第60話 梅雨明け


「陽子さん……」


「陽子!」


 春人と五十鈴は、平常運転。


 私たちは教室で駄弁っていた。


 教卓前が私。


 右隣に春人。


 左隣に五十鈴。


 この三人が浮いていた。


 学校側の処置もあったため、虐めようとする後発組は出なかったけど、私たちはアンタッチャブルに認定されていた。


 ――春人も五十鈴も、別の女子を見繕えばいいのに。


 思うだけで言わないけどね。


 その辺の趣味の悪さには、一々否定すると人間否定に繋がりそうなので、こっちとしても不気味な深淵を覗く心地。


「もみじ読んだぞ」


「僕も……」


「面白かったでしょう?」


 私の手柄でないとしても、ちょっと自慢げには相成り候ひて。


「さすがのさすがだ」


「あう……面白かった……」


「伝えておきますよ」


 お兄ちゃんも喜ぶだろう。


「――――――――」


 何か雑音が聞こえた。


 気にする私でも無いけど。


 虐めるならそうすればいい。


 責任の帰結に納得がいくのなら。


「有栖川さん」


 副担任が私を呼ぶ。


 凜ちゃんだ。


「何でしょう日高先生?」


 外面が綺麗なのは、私たちの共通項かも知れない。


 どこかで、


「同類だ」


 そんな共感が芽生えている。


 好きを好きと言えないところとか。


 凜ちゃん……罪な人。


「それからアンデルスさんと金子さん」


 春人と五十鈴も呼んだ。


「資料運びを手伝っていただけますか?」


「合点承知の助」


「構いません……」


「お任せあれ」


 慇懃に礼を取る私たちでした。


「それではよろしく御願いします。ちょっと量がありますので、拙一人ではどうにもこうにも。有栖川さんたちには助けられてばっかりですね」


 職員室へ。


「ではこれを」


 資料を持って、特別教室へ。


「ありがとうございます」


 爽やか笑顔。


 中々コレが難しい。


 飾り立てる事をしない凜ちゃん特有の笑顔だ。


 特別教室の隣室……教員室で、凜ちゃんは私たちにコーヒーを振る舞ってくれた。


 資料運びの感謝の印なのだろう。


「勉強にはついていけていますか?」


「なんとか」


「多分……ですけど……」


「人並みには」


 三者三様。


「頼ってくださいね。あなた方は面白い。拙としても快活な学生生活を送って貰いたいところですから、遠慮は無しでいきましょう」


 ニコッと笑う凜ちゃん。


「あう……」


 春人が少し引いた。


 たしかに春人にとって、凜ちゃんは大人の男性だ。


 思うところもあるのだろう。


「日高先生は……」


 五十鈴が、不思議そうに言う。


「陽子をよく頼りますよね」


「使い倒すという意味では」


 おい。


「やはり気になりますか?」


「可愛らしいですしね」


「うわ」


 さすがに直球が来るとは思ってなかったのだろう。


 五十鈴が引いている。


「もちろん手を出す気はありませんよ。卒業するまでは」


「期限は三年か」


「頑張ってください」


 資料を机に於いて、軽やかに凜ちゃんは仰ります。


「それではどうぞ教室へ」


「そうします」


 私は先導して、部屋を出た。


 日照が、眩しかった。


 梅雨明け。


 もうすぐ期末テストだ。


 梅雨前線も一時的に滅びた事だし、勉強を頑張らなければ。


「――――――――」


 また雑音。


 周りが何を思っているのか。


 わかっていないふりをする。


 付き合いきれない。


 まだ財布の中身を数える方が有益だ。


『夕餉は何が良いですか?』


 凜ちゃんのコメント。


 スマホだ。


『せせりが食べたい』


 私の好物の一つ。


『了解しました』


 声を誤認しそうなほどの、端的な御言葉。


「そだ……陽子さん……」


 教室での会話。


「今度……衣装の重ねを……したいんですけど……」


「じゃあお邪魔します」


 恵まれているのも事実なのだろう。


 そんな六月のワンデイ。

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