第297話 美女たちの読書

 

 お説教も終わり、自室でのんびりゆったりまったりと過ごそうかと思いながらドアを開けた。

 そして、すぐに扉を閉めた。


「う~ん……」


 このドアは俺の部屋のドアだよな?

 うん、周囲を確認してもここが俺の部屋だと表している。何も間違いはない。

 じゃあ、空間は? 狂っていないか? 異常が起きていないか?

 …………正常だ。

 ならば脳が寝ているのだろうか?


「ランタナ」

「はい」

「俺の頬を抓ってくれないか?」

「わかりました」


 何故か優しくニッコリと微笑んだランタナ。しなやかで綺麗な両手が俺の頬に添えられる。

 嫌な予感。背筋に走る悪寒。直感が警告を発する。

 待て、と言おうと思った時にはもう遅かった。


 ムギュ~!


いふぁいいたいいふぁいいたいいふぁいいたいいふぁいいたい!」


 左右からミニョ~ンと引っ張られ、頬が伸びる伸びる。

 怒りとか恨めしさを感じるぅ~!? 今まで振り回されてきた苦労やストレスを全力でぶつけていないかぁ~!?

 ほっぺが千切れりゅぅ~~~~!


「ふふ……ふふふ……」

ふぉうやふぇてもうやめてくふぁふぁいください

「もういいのですか?」


 はい。もういいんです。

 橙色の琥珀アンバーの瞳は据わり、暗い笑い声を漏らしていたランタナは何とかやめてくれた。

 手を離す時に軽くナデナデしてくれる優しさが心に染みる……って、痛くしたのもランタナだよね!?

 ランタナに抓られたことでよくわかった。赤くなった頬を撫でながら俺は理解する。

 俺は夢を見ているのではなく、これは現実のことだと。

 じゃあ、扉の向こうに広がる光景はなんだったのだろうか?


「シランさん、どうされたんですか?」

「人の気配はありますね。それも複数人」


 不思議そうなテイアさんと、警戒したランタナ。


「警戒することじゃないんだが―――」


 説明しようとした時、ドアが内側から開いた。


「旦那様? すぐに扉を閉められましたが、どうされました?」

「……なんでここにいるんだよ、エリカ」


 ヒョイッと顔を覗かせたのは金緑石アレキサンドライトの瞳を持つエリカだった。青緑色だった瞳は、俺を見た瞬間赤紫色に変化する。

 お婆様たちが主催のお茶会に拉致されていたはずじゃ……ここにいるってことは無事に終わったのだろう。

 というか、何故ここにいる? そして何故、いつものメイド服じゃなくて俺の私服を着ているんだ!?

 俺よりも着こなして可愛いけど! 

 少しブカブカなところが良いよね……。


「遠慮なさらず、中へどうぞ」

「そりゃ自分の部屋だから遠慮はしないけど……」


 部屋の中に入ると、やはり夢ではなかった光景が広がっていた。

 美しき女性たちが一つの部屋に集っていた。


 ベッドにもたれかかりながら床に座っているジャスミン。


 クッションを抱いてソファに座っているリリアーネ。


 ベッドに寝そべり、足をパタパタさせているヒース。


 ソファに寝転んでにやけた笑いを漏らしているソノラ。


 エリカはベッドに座っていたのだろう。跡が残っている。


 全員がハッと見惚れるほどの美女美少女であり、俺の婚約者である。

 狭い空間に美しい女性が集まると一瞬驚いてしまう。だから俺は思わず一度ドアを閉めてしまったのだ。

 彼女たちは美しい宝石の瞳で俺を一瞥し……何事もなかったかのように手元の本に視線を戻す。


「……なんだろう。この寂しさは」

「如何されました?」

「何でもない。エリカ、一つ聞いていいか? 俺の部屋に集まっているのは、どうせジャスミンやリリアーネが案内したんだろうから百歩譲って良いとして、皆は何故俺の服を着ている?」

「似合いませんか?」

「……驚くほど似合っています」

「ふふっ、ありがとうございます」


 嬉しそうにクスクスと笑うエリカ。クールな表情が緩むこの笑顔の瞬間は、いつも見惚れてしまう。ギャップが凄い。


「ラフな服に着替えることになりまして、手渡されたのがこの旦那様のお洋服でした」

「嫌だと思わなかったのか?」

「いいえ、まったく。むしろ旦那様の匂いがして、優しく抱きしめられている心地がしております」


 そ、そうですか……。嫌じゃないなら、そのままでいいかなぁー。

 ブカブカで首筋や肩が覗いて扇情的だから。グッジョブです!

 エリカはクールに悪戯っぽく微笑む。


「旦那様もお召しになりますか? 私の服を」

「そうだな……って、何故そうなる!?」


 クスクスと笑うエリカは実に楽しそう。

 あまりにも自然に放たれすぎて、冗談に一瞬反応できなかったじゃないか。

 俺は女性物の服を着る趣味はありません。そもそもサイズが違うでしょ。

 するならエリカを抱きしめます。むぎゅ~!


「んで、ソノラと出会って、買ってきたばかりの本の読書会が始まったのか」

「そういうことです」


 俺は彼女を背後から抱きしめ、すっぽりと収まったエリカがコクンと頷いた。

 あぁー温かい。甘い香りもして気持ちいい。

 あっ……スルリと抜け出していなくなってしまった。エリカは元の場所に戻り、本を手に取って読書に戻ってしまう。

 俺よりも読書が優先か……。寂しいです。


「読書の邪魔をしたら怒られそうだし、俺も隅っこで静かにしとくか。テイアさんもランタナも好きに過ごしていいからなぁー」

「はい」

「わ、わかりました」


 二人の返事。ランタナはどこか緊張気味。

 あれっ? ランタナはこの屋敷の寝室に入るの初めてだっけ?

 緊張する必要もないけどなぁ。同じく初めてのヒースとエリカはこんなにもまったりしているんだぞ。

 まるで彼女たちの自室のようだ。寝そべって読書をしている二人が皇女と大公令嬢だとは誰も思うまい。ただ普通の年頃の女性だ。


「ランタナ、騎士服じゃゆっくりできないだろ? 鎧もつけてるし」

「私は職務中ですので」

「いいからいいから! テイアさんはどうする?」

「では、私も着替えますね」


 ということになり、服に着替えたランタナのテイアさん。

 どうしてこうなったのだろう? 俺の服じゃなくても良かったのに……。

 まあいいや。嫌そうじゃないし。

 美女が7人も一部屋に集合している光景は壮観だ。心なしか部屋の空気が甘い気がする。


「おすすめの本ある? テイアさんやランタナも読むやつ」

「んっ」

「おわっ!? ジャスミン、投げるなよ!」


 クルクルと回転しながら飛んできた分厚い本をキャッチ。当たったらケガをするだろ!

 当の本人は本から目を離さず、短く一言。


「しっ!」


 黙れということらしい。邪魔してごめんなさい。

 本当に良いのだろうか、と逡巡しているランタナの太ももを枕にして、俺は本を読み始める。


「で、殿下!?」


 おぉー。ランタナの膝枕もいいですなぁ。

 こうやっていたら俺が逃げ出す心配をしなくて済むはずだ。そして、俺は膝枕を楽しめる。Win-Winですな。

 魔力操作の練習の一環として、本を空中に浮かべながら読書する。

 すると、ふさふさなものが俺の手を撫でる。

 ふと見れば、隣に座って読書をしているテイアさんのユラユラ揺れる尻尾が、チョンチョンと俺に悪戯をしていた。

 これは無意識なのだろうか? 意識してやっていることだろうか? どっちだろう。

 くすぐったいので俺は反撃。尻尾を握ってみたり、太ももをツンツンしてみたり。


「ふふっ」


 この笑いは本が面白かったのだろうか。それとも、俺のせい?


「…………」


 おぉう。なんか上からじっとりと濡れたジト目の気配が……。

 俺と同じく魔力操作の練習のために本を浮かばせて読んでいるランタナの手は自由だ。頭をペシリと叩かれた。

 ならば反撃! 横腹をツンツン!


「っ!?」


 ついでにテイアさんの横腹もツンツン!


「みゃぅっ!?」


 えっ? 今の可愛い声はなんだ!?

 呆然としているところに、ペシペシ、ツンツン、ナデナデ攻撃。

 二人に手を出すと、反撃も二人分だ。


「くっ!?」


 やったな? ならばさらに反撃だ! くらえ!


「っ!?」

「っ!?!?」


 こんな感じで、俺とテイアさんとランタナは無言で読書をしながら、こっそりとイチャイチャし合うのであった。





















「そう言えば、ジャスミンもリリアーネも何故ここにソノラがいるのか気にならないのか?」

「「 しっ! 」」


 あっ、はい。読書の邪魔をして申し訳ございませんでした。



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