第78話 ラストスパート
「入稿~」
「もうちょっと~」
「クソが~」
「もう少し~」
私は平然と梅昆布茶を飲んでました。
本来ならコーヒーなんだけど、カフェイン厳禁なので。
同人誌のラストスパート。
文章はスケジュールギリギリで上がり、今は凜ちゃんが液タブで、挿絵を描いている。
お兄ちゃんは、その監督で、一応原作者の意見は適確のようだ。
ダメだったらダメだったまでのこと。
梅昆布茶をゴクリ。
印刷所に土下座レベルらしい。
八月に入って、我が家の熱は最高潮。
凜ちゃんのご飯は美味しいけど、ソレ以外にもやる事は山積している。
教師の仕事とかね……サラリーマンも大変だ。
「凜ちゃん大丈夫?」
「定義によりますね」
あらやだ。
本当に追い詰められていますね。
普通なら私に対してだけは嫌味を言わない紳士なのに。
液タブで、シャシャッと線を引き、そこから清書して色を塗り、レイヤー効果で色を整える。
ホント。
何でも出来る天才肌ですこと。
だから凜ちゃんのことは好きなんだけど……ビックリ箱みたいで。
お茶も詩もお花も出来る。
「優良物件だなぁ」
梅昆布茶はゴクリ。
ポツリと呟き申す。
「時間が~」
「相分かり申す~」
そもそもスケジュールの圧迫は、お兄ちゃんのせいだ。
御本人らの意見は真逆で正答。
いや当人らがソレでいいならいいんだけど……なんとなくの不条理。
私はのんびり構えます。
お茶くみ係。
というか他に出来ないだけなんだけど。
「失礼~」
隈の酷い凜ちゃんに、コーヒーを差し出します。
「ありがとうございます。陽子さん」
穏やかスマイルの凜ちゃんでした。
「別に」
と素っ気なく返して、部屋の隅へ。
――ピロン、とスマホが鳴り申した。
『今度の日。ヒマか?』
と日にち指定でコメントが来る。
『まぁヒマね』
相手は神威だった。
碓氷神威。
こやつもこやつで中々に難儀な男道を歩んでおりますな……私に絡まなければ青春を送れるだろうに。
『じゃあ祭りに行かないか?』
『祭り?』
ほにゃららら。
『花火大会があるらしい』
とのこと。
『他の人を見繕えば?』
『陽子がいいんだよ』
さいでっか。
でもなぁ。
「入稿期限が~」
「先生の執筆速度が~」
二人の年上イケメンも捨てがたいというか、売り子としてフォローの一つもしたい心境。
『日にちは?』
ほにゃららら。
『お盆前……か』
確かにソレならうだうだ言っている時間は既に過ぎているよね……多分。
『ま、付き合ってあげましょ』
『多謝』
然程でもないんですけど。
私は私のしたい事をするだけで、別に神威を優先したわけでも無い。
『エスコートは任せても?』
『浴衣着ないか?』
『構いませんけど』
貸衣装屋に心当たりはある。
「別段私服でもいいでんすけどねぇ」
神威の考える事はいっちょんわからん。
「てなわけで」
梅昆布茶を飲む。
ほにゃららら。
「その日はデートしますので」
「お兄ちゃんを見捨てるのか!?」
「然程大層な事でもありませんな」
良心に期待。
「お兄ちゃんには陽子が必要だ」
「知ってる」
それは存分に。
「じゃあ!」
「仲良くするだけですよ」
「ぐ……」
「嫉妬します?」
「する!」
「でっか」
お兄ちゃんにとっては、天変地異なのだろう。
気持ちは汲めるけどね。
お兄ちゃんを失う悲しさは、喉元三寸まで、出掛かった事がある。
オンマカシリエイジリベイソワカ。
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