第106話 朝から執事の心労は絶えない-別視点-

 薄暗いひとけのない部屋の中、沈痛な面持ちのアルフォンス殿下が重々しく口を開く。


「またしても朝からリアがいない……」


「……」


「そして例の男の姿もないのだ……」


「……」


「分かるか? リアがあの性悪男に、無理矢理連れ出されたのであろうことが!!」


 そうして荒々しくテーブルを叩きつけた殿下が、怒りの籠もった口調でそう言い放ったのでした。

 何故でしょう……無いはずの頭が痛い気がするのは……。


 私の名はセルバン。とある呪いのせいで、現在は燭台のような姿をしている。

 そしてこのおバ……いえ、お方はカストリヤ王国の第一王子で、私が長年お仕えしているアルフォンス殿下である。殿下も呪いのせいで本来のお姿とは違う姿になっているのだが、最近ではそれに加えて精神にも、なんらかの異常をきたしているのではないかと疑っている……。


 何と言ってもリア様が絡むと露骨に下がる知能指数。更に昨日、リア様と親しい男性であるカイアス様がいらっしゃってからは、別の方向性でも症状を悪化させ始めた……。


「おのれ許すまじ、あの男……!!」


 その結果がこれだ。

 目が曇ってしまっていて、冷静に状況を見極められなくなっている。

 実際、カイアス様とは折り合いが悪いようではあるが、それを差し引いても、酷い言いがかりと嫉妬にしか思えない……ああ、本当にしっかりして頂きたい。

 そもそも、これと似たようなやり取り昨日もしましたよね? まさか、これから毎日こんな感じに……いや、流石にそれはない……ない、と思いたい。


「セルバン貴様はどう思う!? 意見を言ってみろ……!!」


「分かりましたから、バンバンテーブルを叩くのはお止めください」


 とにもかくにも、どうにか冷静になって頂きたいのですが、今は諭そうとしても聞いてくれそうにはありませんよね……。

 そうなるとこれは一旦質問に答えてから、どうにか落ち着かせることを考えた方がよさそうですね。

 ああ、面倒くさい……。


「私個人の考えとしましては、お二人は何らかの調査にでも、出かけられたのではないかと思うのですが……」


「調査だと、一体なんのだ!?」


「おそらくは呪いに関連する何かしらのかと……あくまで確信があるわけではない話ですが」


「なら、まだ無理矢理連れ出された可能性もあるだろう!!」


「はあ……」


 ダメだ、思い込みが強すぎて話にならない。

 冷静に考えれば、お二人がここに滞在している理由から考えて、私が述べた可能性以外は考えられないと思うのですが……。

 これは一体、どうしたものか。


 私が考え込んでいると、アルフォンス殿下がなぜか急にふところをガサゴソ探り始めた。


「今度は一体、何をなさっておられるので……?」


「いや、そう言えばリアの部屋に張ってあったコレがあったのを思い出して……」


 そうしてアルフォンス殿下がこちらに差し出したのは、流麗な文字で簡素な文章が書かれた一枚の紙だった。



 ******************


 今日は諸用で朝から外出します。

 なるべく早めには帰りますので心配しないで下さい。

 リア


 ******************



「………調査かどうかはさておき、これは間違いなく本人の意思での外出でしょうね」


「これをみて何故そう思う!?」


「むしろ、それ以外にどう思えば……」


 そこには行き先こそ書かれていないものの、本人の署名もあり、しっかりと外出する旨がしるされていた。

 それ以外の解釈があるとは思えない。というか、一番最初にこれを出して下されば、もっと話が早かったのですが……。


「考えて見ろ!! あの赤い男に脅されて書いた可能性があるだろうが!?」


「………」


 ダメだ想像以上に殿下の思い込みと妄想が酷すぎる、早く何とかしなければ……。


「仮に自主的な外出だったとしても、彼女があの男に騙されているのは間違いないだろう」


 なんとなく嫌な予感を感じつつも、私は殿下に聞いてみる。


「……参考までに、そのように考えられる理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「彼女の意思だとしたら、私に声を掛けてないのはおかしいからだ」


 なるほど、理由になっていない…… 。


「その書き置きがあったではありませんか……」


「いや、彼女なら絶対に直接声を掛けてくれるはずだ……!!」


 そこまで自信満々に言い切れる根拠は一体何なのでしょうか……。

 そう思っていたところ、殿下は更に続けてこう言った。


「何故なら私は昨日、彼女と親しくなったからだ!!」


「…………」


 昨日、たった一日。しかも恐らくかなりの短時間で、リア様と一体どこまで親しくなったというのだろうか。正直ツッコミたくて仕方ないが、さすがに恐ろしくて、それを聞くことはできなかった……。


「おのれ、あの男め本当に許せん……!!」


 そしてほぼ最初の状態に戻りましたね……はぁ。


 しかし『あの男め』ですか。

 まぁ殿下の謎の自信については置いておくとして、つまるところ今回の殿下は、リア様から外出に誘って貰えなかったために、機嫌が悪いわけですね……。

 そうして誘って貰えなかった理由が、実際はどうか分からないものの、とりあえず折り合いの悪いカイアス様のせいにしていらっしゃると……。

 あ……胃が痛い……今は胃など無いはずなのに。


 そもそも一般論として、仮にも危険かも知れない場所に、わざわざ殿下を誘うはずがないのでは?と思うのですが……。

 今の殿下にはその話は通じなさそうですよね……はぁ。


「くっ、場所さえ分かれば今からでも追いかけて行くものを!!」


「流石にそれは、止めた方がよろしいのではないでしょうか……」


「リアが危ないかもしれないだろうが!?」


「以前にも言いましたが、リア様は元々一人旅に慣れてるご様子でしたし、今はカイアス様もご一緒なのでしょう? 心配など必要ないと思いますが」


「むしろあの男が一緒だから心配なのだろうが!?」


 そこには殿下の多大な偏見というか、個人的な私怨しえんが含まれている気しかしないのですが……。


「ああ、リアが心配だ……」


 正直、私が一番心配なのは、殿下の頭の中ですよ……。


 ともかく、このまま暴走させ続けてはマズいですよね。

 下手したら、このまま外へ飛び出し兼ねませんし、どうにかして殿下の頭を冷やさねば……。


 そう考えていたところで、扉がバンッと開く音が部屋に響きました。

 …………は?


「全てではありませんが、話は聞かせて頂きましたよ……!!」

「き、君たちは!?」


 その声にも台詞にも、嫌な予感しかしないわけですが……。

 殿下が反応している以上、このまま無視できる状況でもないため、私は渋々振り向きました。


 するとそこにいたのは、予想していた通りといいますか、いつもの三人組の侍女たちでした。

 出ましたね、トラブルメーカーの第2勢力たちが……。


「リア様の居所が知りたいのですよね?」

「実は私達、かなり有力な情報を持っておりまして」

「そちらをお教えしようと、話に割って入った次第です」


「本当か!!」


 な、なんですって、なんて余計なことを……!?

 そもそも本人たちがサラッと暴露しておりますが、話を立ち聞きしてるところから、如何なものかと思うのですが……!!


 そんな私の心情は当然理解されることも無く、問題児たちは勝手に話を進めます。


「まず昨日リア様とカイアス様から、大精霊様の加護がある、例の湖のことについて聞かれたんですよ」


「ほぅ……」


「そして、今朝たまたま外出前のリア様と行き会った私が、どちらへ行かれるのかお聞きしたところ……なんと、湖と仰っていたのですよ!? これは間違いないでしょう!!」


「なるほど、行き先はあの湖か……!!」


 マズイ、話を聞いて殿下が行く気満々になっておられるっ!?


「お待ち下さい殿下!! お一人で外出されるのは危険です、どうか軽率な真似はなさらぬように……」


 一応先日にも外出はされたが、それはリア様がご一緒だったからこそという部分がある。一人で行かせるなんてとんでもない。今はいつも以上に頭が悪くなっておられますし……。


「いえ、ここは多少の危険を冒してでも行くべきです!!」

「カイアス様とリア様をあまり二人きりにするべきではありません!!」

「私達は殿下を応援しておりますので!!」


「ありがとう……!!」


 ありがとう、ではありませんからね!?


「いやいやいや、お待ち下さ……」

「「「いってらっしゃいませ!!」」」


 慌てて引き留めようとした私の言葉に被せる形で、侍女たちの声が響いた。


「ああ、それでは行ってくる!!」


 そうして三人に見送られたアルフォンス殿下は、意気揚々と部屋を飛び出していってしまわれたのだった。

 …………なんということだ。


 今から追いかけて止めようにも、この姿の私の移動速度はけっして早くない。というか、すさまじく遅い。

 どう頑張っても、追いつくより先に殿下が外へ出てしまうだろう。

 そして外に出てしまった殿下を私が追いかけるのは、はっきり言って、殿下が一人で外出する以上に無謀だ。これはもうおとなしく帰りを待つほかないだろう。

 ああ……何も無ければいいが……。



「しかし、ああは言いましたが実際、カイアス様も素敵ですよね」

「ああ、分かります……!! あの精悍なお顔立ちに、ガッシリとした体付き、健康的な肌の色……カイアス様には殿下とはまた違った魅力がありますよねっ!!」

「確かにそれも分りますが、私は俄然殿下派ですよ!! あの完成された容姿の美しさは、もはや芸術の域にありますからっっ!!」


 暗澹あんたんたる気持ちで心配をする私をよそに、その原因を作った当の侍女達はというと、またくだらない内容でキャーキャーと騒ぎ立てていたのだった。

 ああもう、揃いもそろって…………はぁ、い、胃が痛い……。

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