第27話 大精霊が住まう森 2

 さてと、もうこの辺りからは大地の大精霊が住まう森になるはずだけど……。


 見渡す限り、生い茂る森の木々。

 流石にアルフォンス様がいる古城の回りの呪われた森とは違って陰鬱いんうつな雰囲気はないものの、どこか違和感というか不自然さを感じる。


 んー、なんというか大精霊様がいる場所にしては、神聖さも木々の生気せいきも足らないような気がするんだけど……私の気のせいかな?


 まぁそこら辺の事情についても調べられそうなら調べるとして、まずは精霊を呼び出すのに良さそうな場所を探そうかな。


 確か地図ではもう少し進んだところに湖があったはずだから、その湖畔こはんなんかが良さそうだなー!!

個人的に色々とね……。


 あっそう言えば、ここに来るまでは面倒な獣に襲われないように正体隠しの魔術の上位互換じょういごかんに当たる隠蔽いんぺい魔術で完全に気配を断っていたんだけど、そろそろ効果を緩めてもいいかもね。

 というか、精霊を呼び出して話しを聞くのに気配を消すのはダメだろう。全く人の気配がしない場所から呼び出されてる気がするって、普通に怖いからね!!

 ……でも精霊に対して完全に正体が分かるような状態も、問題が生じる可能性があるんだよなー。

 そうすると正体隠しの術である程度正体をいつわりつつ、話し聞き出すのが良さそうだ……。

 そうと決まったら、今のうちに術を掛け直して置こうっとー。



 ―――――――――――――――――――――――――――……



 また夢を見ていた……悪夢だった。

 今まで幾度いくども繰り返し見てきた、まわしい過去の出来事の焼き直しの悪夢。

 どんなになげいても、手を伸ばしても変わり様のない後悔の記憶。

 身を内から焼かれるような怒りと憎悪。時間が経てば消え去ると思っていたそれは、薄れることなく今でも鮮明で、むしろ最初より激しさを増しているような気さえする。


 それをただ耐える、耐え続ける。それ以外の方法なんて知らないし、分からなかったから。

 わざわざ悪夢を耐え続ける理由は目を覚ましたとしても、そこにある現実が悪夢の延長線えんちょうせんに過ぎないからだ。


 現実それに耐えきれず、色々なものを壊してしまえば今まで耐えてきた意味も無くなる。

 少し前に目を覚まして様子を見に行った時なんて最悪だった……これ以上は要らない、何も見たくない……。


 それなのに私は感じ取ってしまった。

 自分の森の中でかすかに懐かしい気配を……気のせいだと言ってしまえば、それまでの本当に希薄きはくな気配を一瞬だけ感じた。


 今まで一度もそんなことはなかった……でも……。


 そこにいるのが彼女じゃないかと考えると悪夢が遠ざかり、苦しみも少しやわらぐような気がした……。


 もし彼女に会えれば、私の苦しみも消えるだろうか……もし消えなかったとしても、少しでもラクになれれば……。


 そして私はゆっくりと目を開いた。



 ―――――――――――――――――――――――――――……




 湖畔に到着~。

 やっぱり水辺は調子が上がるな。


 見渡す限り広がる水面と、生い茂る木々の対比……が、薄暗くてよく見えない!!


 いやー夜明け前でなければ、もっといい景色だっただろうね。

 そんなところで精霊さんを呼び出しちゃうぞ!!


 まぁ精霊を呼び出すのにも、いくつか手段があるんだけど今回はコチラを使いたいと思います~。


 誰に見せるでもないけど、ババーンと勢いよく取り出して掲げたのは『夜明けのオカリナ』という笛だ。


 見た目はまるで夜明け前の白んで来た空のような色合いで、藍色あいいろから白色のグラデーションがかかっているのが特徴的だったりする。

 このオカリナは精霊さんが好む音が出るという部分が特別な道具なんだけど、特に魔術の類いは使われていないため実は魔術道具では無い。


 なぜ私がこんなものを持ち歩いているかというと純粋に便利だからだ。


 今回のように大精霊について詳しい精霊を呼び出したいみたいな場合は、ちゃんと条件にあった場所まで行かなくてはいけないけど、精霊自体は姿を見せないだけで割と何処どこにでもいる。人里から少し離れてる場所なら大体いる。


 だから万が一の可能性ではあるが、うっかり私が道に迷ってしまった時に使って、精霊さんに大体の人里の位置を聞き出そうと考えていたわけだ。


 えっ精霊さんって人を嫌っているんじゃないかって? それが私には精霊さんと仲良く成りやすい特別な才能があるので平気なんですよ~。

 えっへん!!


 おっと、いつまでもくだらないことを考えてないでオカリナを使っちゃおーかな。

 そーれーっと。


 森にオカリナの旋律せんりつかろやかに響き渡る。


 奏でるのは精霊たちのために作られた曲『精霊たちの嬉戯きぎ

 精霊たちが好むメロディーを選んで作曲された短い曲だ。


 あ、ちょっと演奏ミスったかも…………まっいいか。


 演奏中にも遠巻とおまきに精霊が集まってくる気配を感じる。


 そして演奏が終わる頃には木陰に隠れてこちらを伺う精霊の姿がそれなりに見られた。


 うん、首尾しゅびは上々かな。

 距離を取られ多少警戒されてるのも予想通りだから問題なし。


「やあ、精霊さんたち。私は旅の魔術師、みんなと仲良くお話ししに来たんだ」


 私が集まってきている精霊全体に話を掛けると、その中の一人がすぐ返事をしてきた。


「……えー、あやしい」


 うん……そっかー、あやしいかー。

 多少は警戒されると思ってたけども、こうもハッキリあやしいと言われるなんて困ったなー。


 今、私が自分に掛けている正体隠しの術は、ハッキリ何者かは認識出来ないけど、そこに誰かがいる事実だけは分かるような状態。

 認識できないことに対する明確な違和感を感じることはないけど、感性が極めて鋭い人だとわずかだけど不信感を感じることがある……けど私の使う術の精度せいどはかなり高い。

 そのお陰で魔術的な事象に対して高い鑑識眼かんしきがんを持っている人物でもある程度誤魔化ごまかせることは実証済み。

 そしてその人物は今ここに集まっている精霊たちより、全体的な能力もずっと格上にあたる。


 なので、ここで精霊さんが感じてる不信感は術のせいでしょうじているものじゃなくて、いきなり表れて「仲良くお話ししたい」って言い出した人物に対するものだろう……。


 うん、私の術は悪くないけど私の言動は悪かったね……!!

 間違いなく不審者ふしんしゃのそれだ!!


 しかし、それじゃあどうしよう……。

 いつもなら術を解けばそれで済むけど、今回は決して気付かれないレベルの微量の魔力を漂わせるだけにとどめている……。


 さすがに、ここで術を解くのはな……どうしよう、もう一曲演奏でもようかな。


「……でも」


 先程、返事をしてくれた精霊がまごまごと何か言おうとしている。


「悪い人ではなさそう……?」


 その言葉自体は疑問符ぎもんふが付きそうなニュアンスだったが、他の精霊からも次々と「ボクもそう思うー」「私もー」といった賛同の声が上がった。


 おお、これはいい流れでは……?


「だからお話ししてあげてもいいよ?」


「仕方がないからお話ししてあげるよー」


「ワタシも、ワタシも」


 最初に口を開いた精霊を皮切りに、おそらく集まってる精霊のほとんどが肯定的こうていてきな返事をしてくれた。


「ありがとう精霊さんたち、そう言ってくれ嬉しいよ!!」


 よかったー!!

 一瞬不安になったけど、当初の予定通り話が聞けそうだ。


 本命の話題はもちろん大地の大精霊さまのことだけど、いきなりそれを聞くのは警戒されかねないから順を追って話を聞くとしよう。

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