第94話 ドレスの仮縫い


「じゃあ……着てみてくれる……?」


 春人のアトリエ。


 私は魔女の用意したドレスを受け取った。


 白を基調とした、華やかなドレス。


 どこかウェディングドレスにも似て。


「すご……」


 感嘆せざるを得ない。


「一応……寸法通りに……作った感じだけど……」


「ありがとうございます」


 慇懃に一礼。


「で……こっちが燕尾服……」


「ども」


 五十鈴が受け取った。


 寸法の割り出しに、一分の狂いもなかった。


 互いに着てみると、その気になれるから不思議だ。


「可愛いですね」


「五十鈴も格好良いですよ」


「えへへ」


 懐いたワンコの笑み。


「陽子さん……触っても……?」


「構いませんよ」


「では失礼して……」


 ペタペタとドレス越しに、私の身体を触る。


 それからメモ帳に何かを書き記す。


「五十鈴さんも……」


「はいはい」


 ペタペタ。


 触って感触を確かめる。


「ふむふむ……」


 まだ満足いかないらしい。


 ちなみに灰かぶりの衣装は手芸部が作っているらしい。そっちも確かに大仕事だけど、春人の傾倒はそれ以上だ。どれだけ衣装に気合いを入れているのか?


 春人は、舞踏会の衣装だけ。空恐ろしいにも程がある。それでも手芸部と合算しても、頭一つ抜けてるけど。


「とすると……」


 ブツブツ。


 手芸の世界に浸る春人くんでした。また衣装を持って、ツイツイと、縫い合わせる。さっきの奴でも十分だと思ってたけど、春人には不十分らしい。


 ま、時間はある。


 お兄ちゃんが、最終稿を早く上げたから、演技指導の練習も、たしかに前倒しではあるのだった。


「もう一回……寸法取らせて貰って……良いですか……?」


「幾らでも」


 私は採寸に付き合う。


「なるほど……」


 何を納得した?


 少し聞いてみたい気分。


 プチプチと糸を切って、縫い直す。


 パソコンのモデリングも修正された。


「この時の布のすべりは……」


 其処までやるのか。


 殆どカルマだ。


「大丈夫?」


「はい……」


 頷く春人。


「本当に?」


「ええ……」


 五十鈴の懸念も無視。それは……確かに任せるしかないんだけど。何か鬼気迫るとでも言うかのような春人の気迫。


 ブツブツ。


 呟きながら、衣装の仮縫いに戻る。


「職人だね」


「ですね」


 五十鈴の意見に私も賛成。


 将来の夢に繋がっているのだろうか?


 少しそう思った。


「……………………」


 しばらく縫い合わせ、


「着てみてくれる……?」


 私と五十鈴に声を掛ける。


 大人しく着替える私たち。


「ん……」


 眉がふにゃんと脱力した。ちょっと萌え。


「良い感じ」


「ガチで?」


 早仕立てにも程がある。


 まだ夏休みも終わってないのに。


「うわぁ」


 とは五十鈴の言。


 何か?


 そう思うと、


「綺麗ですね」


 率直な御意見。私を見てのご感想の様子。然程かなぁ。自分ではあまりよく分からなかったりして。


「確かに……」


 春人も同調した。


 マジか。照れる。


「そっかな?」


 今は髪を降ろして、伊達眼鏡もかけていない。


 所謂リミッターを外した状態。けれど確かに私は私で。其処に異論は挟めない。


「お兄ちゃんがなんて言うか……」


 誰にも聞こえないように呟く。それから二人に再度問う。


「似合う?」


「抜群に……」


「デリシャス」


 そっかぁ。


 ――嬉しいな。


 素直にそう思える。回る。ドレスのスカートがふわりと浮かんだ。

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