第24話 訳の分からない結末
「ほれほれ、躾けてやるからさっさと掛かって来いよ」
俺は目の前の狼男、マルクスに対して、人差し指でコイコイと更に挑発してみる。
『貴様……どこまで我輩を愚弄するのだぁぁぁッ!』
頭に血が昇ったマルクスはまんまと挑発にのり、殺意剥き出しで俺に向かって来る。やっぱり、こいつ沸点低すぎ。
俺との距離を詰めたマルクスは鋭い爪を俺の頭上目かけて振り下ろしてくる。
マルクスの攻撃は単撃に収まらず、左、右と執拗に爪による連続攻撃を放ってくる。速い攻撃だが、それはあくまでも一般人目線でみた場合の事だ。
俺からしてみればマルクスの攻撃はまるでスローモーションを見ているかのようだ。
だから、あえてマルクスの攻撃が俺に当たるすれすれのところで、躱す!
当たると見せかけて当たらない。そんな、攻防を繰り返していると次第にマルクスの表情が曇っていく。
『な、なぜ当たらない! 我輩の身体は魔力によって強化されているのだぞ!?』
「へぇ~魔力ね。この世界でどうやって魔力が使えるのかは分からないが……元々お前の魔力が大したことないからじゃないのか?」
『貴様! 下等な人間の分際でぇッ!』
「その下等な人間にお前はヤられるんだ! という事は、お前は下等な人間より更に下等な畜生って事だなッ!」
マルクスの左脇腹に俺の右拳を突き刺る。
『くぼぉぉぉ!』
喉から絞り出したかの様な声を漏らし、マルクスは左脇腹を押さえてジリジリと後退し、信じられないような表情を俺に向ける。
「奴はスゴいな……あんな化け物を圧倒するとは」
感嘆する美也子さんに紗奈は鼻息を荒くし、「さ、サクの強さはこんなものではないですからね! もっともっともおおおっと凄いんですから!」と自分の事の様に嬉しそうにしている。
そんな紗奈の事を美也子さんは「分かったから、そんなに興奮するな」と苦笑いを浮かべながら宥める。
『貴様は何者なのだ!? 何故たかだか人間ごときの攻撃が……我輩は人間を超越した存在なのだぞ!』
マルクスは信じられないと言った様子で俺に向かって、怒鳴り散らす。
「超越? 笑わせるなよ? ワンパンで足がプルプルしてるくせによ?」
俺はマルクスに向かってゆっくり歩き出す。
『ちっ! 仕方がない……まだ使うなと言われていたが背に腹は代えられん!』
そう言ってマルクスは懐から十センチほどのガラス管を取り出し、ガラス管に入っている真っ赤な液体を勢いよく飲み干す。すると、マルクスの身体から禍々しい黒いオーラがゆらゆらと立ち上がり、次第にそれは大きくなっていく。
『グオオオオォォ! サキホドトハクラベモノニナランチカラダ! スバラシイ! キサマッ! サキホドハヨクモワガハイヲコケニシテクレタナッ! キサマハラクニハシナセンゾオオオオオオオ!』
勝ちを確信したかのように自信に満ち溢れた表情のマルクスは、再度俺に向かって駆け出す。そのスピードは、先程までとは比べ物にならない程の速さだ。
「うお!」
再度マルクスの鋭い爪が襲う。
想像していたより早い攻撃に、俺は避けるタイミングを失い、そのまま両手をクロスさせ攻撃をガードする。止まらないマルクスの攻撃によって俺の衣服がズタボロになる、が、服がズタボロになるだけで、俺の身体にはかすり傷程度しかダメージはない。
これこそ、異世界で培ってきた俺のバイタリティなのだ。
うっ……なんだ?
俺は一瞬ダルさを感じ片膝をつく。
『ククク! キイテキタナ? コノツメニハソッコウセイノモウドクガブンピツサレテイルノダヨ!』
マルクスは勝ち誇った顔で苦しんでいる俺にドヤ顔で語る。
実にイラっとする。
「うぅ……クソ……ッ」
『ガハハハハハ! モウウゴケマイ! キサマハコレカラナススベモナクワガハイニナブリコロサレルノダ!』
「服部ッ!」
「美也子さん大丈夫ですから」
「紗奈たん、でも!」
「大丈夫」
心配で飛び出そうとしている課長さんを紗奈が制す。
『グハハハ! シネエエエエエエエ!』
マルクスは再び俺に向けて攻撃を仕掛ける。
「なんちゃって!」
俺は先程の苦しそうな表情から一変、何事も無かったようにスッと立ち上がりマルクスに向けて拳を振り抜く。
『グエッ!?』
カウンターを喰らった事でマルクスは数メートル後ろに吹き飛び貯水槽に激突する。激突した際に貯水槽に穴をあけてしったのだが、幸い取り壊しまえのビルのため、貯水槽の水は空だった様だ。
マルクスは苦痛な表情を浮かべながら、攻撃がマトモに効いているのか、中々立てないでいる。
『グッ……ナ、ナゼダ……? キサマハモウドクデウゴケナカッタハズッ……』
「すまんな。俺に毒は効かないんだよ」
あの世界で培った状態異常耐性があるからね。
『バカナ……ホントウニナニモノナノダキサマハ……』
「お前ガーランド帝国所属だったよな? あの趣味の悪い真っ赤な鎧の」
俺の記憶にあるガーランド帝国の兵士の鎧は趣味の悪い真っ赤な色をしていた。
「確か敵の返り血を浴びているように見せかけて相手をビビらせるって言うどーしようもない理由でそんな色にしてるんだったか?」
『キサマガナゼソレヲ……』
「有名だからなあの悪趣味な鎧は……あっちの世界で」
俺の言葉にマルクスの全身に緊張が走る。
『キ、キサマ……マサカ……』
「今度はこっちから行くぜ!」
俺はマルクスの言葉を聞き流しフルスピードで駆け出す。。
マルクスはその動きについて来れないのか、俺が目の前に現れても先程まで俺がいた場所を見つめていた。
『――ッ!?』
マルクスは急に現れた俺に驚きながらも流石元兵士と言うべきか、咄嗟に頭部をガードする。
それならばと俺は執拗にマルクスのボディーに拳を打ち込む。
一発、二発、三発と攻撃を食らわす事で、マルクスのガードが段々と下がってくる。
『プハッ!』
四発目のパンチがマルクスのレバーに突き刺さったと同時に、マルクスは堪え切れず息を洩らしながらガードを下げた。
ガードが下がり、対面したマルクスの表情は苦痛により歪んだ醜いものだった。
「よッ! やっと顔を出したな?」
『ヒュ……ヒュ……』
言葉すら発する事が出来ないようだ。
「第二ラウンドだ!」
俺は容赦なくマルクスの顔を殴る!
マルクスの鋭い牙が飛び散る!
殴る! 殴る! 殴る!
俺が殴る度にマルクスの顔が変形していく。
『ヤメ……タス、ケテ……』
涙を流しながら助けてと懇願するマルクスの姿を見て、沸々と怒りが込み上げてくる。
「ふざけるなよ? お前が奪ったその体の持ち主には帰りを待っている家族がいたんだ! それを勝手に奪っておきながら助けてだと!?」
聞くところによると、この身体の持ち主は、数日前から消息不明のため家族が捜索願いを出していたらしい。
紗奈の時とは違い生きている人間に憑依した場合、元の体の持ち主の魂は憑依した者によって喰われるらしい。
つまり、こいつが元の体の持ち主を殺したのだ。
こいつは幸せな家族の人生をメチャメチャにしたんだ!
「俺はお前を許さない!」
俺は休めた拳を再度振るう!
何度も何度も……。
六課の面々はその光景を無言で眺めているしかなかった。
ただ、一人を除いて。
パシッ!
紗奈が振りかぶろうとした俺の腕を掴む。
「サク! そこまでにして下さい! そのマルクスに聞かないといけない事がたくさんあるのです!」
怒りに支配されていた俺は、紗奈のその言葉によって冷静さを取り戻す。
「すまん……頭に血が上って」
そんな俺に紗奈は何も言わず優しく微笑みかける。
俺は虫の息のマルクスに向かって問う。
「“あの方”ってのは何者だ? お前はどうやってこの世界に来れた?」
『ア、アノ……カタ……ハ……』
「サク! 避けて!」
俺は紗奈の叫び声に反応して咄嗟に横に飛ぶ!
『グァッ!』
マルクスの悲鳴が聞こえ振り返る。
「なっ、なんでアレが!?」
黒い渦だ。俺達をあの世界へと陥れたあの禍々しい黒い渦が出現している。
そして、渦から真っ黒な靄の掛かった巨大な手が伸び、マルクスの身体を掴んだそれは、そのままマルクスを渦へと引きずり込む。
「な、何なんだこれは!?」
その光景を目の当たりにした俺は、驚きのあまり動く事も忘れ、ただ見ているしかなかった。
マルクスの姿が完全に消失すると、まるで何事も無かったかの様に黒い渦は一瞬でその場から消滅した。
俺は状況が飲み込めず訳の分からないまま、その場からしばらく動けずにいた。
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