第58話 深刻な仮病


「……雨か」


 朝。


 窓を叩くは、降雨の水玉で、弾ける音が旋律と相為って、どんよりと太陽を遮った世界に彩りを添える。


 梅雨前線による侵略行為が行なわれていた。


「むに」


「起きてるな」


 お兄ちゃん。


「たまにはね」


「おはようのチューを」


「なさりません」


 お兄ちゃんの口を差し止める。


「雨だろ? 送ってやろうか?」


「今日は休む」


「そか」


「怒らないの?」


「人の事は言えんしな」


「お兄ちゃんとは事情が違うんだけど」


「結局イジメにケリは付いたのか?」


「凜ちゃんから聞いてない?」


「聞いたが」


「少なくとも私より学校の方が把握してるよ。しょーじきな話」


「ならいいんだが」


 どこか不満げなお兄ちゃんでした。


 基本的に……陽子尊崇原理主義過激派なので、私の敵は畢竟すべからくお兄ちゃんの敵でもある。


 モンペ……モンブ?


「お兄ちゃんは大学行かないの?」


「自主休校」


「大学生ってヒマなんだね」


「経済。猫。人文」


「何ソレ?」


「暇人の序列」


「経済学部ってそんなにヒマなの?」


「らしいな」


 ちなみにお兄ちゃんは理系。


「じゃあ朝飯食うか。休みなら急ぐ必要も無いしな」


「そだね」


 そんなわけで、朝食と相成った。


『今日はサボる。仮病を患ったって言っておいて』


 凜ちゃんにライン。


 こういうところはアドバンテージ。


「ライターの方は大丈夫?」


「今のところはな」


 レタスとベーコンのサンドを食べながら、お兄ちゃん。


 モグモグ。


「私に出来る事があったら言ってね」


「俺に惚れろ」


「それは無理」


 即答。


 かかった時間はコンマ二秒。


「お兄ちゃんが可愛くないのか!?」


「どっちかってーと格好良いに分類される。正味な話、謙遜が嫌味になる程度には……お兄ちゃんは容姿が整ってるよ」


 感性が残念なだけで。


「やはり両想い……!」


 思想の自由は認めるけどね。


「陽子と付き合ったら、もっと妹キャラに厚みが出るはずなんだが」


「さほど甘い女でもござんせんので」


 サンドをもぐもぐ。


 コーヒーを飲む。


「今日は何するんだ?」


「読書だよ」


 市立図書館で、ラノベを借りている。


 見本がスペースを圧迫しているので、基本的に本の調達はレンタルなのです。


 無料である事以上に、スペースを取らない利点がある……というか本を買い込むとマンションのスペースでは足りないのが事実。


『了解しました。お大事に』


 凜ちゃんからコメントが返ってくる。


「お兄ちゃんは執筆? 頑張ってね」


「エッチな事しようぜ!」


「文字列の中でご存分に」


「陽子は淡泊だな」


 人の事言えるか。


「初恋桜の根元の下よ」


 本のタイトルを読み上げる。


「お兄ちゃんさ」


「何だ?」


「私が生まれたとき何を思った?」


「よく覚えていない」


 四歳だしね。


「ま、いいか」


「愛してるよ!」


「ミートゥー」


 サラリと受け流す。


「私にとってのお兄ちゃんって何なんだろうな……」


 少しの命題だ。


 別段解決する類のテーゼでもないけども。


「小川の煌めき。春の陽気。これは桜が咲いて散るまでの話」


 そんな冒頭から始まった。


『今日は休み?』


 春人からだ。


 ついでに五十鈴も。


『ずる休み。だからお見舞いには来なくて良いよ』


 そうコメントを返す。


『そっか。ならそうだね』


『ちょっと焦った』


『心配を掛けた事には謝罪を』


 本を読みながらスマホを弄る。


 ぶっちゃけ授業に意味は無い。


 高等教育程度は修めている。


 学年一位だって至極当然の結果だ。


 嫌味になるから言わないけども……。


『衣装の方はどう?』


『徹夜すれば一週間で終わる』


 ソレも凄いな。


 ゆっくり調整もするだろうけども。

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