第62話 距離を取れ


「率直に言って」


 はいはい。


「迷惑なのよね」


 はぁ。


 ――何が?


 ツッコミは野暮だろう。


「五十鈴のこと?」


「わかってるじゃん」


 他に無いし。


「距離を取れ」


 はぁ。


「私じゃなく五十鈴に言って」


 心底からの本音だ。


 何故にこっち側が、しなくてもいい譲歩を差し迫られているのか?


 世の不条理の一角だ。


「邪魔って言ってるの。わかる?」


「言葉の意味でなら」


「はあ!? 舐めてんの?」


「その様なつもりは毛頭」


 サラリと。


 っていうか、五十鈴に気があるなら……告れば良いじゃん……は私の勝手な意見であるのだろうか?


 少し考える。


 五十鈴か……。


 紅茶色の髪を持った好男子で、ワンコ気質の持ち主。


 愛嬌を振りまく姿は天上天下一騎当神。


 …………そりゃ、ま、たしかに惚れる女子生徒も雨後の竹の子の如く湧いて出るだろうけども、何故その尻ぬぐいで私が奔走せなばならないのか?


「あんた何様?」


「一介の生徒ですよ」


 他のモノに見えるなら、眼科か脳外科に行った方が良い。


「うん。舐めてるわ」


 チキチキ。


 刃の伸びる音。


 カッターナイフ。


「ちょっと痛い目見る?」


「停学を覚悟しての事ですか?」


「――――――――」


 絶句。


 既に前例がある。


 この上、進学校で停学は致命傷になり得る。


「あんた、生きて帰れると思ってんの?」


「殺人まで発展したら、その後の人生メチャクチャですな」


 あはは。


 笑った。


 他に対処療法を知らない。


 イジメを文化……あるいは精神的知的活動の一環とは捉えるも、そこにお行儀良く付き合うつもりは毛頭無い。


「うん。舐めてるわ」


「ま~ね~」


「ちょっと痛い目にあってみる?」


「スマホで録音機能を展開……っと」


 スマホを弄る。


 動画撮影。


「せせこましいわね」


 否定はしない。


 実際、私の精神はせせこましい。


「何をしていらっしゃるので?」


 別の声が聞こえた。


 艶やかな濡れ羽色の髪の美青年。


 おや。


「日高先生」


 凜ちゃんが居た。


「――――――――」


 虐めっ子らは絶句する。


「どうして此処に?」


「陽子さんを見かけたので」


 正確には、私とかしまし娘の連行を見て…………だろう。


 オンマカシリベイジリベイソワカ。


「カッターナイフ……」


 凜ちゃんは大凡察したらしい。


「あの……! これは……!」


「ナイフで脅したんですね?」


「ちが……っ!」


「言い訳の余地がありますか?」


「そいつが悪い!」


 と私を指差します。


「何をしたので?」


 さぁ。


 何かはしたのだろうけども。


「調子に乗ってるから」


「ああ、確かに」


 肯定するんかい!


「ではこちらで対処します」


 ポンポン。


 私の頭をはたく凜ちゃんでした。


「日高先生?」


 チラ、と見やる。


「お説教?」


「ですね」


 さいでっか。


 ぶっちゃけ気乗りがしないんだけど。


「調子こいてるの?」


「そうかもね」


 もはや反論も鬱陶しい。


「そんなわけで解散。カッターナイフを仕舞う」


「……はい」


 かしまし娘は憮然として、去って行った。


 南無八幡大菩薩。


「じゃ」


 とは凜ちゃん。


「お説教ね」


「ソレはするんですね」


「生徒を導くのも教師の仕事ですので」


「給料の内?」


「かもですね」


 凜ちゃんは粋にウィンクした。

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