくないんだよ、今頃死ぬほど書類仕事が溜まっているであろう事実を……」


「こらこら、ダメだよっ!! 仕事はちゃんとやんないとねっ」


「いつもちゃんとやってるっての!! 今現在ここに駆り出されてるせいで、溜まっていってるんだよ」


 なんと!? それだとまるで私が原因みたいに……うん、あ、そこそこ割と私が原因だな。


「ほら、まぁ……こっちも一応仕事だしちゃんとやろう?」


「探検隊モードとか言ってたやつには、言われたくねぇな」


「むっ、むぅ……じゃあ、今回は探検隊は止めておいて次回にしておくよ」


 仕方ない、探検隊ごっこ……じゃない、探検隊の疑似演習は次回に持ち越しにしておこう。

 本当は楽しみだったけど、カイくんの気持ちの問題もあるからね。


 そんなことを考える私の横で「次回があるとか考えたくもないんだが……」とカイくんが呟いていたのは聞かなかったことにして、こちらは改めて建物の中を見回してみた。


「この建物って見たところによると、教会というか、修道院っぽさがない?」


 空気を切り替えるためにも、振り返ってカイくんに、そう聞いてみたところ「あー、確かにな」と頷いてくれた。

 おお、手応えが!!

 それならもっといっちゃっていいよね、ね?


「ほら、なんていうかさ……簡素だけど堅牢な造りに、集団生活をすることに特化した建物って感じがしない?」


「そうだな、それは俺も同じ意見だ」


「やっぱりそう思う? よかったー!!」


 そこからカイくんは少し考え込む素振りをみせたあと、改めて私の方を見てこう言った。


「……なぁ、俺の考えを言ってもいいか」


「うん? 別に問題ないよー」


 わざわざ前置きをするなんてなんだろう……まさか重要な秘密に気付いたのかな!?

 ワクワク……。


「俺が今この建物を見て、その用途について思い当たった施設があるのだが……」


「だが?」


「ここは大戦に際して作られた、秘密の軍事拠点なんじゃないのか?」


「秘密の……」


「軍事拠点」


「なんか、強そうだね……!!」


 凄い、なんか重要そうだし、強そう!!

 そして私の感想は物凄く頭が悪そう、自分でもそう思う程度には頭が悪い。


「まぁ、湖の中にあるくらいだし、攻略難易度的にも強いと言えるだろうな」


「えー、私は水の中とか得意なんだけど……」


 私の場合、むしろ水中の方が強いまである。


「お前みたいなのは、ゴロゴロしてないから考える必要もないな」


 しかしそんな私の発言は、ズバッと切り捨てられる。

 それはそうだけど、扱いがちょっと悲しい……。


「それで詳しい話なんだが、お前はまずこの建物は千年前のもので、おまけに先の闇滅大戦あんめつたいせんのために作られたものじゃないかと言ってたよな?」


「うん、まぁ詳細については分からないけど、ザックリそんな感じの記録があったからね……」


「ならこれはやっぱり軍事拠点だろう。必要になれば多くの物資や、人を入れて、この中で様々な活動を行うための施設と俺はみた」


「様々な活動って?」


「例えば、ここで兵士を武装させたり、あるいは休ませたり。どうしても必要になれば、民間人を非難させる避難所としての機能もありそうに思える……それが俺の見立てだ」


「へぇー、なるほどね」


 カイくんの説明を一通り聞いた私は、改めて建物を見回す。言われてみると確かに、壁やら柱やら、軍事施設っぽい建て方をしているような気がしてきた……。


「しかしカイくんは凄いねー。多少前情報があったとはいえ、こんな短時間でそこまで推理できるなんて」


「一応、軍事系なら俺の専門分野なんでな」


「むぅ……一応、私も勉強してるのに」


 なんだろう、そう言われると、急になんか負けたような気がする……。

 ちゃんとバランスよく色々勉強してるのに……しゅん。


「まぁ最初の時点でお前も『大勢が生活する施設のように見える』と言ってたし、たぶんもう少し見て回れば俺が言わなくても気付けたと思うぞ」


「……分かった、次は私が勝つから!!」


「いや、別に勝負の話なんてしてないんだが……? どうしてそうなった」


 私の勝利宣言に呆れた様子のカイくんは、一旦目をつぶってから私に向き直って言った。


「まぁいい。そんなことより、実際に中を見て回るぞ」


「なるほど、次は先に何か面白いものを見つけられるかで競争だね!?」


「だからしねぇーって!?」


「負けないぞー!!」


 そう言って通路に向かって駆け出す私に、後ろから「言っておくが、普通に真面目に見てくれたらいいからなー!?」なんて慌てた声が聞こえてきた。

 よし、絶対面白いものを見つけて勝つぞ……!!




 ・~・~・~・~・~・~・




「いくつか部屋を見て回ったけど、目ぼしいものは何もないね……」


 本当に何もない。もうね、びっくりするほど何もなかった……。

 あったのは、多少造りの差はあるものの、ほぼ同じ感じの空っぽの大部屋ばかり。

 だから見るところもなさ過ぎて『わー、天井高いー』とか『ここの床石、他と違うー』みたいなところばかり見てました……悲しい。


「いや、でもまだ本命の部屋は見つかってないからな」


「え、本命?」


 え、なになに本命って? 初耳なんだけど……?


「ここが実際何の施設であれ、ある筈だろ? この施設の責任者が使っていた部屋は」


「あ、確かに……じゃあ、その部屋が見つかれば!?」


 合点がいって手を叩いた私に、カイくんはニヤリと笑ってこう告げる。


「ああ、何か有益な情報が残ってる可能性が他より高い」

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