第276話 訓練と笑顔

 

 夜会用の礼服に身を包んだ各国の王侯貴族たち。服装の一つから各国の特色を感じることが出来て、見るだけでも楽しい。


 ドラゴニア王国は至って普通。女性はイブニングドレス、男性は燕尾服やタキシード。


 フェアリア皇国も王国に似ている。若干生地が薄く、葉や水といった自然をモチーフにしたデザインを取り入れている。


 ラブリエ教国はピンク色のラインが入った白い法衣。教国ではこれが正装だ。いつでも法衣を着ている。


 ユグシール樹国は袴に色とりどりの着物。凛とした佇まい。手に持った扇で優雅に扇いでいる。


 デザティーヌ公国は肌の露出が少ない礼服。強い日差しや激しい寒暖差に耐えられるデザイン。公国の公子リアトリス・デザティーヌは出席していない。何故ならテイアさんを襲おうとしてランタナにぶっ飛ばされたから。そろそろ起き上がれるくらいには回復したかな?


 海底の国、サブマリン海国は露出が激しい。際どい水着の上に透けたベールを羽織っている。踊り子のよう。


 最後に、ヴァルヴォッセ帝国はきっちりとした軍服だ。男性女性も変わらない。生真面目な顔つき。常在戦場って感じだ。でも、どことなく戸惑っている様子も感じられる。帝国ではこういう夜会は珍しいのだろう。


 俺は王国の貴賓席から会場を眺める。会場の全員が、歌姫の登場はまだかと心待ちしているのがよくわかる。


「うぅ……くぅ……!」


 隣から小さな呻き声が聞こえた。ヒースだ。

 彼女はテーブルの下で両手をギュッと握りしめ、薄っすらと冷や汗を流している。口は強く噛みしめられている。

 膨大な心の声が聞こえてきているのだろう。ヒースは一人、必死に耐えている。

 俺はそんな彼女の首筋にそっと手を伸ばし、魔法で冷たい風を吹きかけた。


「ぴきゃっ!?」


 可愛い悲鳴を上げて飛び上がるヒース。びっくりしすぎて机に足をぶつけてしまったようだ。

 ごめんごめん。治癒魔法をかけてあげるから許して……。

 虹色の蛋白石オパールの瞳のジト目攻撃。


「シ~ラ~ン~さ~ま~?」

「ほらほら、力を抜いて。リラックス! 深呼吸!」

「……スゥーハァー」


 大きく深呼吸をしたら、少しは落ち着いたようだ。強張っていた肩から力が抜ける。


「ヒース、まずは一人に集中するんだ。いきなり大勢に対応しようとしても無理だぞ」

「……そっか。そうだよね」


 力を受け入れることを決意したのはいいが、最初から頑張りすぎだ。

 いきなり腹黒い貴族たち数百人を相手にしようとしても上手くいかない。

 少しずつ対処できるようにならなければ。

 以前、声が出せなかった頃のエリカの心をヒースは読んでいた。それと同じようにすればいい。


「というわけで、ヒース! あっちむいてホイをしようか!」

「今ここで!?」

「歌姫が来るまで暇だろ? 折角なら練習しよう。俺が出す手や向く方向を読むんだ」


 じゃんけんポン、と遊ぶ。俺はグー。ヒースはチョキ。

 あっちむいてホイ、と俺が指差したほうにヒースは向く。

 俺の勝ちだ。

 何度もするが、ヒースはあっちむいてホイで勝利することができない。


「な、なんで!? シラン様の心が読めない!?」

「ふっふっふ! そう簡単にできたら練習にならないだろう!」

「意地悪するのもいい加減にしなさい!」

「あいたっ!?」


 背後からジャスミンに叩かれた。痛いです。


「意地悪な馬鹿は無視して私とやってみましょ。じゃんけんポン!」


 じゃんけんはジャスミンの負け


「あっちむいてホイ!」


 ヒースが指差したほうにジャスミンが向いた。ヒースの勝ちだ。


「やった!」

「良かったわね。この調子でやってみるわよ」

「うん!」


 ジャスミンがお姉さんをしている。意外とジャスミンは年下の面倒見がいいのだ。

 何度もあっちむいてホイで遊ぶ二人。ヒースは8割勝利といったところだ。結構な確率で勝てるじゃないか。

 残りの2割はジャスミンのフェイントだろう。心の表ではグーを出すと思いながら、本当はチョキを出すなんてジャスミンには朝飯前。

 ヒースは駆け引きの経験が浅い。

 意地悪だなんて人のこと言えないぞ、ジャスミン。


「次は私とも勝負して欲しいです!」

「では、その後は私がお相手します、姫様」


 リリアーネもエリカも名乗りを上げる。

 夜会をそっちのけで、俺たちはあっちむいてホイに夢中になる。

 白熱した戦いが始まり、女性陣はヒースの読心の訓練のことなどすっかりと忘れてしまったらしい。デコピンの罰ゲームまで始まった。楽しげな笑い声が上がる。

 声をあげながら笑うヒースを、嬉しそうに見つめる人たちがいた。オベイロン皇王陛下とティターニア皇王妃殿下、エフリ皇女殿下、ジン皇子殿下。ヒースのご家族だ。

 お母上のティターニア様など目に涙を浮かべてハンカチで拭っている。

 少し前までヒースは塔の上に引きこもっていた。家族の仲は良かったが、こうして笑顔を見せることは少なかったのだろう。

 陛下たちと目が合った。お互いに会釈をする。


「―――旦那様」


 いつの間にか隣にエリカが立っていた。ジャスミンとリリアーネを相手に遊ぶヒースを愛おしげに眺めている。


「感謝します、旦那様」

「俺は何もしてないぞ。頑張っているのはヒースだし、激励したのはエリカじゃないか。あの夜もヒースを救ったのはエリカだ」


 俺がフェアリア皇国に行ったときのこと。自分の力に恐れたヒースは塔の上から身を投げた。それを助けたのは俺だが、彼女の心を救ったのはエリカだ。


「あの時の往復ビンタとコブラツイストは凄かったなぁ」

「ふふっ。あの夜はお見苦しい姿をお見せしました」

「完璧なコブラツイストだったぞ」

「ありがとうございます」


 俺にはしないでくださいね。妖しげな笑みが怖いですよ。


「約一週間前、王国に来たときのあの子は別室で寝ていました。立ち向かわず、逃げていました。でも、今はこうして笑っている……」


 ヒースは今、大きく成長している。


「感謝します、旦那様。旦那様のおかげでヒースの心からの笑顔を見ることが出来ます」


 微笑みながら感謝を述べるエリカを笑顔のヒースが呼ぶ。


「エリカ! 次はエリカと勝負だよ! 今までの恨みを込めてデコピンしてあげるから!」

「いいでしょう。受けて立ちます。姫様のおでこが赤くならないといいですね」


 エリカは一礼してヒースの下へと向かった。

 楽しげにじゃんけんをする二人は姉妹のようによく似ている。笑い方もそっくりだ。



 エリカの笑い声とヒースの悲鳴が上がったのは、その数秒後のことだった。




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