第30話 手芸部見学


 そんなわけで放課後。


 私と春人は、家庭科室の門戸を叩いた。


 たのもー、は古いか。


 手芸部の部室だ。


「わお。いらっしゃい」


 好意的に接してくれているのは、部長さん。


 ちょっと大人っぽい人だった。


 先輩だから……ではなく、誠実さが言葉の端々に感じとれる。


 こういう人になると人生は潤うんじゃないか……。


 そう思わせる仕草と気品の両立性とでも申すのか。


 凜ちゃんもそうだけど、なにかしら正しさを基軸に持つ人は、その気品さに希少性を同居させ、あたりの空気を涼やかにするエアーコンディショナーと相成る。


「アンデルスさんね。噂は聞いてる」


 さすがに春人は有名人。


「恐縮です……」


 男の娘だしね。


「お着替えに興味あるの?」


「裁縫は……趣味でやっていますので……」


「それは即戦力ね」


「あくまで……見学です……」


「歓迎するわ」


 そんなわけで家庭科室で、部活動見学。


 調理部とスペース相半ば。


 コーヒーを振る舞ってくれた。


 飲みながら、ホケーッと。


「今は何をされているので?」


「お着替え様の衣装。写真に残して、手芸部で記録作ってるの」


 わお。


「楽しそうですね」


「楽しいよ。可愛く着飾れるから」


「とのことですけど?」


 私は春人に水を向けた。


「あう……」


 と怯むのが春人ニズム。


 たしかに人見知りのケはある。


 けれど、それ以上に、春人の女装癖は、今のこの場に相応しい……乙女としての突き抜けた空気と雰囲気の支配する場でもあり、適合もしている。


「アンデルスさんも女の子の格好したいでしょ?」


 というか既にしてるんだけど。


 公私において。


 コーヒーを飲む。


「少し作ってみる?」


「私は見学で」


「えと……その……お願いします……」


 春人は乗り気だった。


「じゃあコッチ」


 部長さんに連れて行かれる。


 ミシンで、作業のお手伝い。


 完成図を見て、チョークを見て、布の切れ端を見る。


 それだけで、衣服が頭の中に構築できる……とは後の言。


 ……無駄なベクトルで器用な奴。


 南無三。


 ミシンの扱いも手慣れていて、採寸通りに裁縫してのけた。


「すご……」


 とは部長さんの瞠目。


 よくわからないけど的を射たようだ。


「うちの部に入らない?」


 積極果敢の部員確保。


「いや……その……考えさせてください……」


 ぶっちゃけ、部活のレベルを超えていた。


 春人の裁縫技術は。


 ――中略。


 帰宅。


「何で断ったの?」


 中々の形而上的フィールドワークになりそうだ……が私の感想だ。


 元々の素質や技術もそうだけど、何より裁縫に向き合う春人の表情は、真剣と幸福が両立していて、とてもやりがいを感じていると思われたもの。


「陽子さんが……乗り気じゃないので……」


「あら。嬉しい事を」


 私の事情を考えたのか。


「えと……あう……」


 赤面しているのだろう。


 ちょっとわかりにくいけど。


 それじゃどうしたものか。


「名前だけでも登録したら?」


「幽霊……部員……?」


「好きなときに家庭科室を使わせて貰う……でもいいんじゃない? 別に甲子園に向けて邁進する部活でもないんだし」


「でも裁縫だけなら……家の方が揃ってるし……」


 ……………………。


「……ガチで?」


「えと……まぁ……」


 マンション住まいのはずなんだけどなぁ……。


 ちょっと気になるお年頃。


「コスプレとかするの?」


「シスコンの衣装を……作ってます……」


「陽子? 陰子?」


「どっちも……ですね……」


「ソレ着てパパ活?」


「コミマに……向けて……」


「あー……」


 にゃるほど。


「在る意味甲子園ね」


「さいです……」


 照れる春人でした。


「陽子さんも……似合いますよ……」


 まぁね。


 それね。


 元々私がモチーフだし。


 陰陽陽子と、陰陽陰子。


 あまり他言はしたくない。


 十字を切るより他に無し。


「……?」


「なんでもないけど」


「そですか……?」


「そうなのです」


 ところで、どこか良い部はないかな?

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