第339話 鬼の親も当然鬼

 

 ランタナが壊れた。

 にゃ、にゃっ、と目を見開いて猫のように呻いている。

 仕方がないだろう。実家に部下が来ているのだから。


「お邪魔してまーす!」

「いいお家っスねぇ……って、隊長!?」

「姉御が固まった。珍しい」

「隊長もそんな顔するんですねぇ。初めて見ましたよ」

「え? なにそれ。隊長可愛い!」

「何事も動じない凛々しい乙女の姉御が絶望の表情を!? これでご飯3杯はいける!」


 ノリが良くて仲が良い騎士たちが各々上司を揶揄う。

 揶揄うつもりはないんだろうけど、感想を述べれば述べるほどランタナの心を追い込んでいく。

 確かに、呆然とするランタナは普段とギャップがあって可愛らしい。

 いいぞ! もっとやれ!


「なぁっ!? ななななっ! 何ですかあれはぁぁああああああ!」


 あ、ランタナが騎士たちの背後、投影の魔道具で過去の写真を壁一面に映し出されていることにようやく気付いた。

 映し出されているのは、剣で負けて拗ねる幼女のランタナ。ムスッと涙目で睨み、ぷっくらと膨らんだ頬が可愛らしい。

 部下を巻き込んだ上映会に現在の成長した大人のランタナは口をパクパク。言葉も出ないようだ。


「どうだ娘よ! 昔のランタナちゃんだぞ。可愛いよなぁ。過去の話をする条件として、今のランタナちゃんの状況を教えてもらうんだ! 対価としてはバッチリだろう?」


 グーズさんはニカっと笑ってサムズアップ。ついでに騎士たちの良い笑顔でサムズアップ。

 ランタナは更に絶望した。泣きそうになりながら元凶に掴みかかっていく。


「お父さん! あなたですね、こんなことを思いついたのは! 今日という今日は許しません!」

「おいおい待て待て待てぇいっ! 決めつけるのはよくないぜっ! 言い出しっぺは母さんだ!」

「いぇいっ!」


 誤解を受けて危うく殺されそうになったグーズさんは慌てて発案者を売り、その隣で娘にそっくりなサルビアさんが、悪戯成功、と言いたげにブイサイン。

 ランタナから生真面目さを取り除いてほんわりとした明るさを付け加えたらサルビアさんっぽくなりそうだ。

 お母さん……、とランタナの眼が死んだ。


「ふふふ……目撃者を全て消せば被害ゼロです……あぁ……そうです。そうしましょう。今まで鍛えてきたのは今日という日の為だったんですね……アハハ!」


 ふふ、うふふ、アハハハハ、と暗い笑い声を上げ始めた闇落ちしたランタナ。

 不味い。これは不味い。王国で十指に入る実力者のランタナが暴れたら俺たちは即座に死ぬ。本気になったら護衛の近衛騎士だけでは止められない。止める間もなく神速の攻撃で突き殺される。


「お、落ち着けランタナ! 深呼吸だ深呼吸!」


 僅かに冷静さは残っていたようだ。俺の言葉に従って大きく深呼吸。

 吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~。そうそう、その調子。


「…………」


 まだ若干闇落ちしているランタナの出方を伺っていると、彼女はゆっくりとその場に膝をついた。次に手を床につき、最後に深々と頭を下げる。


「お願いです……お願いですから、帰ってください……」


 まさかの土下座である。消え入るような小さな懇願を伴った、それはそれは綺麗な土下座である。

 土下座常習者の俺も惚れ惚れするくらい完璧で同情心を誘う土下座。

 一国の近衛騎士団の部隊長が土下座を行うとは。

 ランタナは恥も外聞も全てをかなぐり捨てた。


「今日のことは忘れて帰ってください……さもないと――」


 さもないと?


「――今からディセントラ様に殿下の黒歴史を聞きに行きます」


 顔を上げたランタナは、深淵の闇を湛えた据わった瞳で俺を射抜いてそうのたまった。


「それだけは勘弁してくださいっ!」


 俺は渾身のジャンピング土下座を披露。

 そ、それだけは……それだけは本当に勘弁してください! ランタナ様ぁ~!

 顔を真っ青にして床に額を擦り付けながらガクガクブルブルと震える。

 脅迫。恫喝。俺は屈するしかない。


「皆さんも――」


 グルリと首が動いてランタナが部下たちを見渡す気配がした。歴戦の猛者たちがブルリと震える。


「――訓練を5倍にします」

「「「 調子に乗ってすいませんでしたぁー! 」」」


 近衛騎士たちが全員ジャンピング土下座。

 普通の訓練でも音を上げるほどなのに、それを更に5倍……最強の騎士たちが震えている。泣いている者もいる。全員の眼が死んでいる。


「訓練怖い……隊長の訓練怖い……」

「姉御の訓練が5倍……いやぁぁああああああ!」

「ははっ……生きて帰れるかな……」

「隊長の馬鹿! アホ! 行き遅れ! 隊長なんか今すぐ殿下とくっつけばいいんだ、この脳筋乙女ぇー! 私も彼氏欲しいぃーっ!」

「隊長は普段は優しいんスけど、訓練の時は鬼になるっス! 優しい鬼っスよ! だから密かに優鬼やさおにと――」

「私、陰でそんな風に呼ばれていたんですか!?」

「あ、いや、これは自分の心の中で密かにっス」

「……あなただけ訓練をさらに倍です」

「なんでっスか!? 全然優しくないっス! 普段の10倍ってことッスよね!? 酷いっス! この先輩も隊長のことを行き遅れの脳筋乙女と言って――」

「余計なことを言うな!」

「ぐはっス!」


 一人だけ余計なことを言ったせいで訓練が更に倍になり、先輩からお仕置きを受けたという事件もあったが、この場にいる者は全てランタナに恭順した。ランタナ強し。

 しかし、脳筋乙女……くふっ。おっと、鬼に睨まれた。ガクガクブルブル!


「というわけで、人の過去を晒す公開処刑は中止です。今日のことは全て忘れるように! いいですね?」

「「「「 イエスッ! マァムッ! 」」」」


 俺を含めた全員が星座のまま敬礼。

 この世には逆らってはいけない人がいるんだ。ガクガクブルブル。


「お母さん、お父さん、そういうことなので、今すぐあの写真を消して……」

「あらあら。本当にそれでいいの、ランタナちゃん?」

「……はい?」


 余裕の表情でおっとりと微笑んでいるのは母のサルビアさんだ。


「今、中止にしちゃったら、、話しちゃうわよ?」

「ア、アレ、とは……?」

「流石に酷いかなぁって思って黙ってたランタナちゃんの黒歴史中の黒歴史。いくつもあるわよ? アレとかコレとかあんなことやこんなこと」


 ランタナの黒歴史中の黒歴史だとっ!? とても気になる。

 心当たりがありすぎるのか、ランタナから血の気が引いた。ドバっと冷や汗が流れ出している。目がキョトキョトと宙を彷徨う。


「当たり障りのない過去を喋るのと、酷い黒歴史を喋るの、どっちがいい?」


 蕩けるような美しい笑顔でサルビアさんが選択を迫る。

 ほとんどこれは脅迫だ。さっきランタナがやったことと同じ事。

 さすが親子。手段が同じだ。


「ランタナちゃんのことは何でも知ってるわよ。だって私、母親だもの!」

「……あ……り……過去……お……します……」

「なに? よく聞こえなかったわ。あぁー、思わず黒歴史をポロっと喋っちゃいそう。物事ははっきりと喋らないとね。それでランタナちゃん。何が言いたいの?」


 サルビアは煽る煽る。

 何故だろう。この光景に既視感が。

 あっ、思い出した。ディセントラ母上だ。黒歴史をちらつかせる手法はディセントラ母上の十八番だ。

 思わずランタナに同情。今の気持ち、大変よくわかる。

 ランタナは泣きそうになりながらプルプルをと震え、


「あ、当たり障りのない、過去で、お願い、します……」

「皆さんにお話していいのね?」

「……はい」


 がっくりと力尽きて崩れ落ちたランタナと、言質取った、とニコニコうふふと微笑むサルビアさん。

 この場で一番強かったのは母親のサルビアさんだった……。


「と、いうわけで、ランタナちゃんの報告会は続きますよー! 皆さんは後で今のランタナちゃんのお仕事の様子を教えてくださいね?」


 ガクガクと激しく首を縦に振る王子や近衛騎士たち。

 逆らえない。逆らったらどうなることやら……。


「お父さん!」

「任せてくれ、母さん!」


 長年連れ添ってきた以心伝心の夫婦はテキパキと冷えたお茶を交換し、上映会をの準備を整える。

 うわー。実に楽しそう。最愛の娘のことを知って欲しい親バカなんだなぁ。

 ん? お二人が何やら俺に向かって合図をしている。指差している先には……ランタナ?


「うぅ……」

「あぁー、ランタナ。おいで」

「でんかぁ~……うぅ~……」


 あまりのショックに幼児退行したランタナが縋りついてくる。

 目を閉じ、耳を塞ぎ、グリグリと顔を押し付けてくる。


 なんだこの可愛い生き物は!?


 実に可愛らしいランタナを愛でている視界の端で、サルビアさんとグーズさんが、作戦成功、と言いたげな実にうざいニヤニヤ笑いと、グッジョブ、とサムズアップをしているのだった。

 パシャパシャと写真まで撮ってるし……。

 ま、まさかお二人はこれを狙って!?

 公開処刑中に優しい鬼を撫でながら思う。鬼の親も鬼だった、と。

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