第252話 原初の色欲





「―――いい加減にしなさい!」





 浄化の光で輝く拳でぶん殴られ、ハッと俺は我に返った。

 いつの間にか、俺の身体はケレナとビュティによって拘束されていた。正気に戻したのはインピュアの拳だ。

 俺はソノラの肩に掴みかかっていた。


「あ、あれっ?」

「目は覚めた? この変態!」

「危ないところでした」

「……これは予想してなかった。取り敢えず離れて」

「あ、うん。ソノラごめん」

「い、いえ。こちらこそ……」


 えーっと、何が起こったんだ?

 ソノラが見つめていたことしか覚えていないんだが。

 もしかして、魅了された?


『まったく。驚いた』


 呆然とする俺に話しかけてきたのは空中に浮かび、コロコロと姿を変える女性。使い魔のイルだ。


『この女子おなごわれ主様ぬしさまに張り巡らせた精神防壁を一瞬でぶち抜いたぞ』


 え、えぇー。マジですかぁ。イルの精神防壁をぶち抜く威力の魅了ですか。これって、誰も抗うことはできないんじゃないか?

 力を制御できるようにならないと普通に生活できないかもしれない。無意識にこのレベルの魅了がまき散らされたら、理性が無くなった男がソノラに襲い掛かるだろう。

 魅了は一種の暗示だ。火事場の馬鹿力と同じように魅了中は限界を超えた力を出す。

 多分だけど、その気になれば国を支配できるだろう。まさに傾国の美女。


「……魅了の訓練が最優先事項。メモメモ」


 メモお願いしまーす。今すぐにでも訓練させなければ。


「……はい、次の実験。これ飲んで」

「これは?」

「……ポーション。淫魔は魔力を吸収して生きる。まあ、食べ物からも摂取できるけど。ポーションには魔力が込められているから実験にはちょうどいい。それとも、シランとブチューってする?」

「ポーションでお願いします!」


 即答されるとちょっと傷つくなぁ。刹那で断言されちゃったよ。

 ソノラに差し出されたのは複数のポーション。10種類くらいあるんじゃないか。


「……はいこれ」

「ど、どうも。んくっ……あっ、飲みやすいです。美味しい」

「……ふむふむ」


 研究者の目となったビュティがソノラの様子を観察し、時々体を触って何かを確かめ、手元の用紙にメモをした。


「……次」

「はい。これも美味しいですね。スゥーッとして後から甘さがします」

「……次」

「あっ、これってメープルシロップ使ってません? ホットケーキに合うかも」

「……次」


 四本目。同じように飲もうとした瞬間、ソノラはバッと瓶を遠ざけた。


「臭っ!?」

「……ほう?」


 恐る恐る瓶の口に鼻を近づけ、クンクンと臭いを嗅ぎ、うぎゃっ、と悲鳴を上げてやはり遠ざけた。余程臭かったのか、美しい顔が歪んでいる。


「なにこれ。腐ってません? とてもくちゃいです。生ゴミみたいな臭いですよ」

「……シラン」

「んっ? どれどれ? …………いや、普通だけど」

「えぇー! 絶対殿下の鼻がおかしいです! ……やっぱり臭いじゃないですか!」


 えっ? 俺の鼻がおかしいの?

 至って普通のポーションだと思うんだが。

 ビュティは別のポーションをソノラに手渡した。


「これは……クッサ!? これはヘドロみたいな臭いです~! 罰ゲームか何かですかっ!?」

「……シラン」

「はいはい。クンクン……いや、絶対に普通のポーションだが」


 臭いに変化はない。試しに一口飲んでみたが、普通のポーションだった。

 それを飲むなんて頭おかしいんじゃないですか、と言いたげなソノラ。俺が飲んだことで再度臭いを嗅いでみるが、一瞬で鼻を覆った。やっぱり臭いらしい。


「……これはどう?」

「臭いのは勘弁です…………お? はうっ!?」


 恐る恐る差し出されたポーションを嗅いだソノラだったが、今度は臭いを嗅いだ瞬間に一気に飲み干した。コクコクと艶めかしく喉が動き、ポーションを嚥下した。

 余程美味しかったのか、うっとりと陶酔した表情。


「はふぅ……美味しかったです……これ、私とっても好きです……」

「……今度はこれ。でも、臭いを嗅ぐだけ」

「っ!? く、ください! それください! 飲ませてください!」


 劇的な変化だった。まるで薬物中毒者のようにビュティが持つポーションを奪い取ろうとする。

 もうポーションしか目に入っていない。それほどいい匂いがしたのか?

 ビュティはソノラに『お座り・待て・お手』と犬のように調教すると、最後に『よし』と許可を出してポーションを手渡した。

 一体何やってるんだ。

 そして、ケレナ。首輪をつけて期待顔で擦り寄ってこないで。そういうのは後で。

 取り敢えず、頭だけ撫でておく。


「ぷはっ! あぁもう飲んじゃった。もっとありませんか?」

「そんなに美味しかったのか」

「今まで生きていた中で一番美味しかったです!」

「ビュティ。何のポーションだったんだ?」

「……シランの精液入りポーション」

「「 ぶふぅっ!? 」」


 せ、精液ぃぃいいいいいいい!?


「な、なんてものを作ってるんだ!?」

「もう飲んじゃいましたよぉ~!」

「……調合の材料に加えただけ。錬金術で合成してある。尿からアンモニアを精製するのと同じ。害はない」

「害はないって言われても、やって良いことと悪いことがあってだな」

「……美容液にもケレナのあんなところやこんなところの液体を使っているけど?」

「それは……そうだが」


 ビュティはメモを取ることに夢中で話を聞くそぶりを見せない。

 あぁもう。好きにしてください。

 ガリガリと何かを書いていた手が止まった。彼女の中で何か結論が出たらしい。


「……最終確認。シラン、ソノラに指を突っ込んで。出来れば口か下の……」

「わぁー! それ以上は言うな! 口でいいから! ソノラ、お願いできるか?」

「は、はい……」


 恥ずかしそうにしながら、パクっとソノラは俺の指を咥えた。温かくてねっとりとした感触が指先から伝わってくる。


「……はい、吸って! 吸収ドレイン!」

「ちゅぱちゅぱれろ……」

「ぬぉぉおおおおおおおおおおお!?」


 指先を舌で舐められると同時に、凄まじい勢いで指先から魔力を吸われた。

 なんだこの快感は!? これが淫魔サキュバス吸収ドレインかっ!? す、吸われるぅ~!?

 ソノラは夢中になって、うっとりとしながら俺の指をチュパチュパと舐め続けている。我を忘れているようだ。


「ソ、ソノラ!?」

「んぅ~! 美味しいおいひぃい……」

「ストップ、ストップ、スト~ップ!」


 チュポンと音がして指を引き抜くことができた。指はソノラの唾液でテカテカと光っている。

 もっと欲しいです、と熱っぽく潤んだ瞳でおねだりされるが、その誘惑に俺は打ち勝った。

 あ、危なかったぁ。いろいろと危なかった。主に理性とか。


「……んっ。これではっきりした」

「詳しい説明を頼む」

「……んっ! まず、黒翼凶団は普通の悪魔を召喚しようとしたはず。これは大前提。淫魔は彼らの崇める神から外れている」

「まあ、性的な快楽を与えるだけだからな。狂信者が崇めるのは力を授ける悪魔。悪魔系モンスターだけど、淫魔じゃないのは確か」

「……なら、何故ソノラは淫魔になったのか?」


 それもそうだ。疑問だな。何故ソノラは普通の悪魔じゃなくて淫魔に?


「……一つだけ心当たりがある。シラン、ソノラに治療したよね?」

「そうだな。そう言えば数日前に治療したな」

「……治療箇所は子宮。性を司る臓器。女性の象徴。治療中だった子宮が活性化しており、それが悪魔転化に影響を与えた可能性が高い」


 なるほどぉ。一理ある。


「……ちゃんとした自我も記憶も残っていることについては、ソノラの強い想いが必要だと思うんだけど、そこのところはどう?」

「うっ……!」


 何やら心当たりがあるようだ。爆発的に顔を赤らめたソノラがスッと顔を逸らした。

 その可愛らしい反応を確認して。ビュティは満足そうにうなずく。


「……変化の際、地脈から吸い上げた膨大な魔力を取り入れた。だから、魔力量が馬鹿げている。ここまではオーケー?」

「「 お、おーけー 」」

「……じゃあ、ポーションの話に移る。全部ポーションなのは同じ。ランクはバラバラ。そして、製作した人も違う。最初に飲ませたポーションを作ったのは私。二本目はインピュア。三本目はケレナ」


 空になった瓶を振っていく。

 未だに中身が残った四本目と五本目。ソノラがあまりの臭いに拒絶したポーションだ。


「……この二本は店で買ったもの。製作者は私も知らない。ソノラは臭いって言ったけど、至って普通のポーション。当然腐っていない」

「えぇ……あんなに臭かったのにですか?」

「……そう。六本目を作ったのは……シラン」


 えっ? 俺が作ったポーションだったの? 時々、ビュティに連行されて作らされるんだよね。その内の一本だったのか。

 ソノラはとっても美味しそうに飲んでなかったか?


「……七本目は私が作ったけど、シランの精液入り」


 言い方! オブラートに包んでくれない?


「……精液には魔力と生命力が多く含まれている。淫魔のご馳走。ソノラが一番反応したのはシランの魔力。吸収ドレインも我を忘れるほどだったでしょ?」

「は、はい。美味しかったです」

「……ちなみに、粘膜同士の接触なら、もっと美味しく感じると予想する」

「……ご、ごくり」

「……私たち使い魔はシランの魔力が混ざっている。だからソノラも飲めた。これらから考察した結果、私はこういう結論に至った」


 ごくり、と喉を鳴らしたのは俺だったのか、それとも食い意地を張ったソノラだったのか。

 もったいぶってなかなか結論を言わないビュティ。

 沈黙がもどかしい。

 十分に緊張感を高めてから、幼女は結論を述べた。


「……悪魔転化の禁術。地脈の膨大な魔力。活性化した子宮。ソノラの強くて純粋な想い。そして、シランの魔力。それらが上手く融合した結果、ソノラはシランの魔力しか受け入れることしかできない特殊な淫魔サキュバスになった」

「「 はい? どゆことです? 」」


 俺とソノラはそろって首をかしげた。


「……サキュバスどころか上位種のリリスいう種さえ超えたシランの専属の新種の淫魔。私は原初の色欲ルクスリアと名付けたい」


 ルクスリア。原初の色欲か。

 サキュバスの上位種はリリスと呼ばれている。が、ソノラの力は明らかにリリスの枠を上回っている。新しく名称をつけるのも納得だ。

 それにしても、俺の魔力しか受け入れられない俺専属の淫魔サキュバスか。

 俺はどうすればいい? ソノラはどうすればいい?


「……選択肢はたった二つ。一つ、このままシランとの関係を絶つ。普通の生活を送ることはできるかもしれないけど、討伐される可能性が高い。良くても徐々に力が弱くなって死ぬ。まあ、飲まず食わずで数百年は生きるけど」


 ビュティは人差し指を伸ばして一つ目の選択肢を述べた。

 そして、中指を立てて実質一つしかない二つ目の選択肢を提案する。


「……二つ目、シランの女になる。シランが責任をもって保護してくれる。永遠のイチャラブ生活。その代わり、夜のお勤めがある。言っておくけどシランは性欲の化け物」

「ば、化け物……ごくり」


 あのーソノラさん? 一体どこを見つめているんだい?


「……さて、どっちを選ぶ、原初の色欲ルクスリア? 決める前にもうちょっと体液をくれると嬉しい」

「それは拒否します!」


 ソノラの拒絶は光よりも速かった。








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次回で『第七章 黄金の悪魔の禁術 編』が終わります!


明日、昼12時に投稿する予定ですが、本編+SS二本+乙女の部屋=8000文字超えました。

本編4000、SS二本+乙女の部屋=4000くらいです。

そこで、一つ質問です。


Aコース

・そのまま8000文字を分割せずに一話で投稿する。


Bコース

・本編を明日昼12時

・SS二本+乙女の部屋を夕方18時

の一日二話投稿する。


Cコース

・本編を明日昼12時

・SS二本+乙女の部屋を明後日昼12時

の一日一話ずつ二日間かけて投稿する。



この三つのコースならどれが良いですか?

ぜひ、コメント欄でお聞かせください。



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