第202話 令嬢のお風呂
ふんふふーん、と鼻歌を歌いながら、ジャスミンが屋敷の中を歩く。
公爵令嬢らしからぬラフな格好。最近お気に入りのTシャツと短パン姿。白い素足がこれでもかと露出している。屋敷に男性が存在しないからこそできる格好だ。
もし実家である公爵家でこの格好になったら、家の両親や侍女などあらゆる人からお説教されるだろう。
両手に抱えているのは着替えの洋服。これからお風呂に向かうらしい。
前からワンピース姿のリリアーネが歩いてきた。
「リリアーネ、今からお風呂に行くんだけど、一緒にどう?」
「行きます! 着替え持ってきますね」
「はーい。ゆっくりでいいわよ」
早歩きで自分の部屋に向かったリリアーネを見送り、壁にもたれて鼻歌を歌いながら戻ってくるのを待つ。戻ってきたリリアーネとお喋りをしながら脱衣所に行き、スルスルと服を脱ぎ始める。
リリアーネの前で裸になることに恥ずかしさはない。でも、多少の嫉妬は覚える。リリアーネのほうが胸が大きい。
ジャスミンがため息をつく前に、先にリリアーネがため息をついた。
「はぁ……ジャスミンさんが羨ましいです」
「なんで? リリアーネのほうが胸が大きいじゃない」
「それはそうかもしれませんが、なんですか、そのお腹は! 脂肪がないじゃないですか! うぅ~私はぽっちゃりです。足も太いですし……」
リリアーネはリリアーネでジャスミンに嫉妬していた。ジャスミンは無駄な脂肪が一切ついていないくびれた体形だった。
それに対して自分はムチッとした体形。置いてあった鏡で身体を確認しながら、自分のお腹をぷにっと摘まむ。
「どこがよ!?」
何故か落ち込んでいるリリアーネに苛立ったジャスミンは、背後から近づいて両胸を揉みしだいてやった。気にしているであろうお腹や太ももも撫でて摘まんで揉む。
必死に身を捩って抜け出したリリアーネは、可愛い悲鳴を上げながら浴室のドアを開けて中に飛び込んだ。ジャスミンも笑いながら追いかける。
床が濡れて滑るので走らない。今度は揉み合いではなく、シャワーのノズルを持って水の掛け合いっこ。水じゃなくて丁度いい温度のお湯だが。
いい具合に濡れた二人は身体や髪を洗い始める。
「ジャスミンさん、今度時間あります? 運動に付き合ってください」
「いいわよ。リリアーネの戦い方って勉強になるのよね」
「ただの護身術ですよ?」
「護身術って思ってるのはリリアーネだけよ」
気配の遮断に無音の攻撃。視線の誘導に死角からの奇襲。数多のフェイントからの、情け容赦のない正確無比で無慈悲な急所への一撃。
護身術の領域ではない。歴とした暗殺者の攻撃スタイルだ。
リリアーネは天然が入っていることもあり、本気で護身術だと思っている。
近衛騎士として王族を護衛するジャスミンには、リリアーネとの戦闘がとても勉強になる。予想だにしない攻撃により、何度負けたことか。
「いつくらいにする? 親龍祭の期間中は任務から外されたし、私はいつでもいいわよ」
「えっ、騎士団の任務はお休みですか?」
「そうなのよ。実家からの圧力が一番大きいわね。シランの婚約者として行動しなさい、だって」
任務を外されたことは若干不満だったが、シランの婚約者アピールが出来ることが嬉しくてジャスミンはご機嫌だ。もしかしたらお祭りデートが出来るかも、と期待もしている。
ウキウキしているジャスミンに、リリアーネはおずおずと問いかけた。
「もしかして、ご実家から連絡来ましたか? 私は明日に……」
「来た来た。私も明日」
公爵令嬢の二人が同時に深いため息をついた。実家から何か言ってきたらしい。
「本当に行かなくちゃいけないのでしょうか? 絶対に何か言われそうです。特に父に」
「リリアーネのところは親バ……子煩悩だっけ?」
「親バカでいいですよ。家を出て初めて知りました。もし何か言われたらお父様には返事しません! 無視します!」
「娘の反抗期……リリアーネもたくましくなったわね。ヴェリタス公は耐えられるのかしら?」
「さあ? ジャスミンさんのご実家はどうなのですか?」
「私の家? お母様がいろいろ揶揄ってきそうね。子供を揶揄って弄るのが母親の楽しみなんですって。揶揄ってくるお母様はそれはそれは楽しそうよ」
げんなりとするジャスミン。それをチラッと見てリリアーネはクスクス笑う。
「将来ジャスミンさんもそうなったりして」
「そんなことしないわよ! …………たぶん。リリアーネこそ親バカになるんじゃない?」
「そんなことは……あるかもしれません。シラン様との子供ですよ! 絶対に可愛がってしまいます! どうしましょう?」
「私に聞かれても」
ポワ~ンと子供を想像してリリアーネはうっとりしている。思わずジャスミンも想像してしまって似たような表情になった。
「今度ディセントラ様にどうしたらいいのかお聞きします?」
「それがいいわね。アンドレア様やエリン様でもいいかも。まともな親で真っ先に思い浮かぶのが王妃様たちとはね……」
「あはは……一応、私のお母様もまともですよ? 時々、笑顔で武器を振り回しながらお父様を追いかけまわしますが」
「それ、全然まともじゃないから」
「私たちもシラン様を追いかけることが……」
「…………そんな事実はないわ」
「で、ですよねー。ありませんよねー」
自分たちはまともじゃないと気づきかけて、慌てて全て忘れてなかったことにする二人。
沈黙が痛い。自分たちに静寂の刃がブスブスと突き刺さる。
二人は身体を洗うことに集中した。綺麗な肌を傷つけないように優しく洗う。
ジャスミンは、既にある程度の大きさの胸に泡を盛って、さらに胸を大きくして楽しむが、急に虚しくなって勢いよくお湯を被って泡を流した。
隣のリリアーネは長い髪を丁寧に洗っている。幸い、何も気づいていないようだ。
「はぁ……今日はシランに甘えよう」
「今日『は』ですか? 今日『も』ではなく?」
「へぇー。言うようになったじゃない、リリアーネ」
「……失言でした。忘れてください。あっ、ちょっとジャスミンさん! まだ洗っている途中なのでお湯をかけないでください! あぁ~っ!」
仲が良い二人の笑い声が浴室に反響している。
その時、浴室のドアが音を立てて開かれた。
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