第81話 恋の花火


「たーまやー」


「かーぎやー」


 花火があがる。


 私と神威はソレを見上げていた。


 色とりどりの燃焼反応……やっぱり火薬はこう使わないと勿体ないよね、こう生産的な問題で。


 大きく開くは天の華。


 ドォン、ドォン、と夜気が鳴動する。


 星空にも負けないほどの壮観な光景だった。


「なぁ」


 ギリギリ聞き取れる声量で、神威が話しかけてきた。


 ところどころ花火の悲鳴で途切れたけど、概ねは理解するし、せざるを得ないだろう。


「なんで中学の卒業式に出なかったんだ?」


「面倒だったから」


「陰キャになったのは?」


「面倒だったから」


 別に責めているわけでは無いけど、たしかにソレは神威の思うところと合致する……むしろせざるを得ない。


「それは……」


「さっきの連中ね」


「俺のせい……か?」


「私のせいじゃないでしょうね」


 ソレについては先刻言ったはずだ。


「気にしてないんでしょ?」


「お前のせいじゃないとは言ったがな」


 ――ドォン。


 花火が咲く。


 一瞬、赤紫に染まる私たちの光と影。


「何なんだろうなアイツら」


「駆け巡る青春を楽しんでいるのでは?」


「俺はアクセサリーか?」


「的を射た表現ですね」


 唇を歪ませる。


「お前の……そういう偽悪的なところは賞賛に値する。一周回って褒める気にはならんのだが」


「さほどかな?」


「可愛いぞ?」


 それはどうも。別に神威に可愛く映るために生まれてきたわけでもなし。


「なあ陽子」


「はいはい」


「俺と……」


 ムズ、と神威の唇が波立った。


 あまりいい兆候じゃ無いと私は察し……尚こんな表情は幾重にも見た。


「……付き合わね?」


「理由を聞いても?」


「中学の頃から好きだった」


「きっかけは?」


「なんだろうな? 太陽に反射する茶髪とか、雨の日に傘を差す姿とか、受験勉強に付き合ってくれた優しさとか」


「そんなところを見てたわけ?」


「引いたか?」


「それなりに」


「そう……か……」


 別に責めてるわけではございませんが。


「でも好きなんだ?」


「大好きだ」


 ドォンと花火。


「じゃあ、謹んでごめんなさい」


「理由……聞いてもいいか?」


「ちょっと恋とかわからなくてね。別に神威を蔑ろにする気も無いけど」


「付き合ってわかる事もある」


「それも真理ね。一つの」


 苦笑。花火が立て続けに上がる。


「けれど放っておけない人がいるから」


 想起するのは流血。流れる血の赤さ。


「義理で付き合われても虚しいでしょ?」


「それは……そうだが……」


「ごめんね」


 本当に、ただそれだけ……私は述べた。


「それならしょうがねぇな!」


 いっそ快活に神威は言った。


「うん。失恋だ! これも人生経験って事で!」


 ――御苦労様です。


 泣いても良いけど、ハンカチは貸さないタイプ。


 神威も男の子なので、涙は見せなかった。


 夜空に花火の咲くごとし。


 一瞬綺麗で、後刻虚しくなるモノ。


 失恋も花火も雅なモノだ。


 その根幹が何言ってんだ……って話だけども。


「大切な人が……いるんだな……」


「実は結構前からね」


「そか」


 顔で笑って心で泣いて。


 男の子というモノの、それはそれで人生多々あり、人柄多々あり、また涙に値するものも多々あり。


「私は顔には惚れないから」


「だから惹かれたのかもな」


「それは在りうるね。因果な渡世で」


 実際問題、背伸びをせずに、神威と付き合える女子は、あまり多くない。


 私のフランクな態度が、彼を引き寄せたのか。


「真相は過去に遡り」


「無邪気な笑顔が一番好きだ」


「そ?」


 ニハッと笑う。


 失恋かました相手に。


「だから……その笑顔でいてくれ」


「善処しましょ」


 夏の夜の決心のお話。


 とりあえずのところは……ここまで。


 ドォンと花火が発破する。


 ――散る趣ぞ、神威の心、勿体なくも、袖にする。


 都々逸にもなっていないけども。

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