第51話 君は薔薇より美しい


「職員室でも問題になっていますよ」


「御苦労様」


 放課後。


 私は音楽室にいた。


 同室しているのは凜ちゃん。


 校内で言うところの、日高先生。


 ピアノの鍵盤を叩いて、ヴィヴァルディの四季を奏でている……のはいいんだけど、此奴……凜ちゃんに出来ない事はないのだろうか?


「緊急会議がありまして」


 昼休みの事だ。


 学校騒然。


 特に教師職は頭が痛い案件だろう。


 凜ちゃんもかな?


 少しそんなことを思えど、凜ちゃんは新任の教諭ではあるし、次いで私を気に掛けているので、こっちの頭が痛い案件だったりして。


「クラシックも良いけど……Jポップ弾けない?」


「リクエストは?」


「君は薔薇より美しい」


「オッサンですか」


「お兄ちゃんの感性に毒されてるね」


 温故知新を旨としていらっしゃるので。


 こんなところが退廃的と言われる所以だろう。


 ちなみに音楽室は貸し切りだ。


 職員総出で、イジメ案件の本葬……ならぬ奔走。


 基本……あるいは基礎か……学業環境に於いてイジメは服毒……中毒を起こす案件でもあるので、学校側としてはアレルギー並みに過敏と相成る。


 保護者への説明に四苦八苦。


 隠蔽するのではなく、即座に動いて出血を抑える。


 皮肉にも、朝の私の処置と相似しているのは、なんだかな。


 監視カメラに生徒の姿はもれなく映っており、


「保護者説明会……後に停学処分」


 とされた。


「然程かな?」


 と私が思ったのは、覚悟と報復の総量がアンバランスであったためだ。


 ぶっちゃけ、イジメを敢行した生徒に対して……悪意を持つでも無く、不条理を責めるわけでもなく……むしろそのイジメの根幹さえ理解すれば、


「はぁ。そうですか」


 と相成る。


 けれど学校側は即処分を敢行した。


 ちょっと同情。


「お兄ちゃんの耳には入れたくないんだけど」


「もう入れました」


「なんて?」


「言葉に出来ない感じでしたね。ふじことか言ってました」


 くぁwせdrftgyふじこlp……ね。


 シスコンなのでその辺りはしょうがないけど、


「何で喋っちゃうかなぁ?」


「拙が話さなくても学校側に説明責任は発生しますので」


「時間が違うだけ?」


「ですね」


 布施明さんの名曲が聞こえてくる。


「あんまり攻撃しないであげてね?」


「職員も理事も、厳罰化で動いておりますが」


「新参教師じゃ止められない?」


「抑止力の意味も含んでおりますし」


「地下に根深く禍根が残らない?」


「あー……」


 ポロロン。


「けれど、イジメの事実と、然るべき対処は、既にマニュアル化されているので。こればっかりは社会体相的に、無視できぬ案件ですよ」


「お役所仕事め」


「拙に期待されても困りますよ」


「理解はするけどさ」


「それに拙としても、陽子さんを虐めた人間に理性は働かされません。こんな可愛い陽子さんを虐める輩は悉く地獄落ちでも構わないのですけど……」


「愛してる」


「ミートゥー」


 演奏が終わる。


「リクエストは?」


「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」


「了解しました」


 アレンジだろう。


 軽やかなテンポで、弾き語られる。


「お兄ちゃん、大丈夫かな?」


「そこは陽子さんの器量次第ではないですか?」


「私がセーフティ?」


「むしろレゾンデートルかと」


「業の深い」


 あまり他者は責められない。


 けどお兄ちゃんは、在る意味で、私以上にイジメに敏感だ。


 ここでは説明しないけどね!


「世の中上手く回らないね」


「この一件で済めば万事良しでしょう」


「かもね」


 あまりトラウマは刺激したくない。


「原因は?」


「陽子さんの精神を調整するため……だそうです。真っ当な恋愛観への破綻を虐めっ子たちは危惧しているそうで、その調教との意味で事を起こしたそうですね」


「調子に乗ってるから報復ってことね」


「憚らず言えばそうなります」


「はあ」


 コツン。


 後頭部をピアノにぶつける。


「こうならないために陰キャやってたんだけど」


「玉石混交の言葉を借りるなら、陽子さんは玉ですから」


「そんなものかな?」


 …………そりゃ自覚してないわけでもないけど。


「やっぱり茶髪は目立つ?」


「わかりやすい記号ではありますね」


 ――日本人なら尚更でしょう。


 そう凜ちゃんの言う。


 私やお兄ちゃんについて回る因業だ。


 伊達眼鏡を外して、三つ編みを解く。


「綺麗ですよ」


「凜ちゃんソレばっか」


 クスッと。


「君は薔薇より美しい」


 凜ちゃんらしい一言だった。

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