第295話 男同士の約束

 

「あぁー! あったあった! ありました!」


 本屋でお目当ての本を見つけたソノラは大はしゃぎ。すぐさま手に取り、今すぐにでも読み出しそうな勢いだ。

 テイアさんのお買い物が終わり、今度はソノラのお買い物。

 彼女が買いたがっていたのは、最近出たお気に入りの本の最新刊。

 働く女性コンテストの準備で忙しく、終わった後に買おうと決めていたらしい。

 読みたいのに買えない。ウズウズ、モヤモヤするよね。気持ちはよくわかる。だから、中を開かないで早くお会計を済ませようか。


「あらすじ! あらすじだけ! プロローグだけ!」

「はーい、ダメでーす。お金を払ってからにしてくださーい」

「あぁ~ん! 殿下ぁ~! ちょっとだけ! ちょっとだけですからぁ~!」


 本を取り上げて届かないように上に持ち上げる。

 その言葉は信用できないセリフランキングのトップ5に入るぞ。まだ商品なんだからダメです。

 ソノラはピョンピョンとジャンプ。だが、身長差で僅かに届かない。

 そして、バインバインと弾んで揺れる胸。

 実に眼福です。


「殿下ぁ。お願いしますぅ~」


 ソノラは作戦変更。黄金に輝く黄玉トパーズの瞳で上目遣い。キラキラウルウルと輝いている。

 くっ! 淫魔サキュバスの魅了眼か! 抗い難い魅了だ。

 長い睫毛をパチパチ。むぎゅっと抱きつき、さりげなく胸が押し当てられている。

 何という誘惑の仕方だ! 落ち着けぇ~俺。理性を保つんだ!


「ダ、ダメだ!」

「うぅ~……我慢します」


 偉いぞソノラ。よく我慢した。そして、偉いぞ俺。よく我慢できた。

 俺たちの様子をクスクスと笑いながら見守っているテイアさん。

 ソノラはもう既に次の本を探し始めている……って、一冊だけじゃないの!?


「えーっと……これもある!? やった! 残ってた! おぉ! ラスト一冊! よしっ!」


 次から次へと荷物持ちの俺に手渡される。というか、手渡さないと手が勝手に動いて読んでしまうのだ。ソノラは必死に誘惑を振り切り、シリーズ最新刊を見つけ出す。


「たくさんあるな」

「あはは。すいません。いつもいつもお給料は孤児院に送っていたので」

「本くらい買える分は残しておけよ」

「買っても家に置くスペースがないんですよ! 殿下のお屋敷に住むことになって大きな部屋も貰いましたので、少しくらい自分にご褒美を、と……」


 なるほど。そういうことなら仕方がない。好きなものを買うといい。

 ソノラは自分よりも孤児院の子供たちを優先にするところがあるからな。自分へのご褒美も大切だ。


「どういう本なのですか?」


 少し気になったテイアさんが本をじーっと眺める。


「恋愛小説だよ」

「ご存じなのですか?」

「ジャスミンとリリアーネがハマってね。俺にも読ませてくるんだ」


 タイトルはいろいろあるけれど、作家名が全てラヴリー。この作家は恋愛小説家なんだ。

 最初は女性向けだからと敬遠しつつも、彼女たちに渋々押し付けられて読んだのだが、これが面白いんだよ。実は俺も密かにハマっていたりする。


「テイアさんも読んでみるか?」

「テイアさんもぜひ読んでみてください! お貸ししますので! 定期的に感想会も行っていますよ!」

「あ、あぁ、はい」


 鼻息荒くソノラがテイアさんに詰め寄る。気圧されたテイアさんは半ば反射的に了承。

 無理のない範囲で読んでくださいね。忙しいだろうから。

 ルンルン気分のソノラは、あと数冊見つけて手に取った。テイアさんはセレネちゃん用の本をいくつか買うらしい。


「持とうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」


 おっとりと優しく断るのはテイアさん。手に持っているのは薄い絵本だもんな。俺が持つ必要もないか。


「こ、これは自分で持ちます!」


 どこか動揺して、顔を赤くしながら断るソノラ。挙動がおかしい。目を合わせない。

 その理由は本の作者にあった。


 ―――オブシーン。


 なるほど。恋愛小説もとい官能小説か。知らないフリをしておこう。

 お会計を済ませて、俺たちは本屋を出た。ソノラはお目当ての本が全て手に入ったのでホクホク笑顔。

 ブラブラと三人で王都の街を歩く。

 商店街に差し掛かったところで、街の人から声がかかる―――ソノラに。


「あぁー! ソノラちゃ~ん!」

「あぁー! おばさん! こんにちはー!」

「こんにちは! 体調は大丈夫? コンテストの二日目を欠場したから心配してたのよ」

「あはは。ご心配をおかけしました。目が覚めたらもうコンテストが終わってたんですよ」

「あらソノラちゃん! コンテスト優勝おめでとう!」

「あっ、ありがとうございます」


 次から次に街のおば様がソノラの周りに集まってきた。流石商店街のアイドル。人気者だ。

 瞬く間に始まるおば様方の井戸端会議。あの中には入っていけないな。


「ソノラちゃん、綺麗になった? お肌かツヤツヤじゃない!」

「若いっていいわねー! あら? 瞳の色が変わった?」

「お胸も少し大きく……」

「少しイメチェンしてみました!」

「「「 なるほど~! 」」」


 おば様方、なるほどで済ませていいんですか? イメチェンで納得するの!?


「女が綺麗になる理由は一つね!」

「胸が大きくなる理由も!」

「さてはソノラちゃん……」

「えへへ! 殿下に想いを告げちゃいました!」

「「「 結果は? 」」」

「……いぇい!」

「「「 きゃー! おめでとー! 」」」


 もみくちゃになるソノラ。これで噂は瞬く間に広がるだろうな。おば様の情報ネットワークは馬鹿にできないほど素早くて精密だから。

 その時、ゆらりと影が揺れ動き、俺とテイアさんを取り囲んだ。


「おいおい、殿下の兄ちゃんよぉ」

「ヘヘッ。別嬪さんを連れてんなぁ」

「猫のお嬢ちゃん、オレたちはそこの兄ちゃんにちょ~っとばかしお話があるんだ。離れてくれると助かるぜ!」


 ガラの悪そうなおじさんたちに囲まれて、テイアさんが警戒する。俺から離れないようにむぎゅっと抱きつく。

 男たちの頬がピキリと凍り付いた。


「大丈夫だよ、テイアさん。彼らは―――」


 俺がテイアさんに囁いたとき、限界を迎えた男たちが血の涙を流しながら叫ぶ。


「「「 くそぉ~! 羨ましいぞ、このヤロー! 」」」


「へっ?」


「「「 あんた! 羨ましいってどういうことだい! 」」」


「はい?」


「「「 な、何でもねぇーよ、母ちゃん! 」」」


「えぇっ?」


 訳が分からずキョトンとするテイアさん。可愛い。

 というわけで、この男性たちはソノラを取り囲んでいるおば様方の旦那さんだ。

 ソノラがやって来たことでお店から出てきたようだ。

 今日も今日とて奥さんの尻に敷かれているらしい。

 おば様たちの話が聞こえていた旦那さんたちは各々目を覆う。頬を伝うのは透明な涙だ。


「くぅー。ソノラちゃんに彼氏が……」

「ついにオレたちの娘に男が……」

「許さねぇ! オレは許さねぇよー! オレは認めねぇー!」


 嬉しさと悲しさと寂しさを入り混じらせた父親の男泣き。

 うわぁー。いつか俺もこういう日が来るのかなぁ。来るんだろうなぁ。


「「「 表へ出ろやゴラァ! 」」」

「もう既にここは表ですけどね」


 ドスの利いた低い声。商売で鍛えた腕をアピール。俺はギロリと睨まれている。


「やるぞお前ら!」

「「 おう! 」」

「王子だろうが国王だろうが、オレたちの娘に手を出す奴はぶっ飛ばすぞ! …………こいつらが」

「……おい待てよ。一人だけ逃げようとすんな」

「……言い出しっぺはお前だろうが。言い出しっぺの法則だぞ! お前が一番に手を出せ!」

「嫌に決まってんだろ! そしたらお前らは何もしないで他人のフリをするだろう!?」

「「 当たり前だ! 」」


 わちゃわちゃと仲間割れをしだす商店街のおじさんたち。

 ソノラは愛されてんなぁ。

 コソコソと話し合ったおじさんたちは何かが決まったようだ。三人で頷き合った。


「一発殴らせろ!」

「拳を握れ! 殿下の兄ちゃん!」

「男なら覚悟を決めやがれ!」


 仕方がない。おじさんたちに付き合おう。


「テイアさん、少し離れていてくれ」

「で、ですが……無茶はしないでくださいね」

「わかっている」


 俺たちの親密なやり取りに、ピキリ、とおじさんたちは顔を引きつらせる。

 テイアさんが離れたことを確認して、俺は拳を固めて構える。

 しかし、おじさんたちはかかってこない。なんか少し慌てているようだ。


「えーっと、殿下? そうじゃなくて、拳を握るのは片手だけで……」

「はい? えーっとこうか?」

「そうですそうです。そのまま前に突き出して……そうそう!」

「そのままの維持しててくださいね!」


 俺は拳を握った腕を前に突き出した状態で固まる。

 これから一体何が起こるんだろう?

 頷き合った男たちは、各々片手を握りしめ、俺と同じのような姿勢になる。彼らの拳は俺の拳に向けられている。

 あぁ。何となく理解した。

 男たちは同時に力強くに言う。彼らは男の、そして、父親の顔だ。


「殿下の兄ちゃん。あの子を悲しませたら許さんぞ!」

「不敬罪だろうが何だろうが、オレたちは本当にぶん殴るからな! 死んでも幽霊になってぶん殴る! 呪ってやる!」

「幸せそうなソノラちゃんに免じて今は殴るのは止めておくが――」


「「「 ―――だから、ソノラちゃんを! オレたちの娘を頼みます! 」」」


「はい。お任せを」


 ガツンッと俺たちは固く、強く、拳をぶつけ合う。

 力強くて、痛くて、強い衝撃。男同士の約束。

 ずっとソノラを見守り続けてきた彼らの想いは俺に引き継がれた。今度は俺の番だ。

 ニカっと微笑む彼らの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。















 その後、次から次へと現れるソノラの父親を名乗る商店街の男たち。

 拳と拳をぶつけ合い、手が腫れるかと思った……。

 ソノラって本当にたくさんの人から愛されてるよな。

 あぁー手が痛い!


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