第64話 お仕事

 私は相変わらず、雅と一緒に暮らしていた。


 雅のお母さんの葬儀の後、お父さんは会社の近くにマンションを買って、家を売りに出した。

 智哉くんも、そこで一緒に暮らしている。



 私は時々、お父さんの会社にインターンとして出かけていく。

 そして、ちょっとしたお仕事をして、代価としてお小遣いをもらって帰ってくる。

 この間、雑誌の取材を受けて、一枚だけ、の約束で写真も掲載された。



 いい宣伝にはなっているみたいだ。



 透子先輩の運命は医学が勝ち取り、先輩は今も生きている。

 だけど、大手術の結果もあり、いまだ入院中。

 かつてのような、アスリートとしての活躍は夢に終わりそうだ。


 だけど、美穂子先輩が毎日のように通っている、という事実を見ると、人生というのは、それほど悪いものでもないらしい。




「煌めきの空」は、核物質テロ集団として、歴史に名を残すことになった。

 ただ、彼らが強奪した核物質は、爆発からしばらくして、環境省の敷地から発見され、爆破による放射線被害はなかった。



 そして、そのテロ行為は、結局何も世の中を変えることはなかった。

 環境大臣に、新しい人間がすげ変わっただけのことだ。




 私は、と言えば一人称が何となく私に変わった。

 アイデンティティが女性寄りになっている気がする。


 実際、どうなのだろうか。


 私は男性なのか、女性なのか。



 口調が変わっていくあたり、「美少女の呪い」というのは、本当に呪いなのかもしれない。



「真琴。ごはんだよ」


 私はキーボードを入力する手を止め、雅の方を向く。

 そこには、当たり前の笑顔。


「雅は私といて、後悔はない?」

「さあ。後悔はいっぱいあるけど」


 え。


「今が幸せならいいんじゃない?」



 こういう返事、本当に大人の返事な気がする。

 精神的には、十年以上、私のほうが長く生きているにも関わらず。



「あ、楓が今度の日曜日、みんなで映画見に行かないかって」

「うん。行く。で、何の?」

「普通、何見に行くかが先だと思うけど」

 そう言いつつ、映画のタイトルを答える雅。

 今、流行りのSFアニメ映画。

「行くよ。あれ好きだし」

 テレビシリーズは、全部見ていた。

 当然、誘われなければ、自分が誘うつもりだった。



「じゃあ、返事しておくね。さ、ごはんごはん」



 テーブルの上には温かいごはん。

 テレビ画面は、アニメの女の子が笑っている。

 そして、ファンヒーターの温かい風。



 これが幸せ、なんだろう。




 その時。



 スマホが振動して、着信メッセージ。



「仕事よ、真琴」

「わかっているよ」


 ため息をつきつつ。

「せっかくのごはんなのに……」

「そうね。でも」

「これが私たちのお仕事!」

「はい、行きましょう!」



 私たちはバタバタと着替えて。



 ついでに、ごはんは一時、冷蔵庫に片付けて。




 温まった部屋を飛び出した。




 あと少しでクリスマスがやってくる。

 そして、学校はおやすみになり、新しい年もやってくる。



 寒空の下、私たちは走る。

 きっと、明日も明後日も。



 私たちはきっと走っている。

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女の子になった僕は、魂と引き換えに、いつの間にか悪魔の使い魔になっていたので、一生懸命お仕事することになりました。 阿月 @azk_azk

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