第27話 家庭教師


「凜ちゃん」


「何でしょう?」


 穏やかな声。


 イケメンボイスだ。


 何と申すべきか……乙女の心の琴線に触れる様な……あるいは冴えて珠散る様な……異性を虜にする声でした。


 洗脳でしょうか?


 閑話休題。


「物理でわからないところが」


「ええ」


 頷かれる。


「構いませんよ」


 さすがの凜ちゃんだった。


 貫禄が違う。


 家庭教師としても一流。


 教師……教諭としても一流だけど……なんというか知識の運用に於いて、これほどの素材もまたと存在しないでしょう。


「この仕事に関する事なんだけど」


「あーっと……」


 理解。


 組み立て。


 講義。


「ここは、ベクトルが此方に伸びて……」


 無償で教師役を買って出る凜ちゃんの優しさよ。


「で、方程式は……」


 こうなって……と。


「摩擦係数はわかりますか?」


「この場合は……」


 問題文に書き記す。


「ええ、合ってますよ」


 おお、そうなのか。


「ちょっとわかった気がする」


「元々陽子さんは地頭が良いですから」


「照れる」


「誇っていい事だと思いますよ」


「調子に乗ってない?」


「それは他人の尺度でしょう」


「そうかも」


 凜ちゃんイケメンすぎ。


「じゃあこの時の負荷は」


「こう相成りますね」


 さすがに有名大学の出か。


 凜ちゃんの指導は適確だった。


「ん。ありがと」


「御力になれて光栄ですよ」


「お兄ちゃんだとこうはいかないよ」


「人それぞれでしょう」


 そうとも言うね。


「凜ちゃんって……」


 少し思う。


「恋人造らないの?」


 うちで家事したり。


 勉強見て貰ったり。


 お兄ちゃんと酒飲んだり。


「今は必要ありませんね」


「あう……」


「陰陽さんが恋人ですので」


「お兄ちゃんね」


「ええ」


 コックリ。


 頷かれる。


「拙は先生に惚れておりますれば。どうしてもそちらに意識を引っ張られますよ。コレばっかりはどうにもこうにも」


「ですよねー」


 わかりきっていることではあった。


「それとも」


 笑みが挑発的なモノに変わる。


「陽子さんが代替してくれますか?」


 おとがいを持たれて、瞳を覗き込まれた。


「凜ちゃんにならいいかな」


「至極光栄です」


 パッと手を離される。


 ジョークの一環なのだろう。


「それにしても陽子さんの愛らしさよ」


「凜ちゃんには言われたくない」


「シスコンもわかりますね」


 なんだかなぁ。


「陽子と陰子ならどっちが好き?」


「選べません」


「ははぁ」


 さすがの烏丸フリーク。


 たしかにどっちも可愛いもんね。


 ツンデレとブラコン。


 男性の理想の極致。


「それを文字で表現できるのが先生の凄いところです」


 私としては、


『単なるシスコン馬鹿』


 でファイナルアンサーなんだけども。


「陽子さんならそうでしょうね」


 クスッと笑われました。


 ……面白くないなぁ。


「お兄ちゃん徹夜かな?」


「帰ってくるそうですよ」


「そなの?」


「ですので拙はこの辺で」


「ん。ありがと」


「名誉に存じます」


 慇懃に一礼する凜ちゃんでした。


 きっと、彼を射止めた女性こそ……世界で一番幸せになるのかな?


 少しそんなことを想い申して……けれどそれが正しく……なお自分にどうすればいいのかが分からず、少し悶々と。

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