第337話 ラブラブ夫婦と帰宅する娘

 

「――これが武器屋に行って剣をおねだりしたけど、母さんにバッサリと拒否されて駄々をこねる娘の姿だ。いやー可愛かったな。泣き叫んで、喚き散らして、ポカポカ叩いて、地団太を踏んで、地面を転がり回ったんだぞ、この時は」

「可愛いですねぇ。でも、周囲に迷惑になったんじゃ……」

「いやいやいや。それがな、みんな可愛い可愛いってほのぼのと眺めてたんだ。最低な大人かと思うかもしれんが、実際、ずっと愛でていたいほど可愛かった。いや、昔も今も可愛いけどな!」


 アッハッハ、と豪快に笑った娘ラブの父親が俺の背中をビシバシと叩く。地味に痛い。

 薄暗い宿屋。カーテンは閉められ、部屋の中の照明は最低限。

 写真の魔道具が投影の魔道具に繋がれ、宿屋の壁に過去の写真が映し出されている。

 癇癪を引き起こして泣き叫ぶ幼女の写真だ。実に可愛らしい。

 ずっと愛でていたい気持ちもわかる気がする。

 彼の隣に座る奥さんが頬に手を当てて、そんなこともあったわねぇ、と懐かしげに過去の記憶に浸る。


「まさか5歳の娘が誕生日プレゼントに剣を強請るとは思わなかったわぁ。どこで育て方を間違えたのかと悩んだくらいよ」

「母さん、血筋だ血筋」


 元騎士の旦那さんが愛する妻に自分をアピール。


「それもそうね、私の騎士様」

「おう。愛しいオレのお姫様」


 このラブラブ夫婦は10分に一回くらいの頻度で二人っきりのピンク色の世界に入り込んでしまう。

 見つめ合って頬を撫で合う。徐々に顔が近づいて放っておけば目の前でキスを始めそうだ。

 最初は戸惑ったけれど、夫婦のイチャラブは父上や母上たちで見慣れている。慣れるまでそれほど時間はかからなかった。


「お二人さん。イチャイチャは後でしてもらっていいですか?」

「おっと! すまねぇな!」

「あら。ごめんなさいね」


 アッハッハ、うふふ、と笑って誤魔化すオシドリ夫婦。

 話を戻す前に軽くキスをし合ったところは見て見ぬふり。

 本当に仲が良いな、この夫婦。


「で、次はこれだ! 誕生日にチャンバラソード、当たっても痛くないおもちゃの剣な、を貰って喜んだシーンと、オレに挑みかかってあっさりと負けて拗ねているシーンだ!」


 映像が切り替わり、プクッと頬を膨らませてムッツリ睨む幼女が映し出された。綺麗な瞳が透明な涙で潤んでいる。手にはチャンバラソード。

 うむ。実に可愛い。可愛いという言葉しかない。


「お父さんったら全く手加減しないんだもの」

「アッハッハ! 騎士に情けは無用! 例えそれが自分の娘であっても! 5歳の幼女だったとしても!」

「やだ! 子供にも厳しいお父さん、格好いいっ! 素敵!」

「だろ?」


 再びピンク色のオーラをまき散らし始めるラブラブ夫婦。

 呆れというか、逆に一周回って尊敬する。

 ウチの両親以上のラブラブっぷり。お二人の娘は大変だっただろう。

 思わず同情。


「まあぶっちゃけ、拗ねる娘が可愛くて意地悪したかっただけなんだがな! 見ろ、婿殿! この涙目でムスッと睨む母さん譲りの琥珀アンバーの瞳を! 今にも泣き出しそうでいじらしいだろ? それにお餅みたいにプクッと膨れた頬! 何度突いて小さな手で叩かれたことか!」

「何度も何度も何度も何度もお父さんに挑みかかっては負けて、最後に『お父さん嫌い!』って叫んで私に泣きついて来るまでがいつもの流れね。ふふふっ。お父さん、いっつもその言葉で撃沈してたわねぇ」

「心にグサッときてたな、あれは。正直、どんな剣よりも娘の言葉のナイフのほうが効くぜ。毎回、ご機嫌取りが大変だった……いっつも夜には自然と仲直りして、次の日にはケロッとまた挑みかかってきてたがな!」

「むしろ重症だったのはお父さんの方だったものねぇ。お父さんがケロッとしてたのは、毎晩毎晩、私がお父さんを慰めてあげてたからよ?」

「母さんに何度助けられたことか。感謝してる」

「ふふふ。どういたしまして。夫を慰めるのが妻のお仕事なの。それに、弱りきって縋りつくお父さんは可愛くて萌えたわ」


 どこか悪戯っぽい少女の雰囲気を醸し出して、実に妖艶な笑みを浮かべる妻。

 この様子だと、単に言葉で話して慰めるだけじゃ済まなかっただろうな。物理的なナニかによって慰められたに違いない。

『萌える』じゃなくて『燃える』だと思う……。

 深くは追及しない。これは追及してはいけないことだ。曖昧に微笑んでスルーするのが一番。

 しかし、一言言うとしたら……『ごちそうさまです』だろうか?


「ハッハッハ。恥ずかしいじゃねぇか」

「そういうところも可愛いわよ」

「母さんには敵わねぇなぁ」


 ……甘い。口の中が甘ったるい。

 砂糖をドバドバ吐きたいほど甘いオーラが充満している。匂いまで甘く思えてきた。

 このままここに居たら砂糖漬けになってしまいそう。

 あれ? この飲み物には砂糖を入れていないはずなのにどうしてこんなにも甘いんだろう?


「母さんや?」

「なんですか、お父さん?」

「婿殿のことをすっかり忘れていないかい?」

「おほほ! 忘れていたわ。私、お父さんのことしか目に入らないの!」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ。オレだって母さんしか見てないぜ!」


 至近距離で見つめ合う二人。数秒で忘れられる俺。

 はいはい。存分に二人の時間を過ごしてください。俺は気配を殺しておくんで。

 お二人には倦怠期というものが一生関係なさそうだ。

 永遠のイチャラブ熱々バカップル。


「母さん……後でな」

「ええ。後でたっぷりと」


 チュッとキスする夫婦。

 後でたっぷりと愛を語らい合うんだろうなぁ……あはは。もう笑うしかない。


「婿殿! すまんな! ウチの母さんが可愛すぎて可愛すぎて!」

「ごめんなさいね。お父さんがあまりにも格好良くてつい……」

「もうお腹いっぱいです! ごちそうさまでした!」


 俺は思わずラブラブ夫婦にそう告げるのであった。

 その時――


「――ただいま帰りました。久しぶりにお休みを頂いたので」


 ドアが開き、美しい女性が入ってきた。彼女は予想以上に薄暗い家の中に驚いて優しい琥珀アンバーの目を瞬かせる。


「あら。お帰りなさい」


 真っ先に反応したのは母親のサルビアさん。突然の娘の帰宅にも全く驚かない。

 次に反応したのは父親のグーズさんだ。


「おぉー! よく帰ってきたな、我が愛しのスウィ~トハァ~トよぉ~! ぐぼぁっ!?」

「二十代半ばにもなった娘に抱きつこうとしないでくださいっ!」

「お、お父さぁ~ん!」


 実の父親の腹部に拳を叩き込んで殴り飛ばしたランタナが、小さな頃から全く変わらない表情で、ムッツリと両親を睨むのだった。


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