第239話 アピール

 

『働く女性コンテスト』のアピールタイム。出場者の各々が働くお店を出張させて、会場の広場で売っている。

 良かったと思ったら、お客さんは投票。アピールタイムは今日と明日の午前中であり、午後は結果発表だ。

 俺と婚約者たちはエルネスト兄上に同行中。まあ、監視されているとも言う。

 兄上は審査員特権を発動させており、並ぶ必要がなくてとても楽だ。

 そして、次のお店にやって来た。


「いらっしゃいませぇ~。高級料理店『龍の息吹』へようこそ」


 俺たちは女性に出迎えられた。第一声は鼻にかかった声。甘ったるい猫なで声。

 うわぁお……。露骨。

 服も胸元をはだけさせたり、身体のラインを強調させたり、深いスリットが入っていたり、来るお店を間違えたのかと疑ってしまう。

 確か、飲食店だったよな?

 男に媚びる甘い声といい、露出が激しい服装といい、男受けしそうではある。実際、列に並んでいるのは鼻を伸ばした男たちだけ。女性は皆無。

 こういう女性って同性に嫌われそうだな。実際、ウチの女性陣はドン引き。兄上の秘書官のマリアさんでさえも顔を強張らせている。瞳に宿るのは……怒気?


「エルネスト様ですね? お会いできて光栄ですわ。あっ、シラン様もご一緒でしたか。お久しぶりです。前回の約束通り、たっぷりとサービスさせていただきますね」


 彼女……確かケマからウィンクされる。そして、俺が連れていた女性陣からキッと睨まれる。

 ご、誤解だ! 全然約束してない! ソノラとデートしたときに出会ったけど、ちゃんと断ったぞ!

 俺の周囲だけ気温が絶対零度に……。ガクガクブルブル。

 いつの間にか、俺の両腕がリリアーネとエリカに掴まれていた。

 ジャスミンがクイッとどこかを指さす。


「婚約者同士の話し合いがあるので、私たちのことは気にしないでくださいね」


 兄上に断りを入れ、連行される俺。

 少し離れた場所に移動し、地面に正座した俺の周りを女性陣が取り囲む。

紫水晶アメジスト』、『蒼玉サファイア』、『蛋白石オパール』、『金緑石アレキサンドライト』の瞳が俺を貫いている。

 他にも、呆れた様子の『日長石サンストーン』と訳が分からなそうな『月長石ムーンストーン』、『藍玉アクアマリン』の瞳があるのだが、これは別にしておこう。


「で?」


 こ、こわっ! ジャスミンさんの低い声が滅茶苦茶こわっ!


「あんた、あんなのが良いの?」

「あれは私もイラッとしてしまいました」

「ぶん殴りたかったよね……なんかこう、気持ち悪くなったし」

「旦那様はこういった女性が好きなんですかぁ~? ……ドン引きしてますよ」


 ケマは思った通り、女性陣に嫌われているようだ。

 というか、エリカさんエリカさん。ドン引きは現在進行形なんですね。本気の声音だったよね? 折角前半の猫なで声は可愛かったのに。演技力高い。流石完璧メイド!

 そして、ヒースの気持ち悪いというのは、本当に体調が悪いということだ。多分、読心の力のせいだろう。ケマの心に当てられてしまった可能性が高い。


「はぁ……セレネとレナちゃんの教育に悪いですね。これは一度シランさんとお話をする必要があるかもしれません」


 すみません! 本当に申し訳ございません! お話やお説教はいくらでも受けるので、今はまず、目の前の彼女たちの誤解を解いてもいいでしょうか、テイアさん!?


「皆さま、かくかくしかじかでございます!」


 俺は誠心誠意、誤魔化すことなく、清廉潔白を証明するために、全て余すところなく具体的に詳細に説明した。この場にソノラがいれば弁護してくれたはずだが、いないものは仕方がない。

 全て説明した後、俺は戦々恐々と、そして粛々と、女性陣の判決を待つ。

 話し合いが終わったようだ。代表してヒースが述べるらしい。俺の前に立つ。


「シラン様。判決を言い渡します」

「は、はい!」

「今回は無罪です!」


 ほっ。良かった。俺の訴えが無事に届いたんだ!

 ただし、とヒースが言葉を続ける。慌てて気を引き締め直した。


「ただし、今後、あんな女性に手を出すくらいなら、婚約者に性欲をぶつけてください。遠慮する必要はありません。これは伴侶会議の決定です! だそうです。……というか、私に手を出してよ、シラン様ぁ~!」


 途中まで皇女らしく格好良かったのに、最後の最後で本音をぶっちゃけて台無しになった。まあ、ヒースらしいか。

 というか、女性陣の話し合いは伴侶会議って名称だったの!?


「姫様にはまだ早いです」


 即座に入るメイドの指導。文句を言うヒース。平然と聞き流すエリカ。もはや恒例だ。

 二人は仲が良いなぁ。

 おっと。そろそろ兄上のところに戻ろう。

 精神的疲労を感じながら立ち上がり、兄上の元に向かうと、丁度兄上がスープを食べていた。ウェイトレスのケマにあ~んをされながら。

 一体どんな状況!?


「お口をお拭きしますわ」

「いや、自分で出来る」

「遠慮なさらずに! さあ、お口を閉じて」


 胸の谷間を強調させ、上目遣いで兄上の口元を拭くケマ。さりげないボディタッチも忘れない。更にさりげなく兄上の手を自分の身体に誘導する。

 まあ、昔から貴族の令嬢のアピールを受けている兄上は、これくらいのことは全く効かない。というか、耐性を付ける訓練をする。だから、王族にハニートラップは通用しない。

 ただ兄上。秘書官のマリアさんが珍しく怒りの感情を露わにして睨んでいるぞ。

 それに気づいたのか、ケマはマリアさんを煽るように話しかける。


「マリア。貴女も食べる?」

「……いえ、結構です。仕事中ですので」

「そう」


 彼女の、次の矛先ターゲットはもちろん俺。


「シラン様は如何です?」

「いえ、結構です!」


 俺は即座に断った。

 だから、婚約者の皆さん? 睨まないでいただけません?

 ちゃんとお断りしましたからぁ~!






















≪本編には関係ないショートストーリー≫



『深紅の女王の微笑み』 その3




「ごきげんよう、小さな坊や」


 10歳にも満たない少年が恐怖することもなく笑顔で進み出る。


「ごきげんよう、お姉さん。綺麗な月夜だね」

「あら。お姉さんなんて言われたのは何年ぶりかしら。私が怖くないの?」

「怖い? 全然。お姉さんは綺麗だよ」

「……それはありがとう」


 ストレートな褒め言葉を彼女は微笑んで受け流す。しかし、心の中では思いっきり動揺していた。

 いつも恐れられるだけ。面と向かって褒められたことはなかった。だから、どうしたらいいのかわからない。どう反応したらいいのかわからない。


「お姉さんは何をしているの?」

「散歩よ。ただの散歩。坊やは?」

「僕もだよ。ソラにお願いして連れてきてもらったんだ」


 少年の背後に立つ白銀の髪のメイドが会釈をする。

 何故この危険な森に、と吸血鬼の彼女は思うが、来てしまったのは仕方がない。それに、危険と言われているのは彼女がいるからだ。獣もモンスターも虫さえもほとんどいないこの森は、逆に安全かもしれなかった。

 実は、吸血鬼の彼女は世間で恐れられているほど怖い存在ではない。

 敵対したから抵抗しただけ。武器を抜いて襲ってきたから返り討ちにしただけ。

 基本的に、森の奥で静かに暮らしており、自分から積極的に殺すことは滅多にない。ましてや子供を殺す趣味など皆無だ。

 まあ、敵には容赦しないが。

 そんな彼女は、少年とメイドを一瞥すると、クルリと背を向ける。


「お姉さん、どこ行くの?」

「帰るわ」


 数歩歩いて立ち止まり、振り返って忠告する。


「もう帰りなさい、二人とも。私の気が変わらないうちに、ね」


 そして、彼女はあることに気づいた。


「あら、ごめんなさい。三人だったわね」


 紅い双眸が見つめた先は、少年の足元。暗い夜の闇に溶け込んで、さらに暗い闇が渦巻き、蠢いていた。そこからはっきりとした敵意と警戒が発せられている。

 何もしないわよ、とウィンクした彼女は、彼ら三人に手を振り、森の奥の居城へと帰ろうとする。

 そんな彼女を少年は呼び止めた。


「待って、お姉さん! もうちょっとだけ!」

「なぁに? 私の行動を邪魔する気?」


 スッと表情を消し、血のように紅い瞳で少年を睨んだ。醸し出す冷徹な威厳と覇気。感情を解き放ち、退屈な毎日への苛立ちを露わにする。


「それとも、坊やが私を楽しませてくれるのかしら?」


 今度は、妖艶に微笑む。バラのような甘い香りが漂い、真っ赤な舌で舌なめずり。紅い瞳が妖しく輝き、少年を惑わせて誘う。魅了だ。

 普通の子供なら怖がり、魅了され、耐えられないはずだった。そう、普通の子供なら。

 彼女は軽く絶句した。何故なら、威圧などされていないように少年がニコニコと微笑んでいたから。

 いや、耳まで真っ赤になりながら、恥ずかしそうにチラチラと視線を向けてはいるが、ただそれだけ。

 想像した反応と違う。予想と全然違う。泣き叫ぶくらいの威圧はしたはずなのに。

 彼女は思う。子供相手に何をしているのだろう、と。ふっと彼女は纏っていた威圧や魅了を解いた。肩の力を抜いて儚く微笑む。


「冗談よ。さあ、帰りなさい」

「ま、待って! 僕と一緒に遊ぼう!」


 あーはいはい、とおざなりに手を振ってその場を去ろうとする彼女。

 次の瞬間、ほとんど無意識に彼女は跳んでいた。弾かれたように距離を取り、警戒心を露わにしながら、ある方向を油断なく睨む。


「っ!?」


 わかる者にはわかる気配。一瞬、ほんの一瞬だけ放たれた圧倒的な強者の威圧感と敵意。そして純粋な殺意。

 Sランク冒険者をあっさりと撃退する程の彼女が、心の底から警戒していた。本能が恐怖を感じていた。危機感を感じていた。

 それは、ここしばらく感じていなかったもの。退屈な日常を吹き飛ばすもの。

 危機感と共に湧き上がる喜びを隠せない。

 威圧した人物が、静かに口を開く。


「ご主人様。私が彼女のお相手をしてもよろしいでしょうか?」

「ソラが? う~ん……いいけど、怪我しちゃダメだよ!」

「かしこまりました」


 一礼し、主人の前に出る美しいメイド。神が造形したと言っても過言ではないほど均整の取れた身体からは、先ほどの威圧感は何も感じられない。無だ。

 強者の貫禄も弱者の怯えも微塵もない。今の彼女からは強さが読み取れない。


「ハイド。ご主人様を頼みましたよ」


 少年の足元から濃密な闇が溢れ出し、彼の小さな体に纏わりつく。それを確認したメイドは、空色の瞳を吸血鬼へと向けた。


「今から貴女のお相手をさせていただきます、ご主人様のメイドのソラと申します。よろしくお願いいたします」

「私の相手ねぇ……務まるのかしら?」


 獰猛に笑いながら、膨大な魔力を噴き出し始めた。さっきのものとは比べ物にならないほどの威圧。彼女の本気。それが膨大な圧力プレッシャーとなってソラを襲った。

 むせかえるほど濃密な血の臭い。

 しかしソラは、平然と微笑んでいるだけ。


「それくらいなのですか? 全力でかかって来てください。じゃないと…………死にますよ?」


 その瞬間、世界が震えた。

 ソラの身体から放たれた圧倒的な魔力の奔流が、吸血鬼の彼女の魔力とぶつかったのだ。常人が悪ければ即死する程の力と力のぶつかり合い。

 衝撃で暴風が吹き荒れ、木が根こそぎ吹き飛ぶ。空気が轟き、空間が軋む。

 白銀の魔力を纏うメイドと深紅の魔力を纏う吸血鬼は、さながら白銀の女帝と深紅の女王のようだった。


「へぇ。やるじゃない。それに、貴女のその目……何者?」


 いつの間にか変化したメイドの空色の瞳。縦長になった瞳孔。

 爬虫類にも似ていたが、それとは比較できないほど力強い。これはまるで……伝説の龍の眼だ。

 吸血鬼の彼女は込み上げる歓喜に笑みが抑えきれない。


「ふふ……ふふふっ……」


 もはや目の前のメイドの正体などどうでもいい。ただの強者。自分と同等以上の化け物。

 退屈な日常の鬱憤をぶつけるにはちょうどいい。

 それに―――楽しめるかもしれないから!


「ふふっ……行くわよ!」


 彼女は駆けた。地面を全力で踏みしめ、深紅の光となって駆け抜けた。

 一瞬で距離を詰め、ソラに殴りかかる。その拳は、音速を軽く超えていた。

 吸血鬼の怪力と、いくら傷ついても再生するという不老不死の身体を利用した、自壊前提の強引な限界突破による圧倒的な加速。

 衝撃波と共に全力の殴打がソラを襲う。

 彼女が狙ったのは肩。全力、というのは今まで出したことが無く、流石に怖気づいたのだ。

 同等の相手の肩を殴るならどうにでもなると思って……。

 襲われても平然としているソラ。迫りくる吸血鬼に、ふふっ、と微かな微笑むほど余裕がある。

 全力で振り抜いた拳がソラに当たる。


 その寸前―――吸血鬼の彼女の身体は、遥か上空へと吹き飛んでいた。


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