第22話 『憑依者』
「危機……ですか?」
「あぁ、そうだ。まぁ、見てもらった方が早いだろう。恵美たん、アレを出してくれ」
「メンドいけど、りょーかい……」
IT担当の東城さんが、気ダルそうにトボトボとデスクに向かい席に座るとウエットティッシュの様な物でピザで汚れたであろう手を拭く。
それから、カタカタと小気味の良いパソコンのキーボードを叩く音が聞こえたと思ったら、壁に設置してある巨大なモニターに白いYシャツ姿の中年の男の静止画が映し出された。 どこにでも居そうな普通のサラリーマン風のおじさん。
だが、一点だけ普通じゃない所がある。
それは、男のYシャツが真っ赤に染まっているのだ。まるでホラー映画のワンシーンように。
「なんすか? これ」
「黙って見てろ。恵美たん再生を」
美也子さんは俺の言葉を制し、東城さんに指示を出すと静止画が動き出す。
『ぐははははは! 我輩は栄えある
そう言って男は画面から消える。
「なッ!?」
高らかに宣言する男の言葉に俺は驚かざるを得なかった。
マルクスと言う輩が誰かは知らないが、男の口から出た『ガーランド帝国』は、あの世界でやり合った国で、【殺戮者】という単語は明らか俺達を差すモノだったからだ。
「紗奈!」
そして俺は同意を得るために紗奈の方を向く。
紗奈はただ静かに頷き、「おそらく、あのおじさんもアタシと同じで魂だけがこの世界にきてしまった、あの世界の者だと思います」と捕捉する。
「我々は『こういった者達を総じて
「つきもの、ですか?」
「あぁ、ぴったりだろ?」
この男が、あっちの世界の魂に取り憑りつかれていると考えると、まぁ、ぴったりではある。
「それで、この男は?」
「現在、別の部下達が行方を追っている所だ」
別の部下……あと三人いるって言ってたな。
「あれ、返り血ですよね? あれほどだったら、傷害事件ないし殺人事件としてニュースとかで騒がれていてもおかしくないと思うんですが」
近頃やたらと物騒な事件が多いけどネット時代の世界だ、あれ程の返り血を浴びだ男がウロチョロしていたら、SNSやネットニュースに上がっていてもおかしくはないと思うが、実際この類のニュースは目にしていない。
「不確定要素が多すぎて緘口令が敷かれている」
緘口令? 緘口令が敷かれている案件を追っている……。
「そもそもこの六課? という組織は何ですか?」
「主な任務は表向きでは解決できない事案を裏で解決する、防衛省直轄の裏組織、とでも思ってくれ」
裏組織ね……。
「服部。お前は異世界から帰還した者だと聞いている。それも紗奈たんとは違い、その身そのままで」
「はい、そうです」
「紗奈たんの身体能力は常人では考えられないほど高く、また、戦闘力に関しても私の知る限り紗奈たんに勝るものはいない。そんな紗奈たんが、自分よりお前の方が強いと言っている。そんな逸材を遊ばせておくにはもったいない。だから、不本意ではあるが、お前にこの組織に加わってほしいと思っている。不本意ではあるがな……」
不本意って……しかも二回言う必要ある??
「そんなに不本意なら別に俺は「あぁん?」いえ、何もありません……」
何だよこの理不尽極まりない人は……。
正直、美也子さんのこの誘いは、世のため、人のために何かしたいという俺の信念をかなえられると思う。
だけど、急にバイトを辞めるなんて、明美さんに迷惑掛けるわけにはいかないからなぁ。
「だけど、俺、バイトがあって「あぁん?」……」
何だよこの人!
「バイトを辞めるならちゃんと一ヶ月前に店に言わないといけないので。この組織に加入しろと言うなら一ヶ月待って欲しいです。お店に迷惑掛ける訳にはいかないので」
ギッと俺を睨んでいた美也子さんの口元が緩む。
「ふふっ。そうだな人様に迷惑を掛ける事はいかんな」
「はい!」
「いいだろう。その代わりバイトのない時間帯はできれば手伝って欲しい。そうだな、試用期間と言う名目でちゃんと給料も出す」
「それは構いませんが……」
まぁ、どの道一人でも困っている人を探しまわっていたし、闇雲に動き回るよりはこの組織のお手伝いをしていた方が確実に俺の力を役立てる事ができるだろう。
そして、給料もでるのだ、願ったり叶ったりだ。
「後はお前の実力が見たいのだが……」
「美也子さん! サクは誰よりも強いです! アタシの言葉が信じられないのですか?」
「紗奈たん。私が紗奈たんの言葉を信じない訳が無いじゃないか!」
「それなら!」
「個人的な興味だ。それ以上でも以下でもない」
美也子さんはその荒々しい顔には似つかない無邪気な笑顔で答える。
「はぁ~。サク、ごめんなさい。美也子さんがこの顔をしている時は何を言っても無理です」
「そう言うことだッ! あははははは!」
美也子さんはふんぞり返って大声で笑う。
「別に紗奈が謝ることじゃないよ」
「では、行くぞ!」
そう言って一人で事務室から出る美也子さんの背中を追い掛け、すぐ向かい側の部屋へと入っていく。部屋の中は先程の部屋と同様に白を基調としているが、一つだけ違うのはこの部屋は何もない空間だと言う事だ。
「ここは?」
「ここは所謂訓練所みたいなものです」
俺の疑問に紗奈が答える。
今この部屋にいるのは、俺、紗奈、室木さん、鈴さん、そして神田川さんだ。
東城さんは「興味ない」と一蹴し、自分のデスクでカタカタとキーボードを叩いている。
「何をするれば?」
「取り敢えず紗奈たんと戦ってもらおうかな」
マジかよ……紗奈は俺達三人の殺戮者の中で一番の敏捷の持ち主だ。
俺はどちらかと言うと力押しなタイプなので、紗奈とは結構相性が悪い。
「マジですか……」
「アタシは構いませんよ。やっとこさ手応えのある戦いができます!」
あぁ……紗奈が燃えてる……。
あぁ見えて結構戦闘狂なんだよね……彼女。
紗奈は俺から距離をとる。やっと紗奈の手から解放された俺の手は案の定汗でシワシワになっていた。
俺と紗奈の距離が一定になった時点で、美也子さんが、右手を上げる。
そして、はじめの合図とばかりに美也子さんが右手を振り下ろしたその時だった。
ピロロロロ~♪
電話だ。どうやら美也子さんの物の様だ。
「あぁ、私だ。なにッ!? 直ぐに行く! そこで待機して監視を怠るな!」
「美也ちゃんどうかしたの?」
美也子さんのただならぬ様子を見て、神田川さんが聞いてくる。
「玄からの連絡だ。追跡中の【憑依者】を見つけた! 各自出動の準備を! 服部、どうやらお前の実力は実戦で見せてもらう事になりそうだ」
俺も行くんですね……まぁ、予想はしてました。
相手は元ガーランド帝国の騎士。俺にとって知りませんじゃあ通らないよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます