第19話 雅 1

 私が悪魔の使い魔になってから、一年が過ぎようとしていた。

 小学生から中学生になっても、人生は、それほど大きく変わるものじゃない。



 お母さんは、相変わらず智哉に夢中。

 私のほうなど、見向きもしない。



 本当のお母さんが死んでから二年くらいたって、今のお母さんが新しいお母さんになった。

 私には、その時から弟ができて、二人だけの家が四人の家になった。



 智哉が可愛いのはよくわかる。

 けど、お母さんは「私のお母さん」でもあるんだけどね。



 そんなことを考えながらスマホをいじっていると、珍しく電話がかかってきた。



 悪魔からだ。



 使い魔としての仕事は、いつもメッセージですますくせに、わざわざ電話してくるなんて、とても珍しい。

 まあ、無視することなんて、私にはできない。



 だって、あの悪魔の使い魔なんだから。



「こうやって話すのは久しぶりだね。雅さん」

「はい」

「今日、電話したのは言うまでもないけど、お仕事の話よ」



 すらすらと説明が始まる。



 何やら下水道に、男の死体が転がっており、それを解体するのが仕事だそうだ。



「いや、鼠とかが簡単に処理してくれると思ったんだけどね。どうも、そんなに簡単にはいかないらしくてね。鼠たちがお持ち帰りしやすいように、チェーンソーとかでバラバラにしてほしいんだ」

「はい。わかりました」



 何で、そんなことしないといけないのよ、という気持ちの上に使命感が乗っかる。

 この不思議な感情が使い魔だからということなんだろう。



 そして、場所の説明を聞く。

 必要経費は、スマホに送金されてきた。

 あまり気乗りしないけど、それが仕事というものだ。



「ところで、だね。新人を一緒につれていってほしい」

「新人?」

「そう。斉藤真琴というんだけどね、なかなかの美少女だよ。見た目年齢は君と同じ」

「見た目?」

「そう。傑作なんだよ。魂をかけての望みが『美少女になりたい』だからね」

「え?」

「見た目は可愛い女の子だけど、中身はいい年をした男なんだよ」

「何それ、気持ち悪い」



 いや、ホント、ないわよ、そんなの。



 気 持 ち 悪 い 。



「そんなのと一緒にやらなきゃいけないの?」

「まあまあ、そんなに気持ち悪がらないで」

「その割には、口調が笑っているけど」

「そりゃ、そうさ。こんなに面白いネタは、あんまりないからねー」

「はいはい。私はあなたの使い魔ですから。どんなことでもやりますよ」

「偉い偉い。じゃあ、くれぐれも、他人に見られたりしないように。いつも通りうまくやってね。あ、あまり期限に余裕ないから、明日の夜くらいにはよろしく」

「了解です」



 翌日の放課後、私は一人、学校から一時間以上かかるアパートまで出かけて行った。



 いかにもな安アパート。


 呼び鈴を押すと、スピーカーから雑音。

 あ、こっち見てるわね。



「ねえ、見てる? 開けてくれないかな」


 私は口にした。


「あの悪魔からの命令よ。私とあなたで協力してお仕事しなくちゃいけないの。開けてくれる?」



 一人の女の子が顔を出した。

 何と言えばいいのだろう。

 悪魔は美少女美少女と連呼していたけど、これは本当に可愛い。



 大阪のテーマパークにもある、「あの魔法使い映画」のヒロインの女の子のような雰囲気。

 あ、第一作の時ね。そもそも、あの映画は、その後、どんどん駄目になっていったし。


 ゆるくウェーブした長い髪。くりっとした瞳。胸のふくらみとかは年相応なのは、ちよっと安心。



 そんな美少女が目の前にいた。



「とりあえず、中に入れてもらっていいかしら」




「こ汚い部屋ねー。男の一人暮らしみたいなもんじゃない」

「ごめん」

「ねえ、あなた、本当に男だったの?」

「まあ、男でした」



 うつむき加減に言う。

 ちょっとイラっとした。


「しょーもない人よね。悪魔と契約して、望みがそれ? バッカじゃないの?」

「ごめん」


 しかも、すぐに謝る。


「わー、何がごめんよ。私に謝ることなんてないでしょうに。卑屈な人ね」

「ごめん」



 まただ。

 何で、こんなに卑屈なんだろう。



「ほら、いちいち謝らない。精神的にはあたしより歳上なんだから、しゃんとして」

「う、うん」


「私は、一条雅。一応、一年くらい前から使い魔やってる。中学一年生。あんたも設定年齢はいっしょでしょ」



 それが最初の自己紹介だった。

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