第48話 蒼き清浄の世界 3

 気がつくと周囲に人がいない。

 おかしい。

 昼日中のこの時間。



 一本裏通りとは言え、駅前のにぎやかな場所だ。

 誰もいない、ということはあり得ない。

 それなのに。



「私が、人払いしているからねえ」



「あなたは……一体……?」

「私ですか? 使ですよ」



「天使?」



「悪魔と敵対する者ですよ。こんな世界を騒がせるだけの存在には、消えてもらわなくてはいけない。神の生み出した、この蒼き清浄な世界からはね」


 僕はゆっくりと雅の前に身体を移す。

 そして、天使の視線から雅を隠す。



「人としての生を捨て、魔の者として生きるなど……、恥ずかしいと思わないのですか?」



 正論。

 そうだね、正論。


 だけど。



「逃げるなよ。悪魔の使い」

 背後から佐々木さん。

 いや、さん付けいるのかな。

 いらないか。



「透子の後輩が悪魔の使いだとは思わなかったよ。お願いだよ。透子に近づかないでくれ。がうつる」

 右手の拳銃を掲げ、佐々木はにやりと笑った。

 うわ。

 下卑た笑い方をする人だ。



 初対面からだいぶイメージが変わった。

 できるベテラン刑事のおじさんっていうイメージだったけど。



 うつる、か。



 そういう言い方をする人間を知っていた。

 あの震災のとき。

 東北から引っ越してきた子どもたちに向かって「放射能がうつる」と蔑んでいたヤツら。

 ろくすっぽ、物を考えず、脊髄反射でしゃべるヤツら。



 僕は雅とともに少しずつ下がる。

 できれば、両方を視界に入れたい。



「おじさん、何やってるの?」

 透子先輩が叫んだ。

 佐々木がじろりと睨んだ。

「人払いできているんじゃないのか」

「明確な意思を持っている者までは防げませんよ」



 佐々木と天使の会話。

 上下関係とかではないのか。


 透子先輩が僕らの前に立ちはだかった。



「この子たちが何をしたっていうの?」

「透子……、お前、こいつらの味方をするのか?」

「当たり前じゃん! あたしの後輩たちだよ!」

「そうか……、悪魔がうつったのか」

「え?」



 佐々木はゆっくりと透子先輩に近づいた。



 ヤバい!



 僕は透子先輩に手をのばす。

 だけど、佐々木の方が一歩早い。

 襟首を掴んで、身を寄せる。

 そして。



 銃声と血煙。



「うつっちまったら、仕方ないなあ」

「お……おじさ……」



 拳銃で腹を撃ち抜かれた透子先輩は、そのままアスファルトの道路に打ち捨てられた。



「と……透子先輩!」

 僕は駆け寄った。

 透子先輩は、状況を理解できていない困惑の表情。

 そして、口から血を噴いた。


「先輩! 先輩!」


 僕は透子先輩を抱きしめた。

 抱きしめた身体がずしりと重くなった。



 呼吸が止まっていた。



「自分……の姪っ子じゃなかったんですか?」

「悪魔は殺さないとなあ」



 最悪だ。



 この男。

 最悪だ。




「先輩、ごめん」

 僕は、先輩の目を閉じた。

 そして、ゆっくりと横たえた。



 雅が立ちすくんでいる。



「お前も死ね」

 僕の頭に銃口が当てられた。

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