第229話 休憩

 

 見事スイーツビュッフェの全種類完全制覇を成し遂げたアルスは、満足そうに俺の腕に抱きついていた。黒いフードで顔を隠しているが、ルンルンなオーラがまき散らされており、ご機嫌なのがよくわかる。

 食べ放題のお店に連れて行ったのは正解だったようだ。

 彼女の細い体のどこに大量のスイーツが入ったのか謎。世界の神秘だ。


「ねえシラン。次は何食べよっか?」

「えっ?」


 まだ食べるのか? あれだけ食べたのに? 良い食べっぷりで清々しいですけど。

 思わず目を丸くして隣を歩くアルスを見つめた。彼女の胃袋は底無しらしい。

 アルスは燃えるような紅榴石ガーネットを悪戯っぽく輝かせ、口元を緩ませる。


「冗談! 流石のあたしもお腹いっぱい」

「だ、だよな」

「運動したらまたお腹減るかもだけど」

「……燃費が凄いな」

「大変なんだよね~。その分頑丈だし力が強いの。でも、体重は見た目通りっていう謎体質。ほんとわけわかんない」


 そう言えばそうだ。アルスの身体は重くない。普通の重さだ。謎体質。


「抱っこしてみる?」


 これは可愛らしい恋人のおねだりかな? 彼氏として格好つけるとき!

 アルスの脇の下と膝の下に手を回してお姫様抱っこ。

 まさか本当に抱っこされると思っていなかったアルスは小さく悲鳴を上げた。すぐに楽しそうに笑い始める。


「あはは! たっのしぃ~!」

「クルクル回ってやる!」

「きゃー!」


 人通りがまばらだから出来ること。

 まあ、周囲の人たちからすると、俺たちは傍迷惑なバカップルだろう。

 若いねぇ、というほのぼのした生温かい視線と、独り身男性の嫉妬と殺意の睨みが突き刺さる。


「あっ、待って。あたしたちすっごく見られてるんだけど」

「見せつけるか?」

「降ろして! 恥ずかしいから降ろして!」

「アルスは顔を見せてないだろ?」

「そういう問題じゃなーい!」


 降ろしてぇ~、というアルスの叫びが街の中に木霊した。



 ▼▼▼



「むっす~!」

「アルス、ごめんってば」

「ふんっ!」


 アルスはすっかりご機嫌斜めになってしまった。俺の問いかけにも顔を逸らして答えない。不機嫌アピールをしている。

 それなのに俺と手を繋ぎ、腕に抱きついている辺り、本当に怒っているわけではないようだ。若干拗ねているだけ。公共の場でのお姫様抱っこが余程恥ずかしかったらしい。


「もうお姫様抱っこはしないから」

「……もうしてくれないの?」


 その言い方はズルい。上目遣いはズルい。可愛い顔反則。


「してもいいのか?」

「……人前じゃなければ」

「わかった。二人っきりの時にしような、お姫様」

「お姫様は止めて!」


 女心はよくわからない。いつの間にかアルスの機嫌が戻っている。本当に謎だ。

 食後の運動も兼ねて王都の街を歩く。どこからともなく聞こえてくる軽快な音色。広場の路上で演奏している音楽家たちの曲だ。

 音楽に合わせてノリノリの人たちが即興でダンスしている。まるで舞踏会だ。

 アルスが俺の腕を引っ張って、広場のほうに誘導する。


「シラン、行こ! ダンスしよ!」

「お、踊るのか?」

「うん!」


 仕方がないなぁ。こういうデートも楽しいし踊るか。

 俺たちはリズムに合わせてステップを踏む。激しく、テンションを上げて。

 自由にダンスをしてもいいから気が楽だ。貴族の舞踏会だとこうはいかない。少しでも間違えるとクスクスと嘲笑われ、冷笑される。

 ステップも振り付けも皆思い思い。こういう楽しむだけのダンスもいいな。


「ふふっ! 楽しいね」

「そうだな」


 軽く息を荒げながら、俺たちは微笑み合う。

 テンポが激しい。それに伴ってダンスも盛り上がる。クライマックス。そして、曲の終わりに合わせて決めポーズ。決まった。

 即興の舞踏会が開かれていた広場は大きな拍手と歓声に包まれた。

 パートナーに一礼して踊ってくれたことへの感謝を伝えたり、拍手に手を振って応えたり、恥ずかしさが込み上げてきてそそくさと逃げ出す人もいる。

 アルスが息を弾ませながら問いかけてきた。


「ふぅ! 楽しかったぁ。どうする? 次も踊る?」

「俺はもっと踊りたいな」

「なら……あっ!」


 俺の背後の何かに気づいたアルスが、急に俺に抱きついて顔を隠した。小さくなってコソコソと隠れている。

 フウロさんとラティさんがいたのかな、と思ってチラリと背後を確認すると、予想していた女性二人の姿は見えなかった。その代わり、俺の視線に入ったのは、遠くに見える赤い一団。騎士服の軍隊だ。

 赤い色の軍隊は一つしかない。ヴァルヴォッセ帝国の騎士団だ。

 率いているのは長身の紅の美女。ブーゲンビリア元帥だろう。


「なんでここに……!? 不味い。シラン、逃げるよ」

「お、おう」


 アルスにガッチリと腕を掴まれ、即座に広場から逃げ出す。遠くだから向こうは気付いていないだろう。人混みに紛れ込んだからなおさらわからないはず。

 細い路地や入り組んだ道に飛び込んで距離を取る。アルスは一体どこに向かっているのだろう。俺は引っ張られるだけ。

 距離を取ることに夢中で、全て道順は適当なのかもしれない。

 そして、逃走すること数分。何故か前方に紅い騎士団が。


「な、なんで!?」


 適当に角を曲がって走り続けたことにより、反対側に逃げているつもりで、いつの間にか帝国騎士団のほうに向かっていたらしい。

 急ブレーキをかけたアルスは、咄嗟に近くの建物に飛び込んだ。

 この建物は……。


「ふぅー危なかったぁ。ちょっと休憩したい」

「じゃあ、少し寄ってくか」

「寄ってく? って、この建物って何のお店?」

「連れ込み宿」

「つ、連れ込み宿!? 恋愛小説によく登場する、恋人がイチャイチャするためだけに作られたあの伝説の宿!?」


 伝説の宿って……。まあ、その通りの宿です。宿というより休憩施設。

 親龍祭で人が多いけど部屋は空いてるかなぁ?

 運よく一部屋空いていた。勝手に決めたけどアルスはよかったのか?

 …………あっ、大丈夫みたい。恥ずかしさもあるけど、それ以上に興味津々だ。

 部屋の中に入ると、楽しそうに室内を見渡すアルス。フードを外して、ポフンとベッドに飛び乗った。


「まさか来ることが出来るとは」

「そんなに来てみたかったのか?」

「まあね。小説によく出てきたから、どんなところなのかなぁって。そっか。恋人ができたから来る機会もあるのか」

「さてと、少し休憩しますか」


 俺もベッドにゴロンと横になる。

 恋人と必ずイチャイチャしなければならない、という義務はない。ただ普通に休憩してお喋りをしてもいいのだ。

 アルスも恐る恐る横になった。ピトッとくっついてくる。

 彼女の横顔を眺めていると、俺はふとあることに気づいた。


「そういえば、アルスに似てるよな」

「だ、誰に!?」

「帝国の元帥。ブーゲンビリア・ヴァルヴォッセ皇女殿下」

「そ、そうかなぁー? 似てるのは同じ《龍殺しゲオルギウス》の末裔だからじゃないかなぁー?」

「親戚なのか」

「ま、まあね。一応は」


 アルスは帝国の高位貴族の娘って言ってたか。まさかエリカとヒースみたいに従姉妹いとことか?

 ないない。それはない……と思いたい。

 でも、顔立ちも意志が強そうな赤い瞳も髪の色もそっくりなんだよなぁ。


「ぜ、全然似てないよ! あたしはビリア……元帥閣下みたいに爆乳じゃないから」

「……んっ? ちょっと待て。ブーゲンビリア元帥は爆乳なのか? 胸はそこそこの印象だったんだが」

「だってサラシでガッチガチに巻いてるもん。戦う時に邪魔だーって」

「そうか。ブーゲンビリア元帥は爆乳なのか」


 胸の話題だったから、思わずアルスの胸を凝視してしまう。男なら仕方がないことだろう。

 アルスが自分の胸を隠しながら俺から距離を取った。


「あぁ~ごめんねぇ~。あたしは爆乳じゃなくて! この変態! おっぱい好きの変態王子!」

「べ、別に俺は巨乳好きじゃないから! それはお爺様だ!」

「くっ! こうなったら巨乳好きの変態に美乳の良さを教えてあげる!」

「何故そんな発想になった!?」

「この宿はそういう場所なんでしょ! 食後の激しい運動! シラン、覚悟してよね!」


 覆いかぶさってくる美乳の赤い乙女。俺はなす術なく襲われた。

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