第275話 少女から大人へ
美しく着飾った婚約者たちをエスコートする。
シンプルで落ち着いたイブニングドレスに身を包んだ皆は、見慣れた俺でもボーっと見惚れてしまうほど破壊力があった。
華美ではないデザイン。胸元に光るネックレスがアクセントとなって、彼女たちの美貌を際立たせている。
幼いヒースは少女らしい可愛さを強調させるデザインだ。フリルがついている。まるで物語に出てくる妖精みたいだ……って、ヒースは妖精の血が強かったな。
大人の領域に踏み込んでいるジャスミン、リリアーネ、エリカの三人は、身体のラインがはっきりとわかる大人っぽいデザインだ。ヒースよりも若干露出が多い。肩だったり、背中だったり。色気が凄い。
彼女たちは美しいドレスを着ているのではない。彼女たちの美しさを引き立たせるドレスを彼女たちが着こなしているのだ。
流石、王侯貴族のご令嬢たち……実に絵になる。
取り敢えず、拝んどこ。ありがたや~。
「シラン様? 何故拝んでいるのですか?」
「気にしちゃダメよ、リリアーネ……って、さっきこのやり取りしなかった?」
「したな。サウナで。四人とも美の女神みたいに綺麗だから、拝んだら御利益あるかなって」
「耳元で愛を囁いたほうが御利益ありますよ、愛しい旦那様」
エリカに耳元で愛を囁かれた。ゾクッとするほど艶めかしい。
「具体的にはどんな御利益があるのか聞いてもいいか?」
「それはお楽しみですよ。ですが、一つだけ言うとするならば、愛が何倍にも大きくなって返ってきます」
「ほう? 何倍にも?」
「はい、何倍にも、です」
「期待してもいいのか?」
「存分に」
「はーい、そこまでよー」
俺とエリカの間にチョップが割り込む。良い雰囲気を手刀で叩き切ったのはもちろんジャスミン。
「イチャイチャするのはいいけれど、場所を考えなさい。来賓も多いのよ」
ビシッと指さした先から、ガヤガヤと賑やかな話し声が聞こえてきた。
廊下の角から現れたのはユグシール樹国の一団とサブマリン海国の一団だ。
歌や音楽が好きなお国柄だから、話が合うのだろう。それに、今から歌姫セレンの歌が披露される。興奮して話が弾むのは当然だ。
彼らは会場の広間へと移動していく。
「わかった?」
「……はい」
素直に頷き、エスコートに集中する。
今回は来賓でもあるフェアリア皇国の二人が両隣だ。王国のジャスミンとリリアーネは俺たちの少し後ろを歩く。
ヒースとエリカの二人は遠慮したのだが、ジャスミンとリリアーネが頷かなかったのだ。俺たち王国は客人をもてなす立場だし、ヒースとエリカのほうがジャスミンたちよりも地位が上だから。
公爵令嬢よりもさらに上の大公令嬢と皇女だからなぁ。
「というか、今更思ったんだが、二人はフェアリア皇国側に居なくていいのか?」
ずっと俺たちの傍にいるフェアリア皇国組。いろいろと大丈夫なのか心配だ。この二人ならコッソリ抜け出してきてもおかしくない。
そして何故か、二人の着替えが俺の部屋に存在していた。ドレスに着替える時に、俺の部屋のクローゼットから取り出したのには驚いたものだ。
いや、良いんだけどね。ジャスミンとリリアーネが使っているだけで俺は使用してなかったから。
でも、せめて一言くらいは報告してほしかったなぁ。
「大丈夫だよ。お父様から行ってきなさいって言われたもん」
「婚約したことを盛大にアピールしてこい、というのが実家からの命令です」
なるほどな。これも外交かぁ。王国と皇国が仲が良いアピールにもなるし。
「あと、孫が見たい、と母から」
ポッと頬を赤らめるエリカさん。皇王陛下の妹であり、エリカのお母上であるセロシア・ウィスプ大公からですか……それは運次第としか言えませんね。
「あぁー、それはウチも」
「私の実家からも」
グロリア公爵家とヴェリタス公爵家からも催促ですか。そこは焦らずじっくりと……。
「えっ? 私は言われてないよ?」
一人だけ何も言われていないヒースがキョトンする。
そりゃそうでしょ。ヒースはまだ14歳だから。結婚できる年齢でもないし。
「姫様にはまだ早いです。身体が成長し終わっていない時に妊娠すると母子ともに危険ですから」
「成長するまで待ちます!」
ふむ、これは効きそうですね、とエリカが小さく呟くのが聞こえた。
おませなヒースは事あるごとに俺に迫ってくるのだ。
いつもいつも迎撃するエリカ。ヒースを抑える切り札の言葉を手に入れたのかもしれない。
会場の広間に近づく。大勢の貴族たちや侍女、執事たちが大勢行き来をしている。
俺たちを見て、彼らが固まる。正確には、彼女たちを見て、だな。
老若男女問わず、輝く美姫たちに見惚れてしまう。
「うへぇー、人が多くなってきた……」
周囲の視線を受け止め、見事な外交スマイルを浮かべながらヒースが小さく呟いた。
読心の能力を持つヒースにとってこれから向かう先は地獄のような場所だろう。
魔道具である程度能力を抑えているとはいえ、相手は腹黒い貴族たちの巣窟だ。暗い感情まで伝わってくるに違いない。
「いいか、ヒース。どす黒い感情を抱いている人を一番注意しなければならないって思ってるだろうけど、それは違うからな」
「えっ? そうなの?」
「ああ。貴族の欲望でぎらついた心なんか聞き流せ。自分の心を強く保つんだ。もし辛くなったり、貴族に絡まれたら、ここにいる誰かや知っている人に助けを求めろ。まあ、一人にならなければ大丈夫だ」
「うん。絶対に離れない」
ヒースがギュッと俺の手を握る。ジャスミン、リリアーネ、エリカの三人も彼女に微笑みかけ、頷いた。
「そして、本当に気を付けなくちゃいけないのは、無感情な人だ」
「無感情?」
「そうだぞ。心を読めばヒースならどんな状況でも先に行動することが出来るだろう。突発的な衝動も心が変わる瞬間がある。頑張ればヒースにもわかるようになるさ。でも、無感情、無心、心がない人は? そんな人にヒースは対処できるか?」
「そっか。そういう人は私にも読めない。心が空っぽだから、相手が何をするのか私にはわからない!」
「そういうこと。もしそういう相手を見つけたらすぐに逃げろ」
「うん! でも、もし襲われちゃったらどうすればいい?」
襲われたときの対処法か。いくつか挙げられるが……。
「周囲に誰もいなかったら……イルに助けを求める手が一番早いかな。意識を失ってもヒースになら夢の中で助けを呼べるから」
「ふむふむ」
「後は、もし意識があるんだったら、抑えている力をなりふり構わず解放すればいい。夢魔の読心の力は一部でしかない。相手の心を受け入れるだけじゃなくて、自分の心を相手に伝える力もあるんだぞ」
「その発想はなかった!」
「相手の心を知り、相手の心を揺さぶる。それが夢魔の血を引くヒースの戦い方だ」
「王侯貴族がとても欲しがりそうね。政治にぴったりの力じゃない」
「敵だと厄介ですが、味方だととても心強いです」
他人が望んでも、本人は望んでいない力の場合があるんだよなぁ。実際、ヒースはこの力で苦しんでいるのだから。
「ヒース、貴女は政治方面で旦那様を支えなさい」
「お姉ちゃん?」
突然プライベートな呼び方になった従妹にヒースは驚く。エリカは人が多いところでは滅多に素の会話をしないというのに。
「貴族たちとやり取りし、旦那様に有利な状況を作り出しなさい。相手の弱みを握り、揺さぶり、失言を引きずり出し、交渉の場で自分たちが上の立場だと知らしめなさい。ヒース、貴女は旦那様を言葉と心で支えるのです。それは心が読めるヒースにしかできないことです」
「と、突然どうしたの?」
「丁度良い機会ですからね。ヒースには……いえ、私たちには素敵な旦那様がいるでしょう? ならば、旦那様に相応しい強い女性になりなさい。自分の力から目を背けるのではなく、受け入れ、利用しなさい!」
エリカはヒースを叱咤激励する。
「言っておきますが、私もヒースの
うんうん、と公爵令嬢の二人が頷いている。
俺のハーレムってそんなに過酷かなぁ? みんな笑顔だぞ。
「自分の強みを生かし、旦那様の中に自分の場所を作り出すことが最優先です。いつまでも少女のまま甘えていられませんよ」
「で、でも……」
「心配しなくても大丈夫。練習相手に旦那様はピッタリじゃありませんか。弱点を知り、あの手この手を使って旦那様を翻弄させ、攻め立てればいいのです」
勝手に練習相手にされた……。
いや、いいんだけど。翻弄されるのも好きだし。特にエリカはいつも俺を手玉に取るし。
「恋も政治も似たようなものです」
その言葉がトドメとなったのだろう。顔を上げたヒースの瞳には、今までとは違う光が宿っていた。覚悟を決めた決意の表情だ。良い顔をしている。
「私、やるよ! お姉ちゃん!」
「やっと女の顔になりましたね」
そうだ。これは少女の顔ではなく女の顔だ。
エリカだけじゃなく、ジャスミンとリリアーネも似たような表情。
彼女たちはようやくヒースを同じ土俵に立つ女性として認めたのだ。
「私にしかできないこと……やってやる! これが私の第一歩!」
ヒースは虹色に光る
踏み出したその小さな一歩は、少女から大人の女へと成長を促す大きな一歩だった。
そして、ヒースはのちに【
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作品終了後よりもずっと先の未来の女性たち
※現時点で関係を持っている女性たちのみ紹介
ジャスミン・・・騎士団所属
リリアーネ・・・暗部所属
ニュクス・・・使い魔として屋敷を守る
ヒース・・・政治でシランを支える
エリカ・・・ヒースの秘書とシランのメイド
アルストリア・・・魔法師団所属
ソノラ・・・町のおば様たちと井戸端会議をして情報収集
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