第196話 依頼終了

 

 堕魂ロストを討伐した俺たちは、即座に迷宮都市に戻っていた。情報が錯綜している冒険者ギルドに立ち寄って、受付嬢のシャルに簡単に説明した。もう脅威はないと。

 詳しく聞き出そうとするシャルを、明日説明するから、と何とかなだめて俺とアルスはギルドを後にする。

 アルスは本当にいいのかと、何度かギルドのほうを振り返っている。


「えーっと、ちゃんと説明しなくてよかったの?」

「要点だけは伝えたので大丈夫でしょう」


 気配は何も感じない。神龍の助けもあって、堕魂ロストは消滅した。

 迷宮都市は真夜中なのに、お祭り騒ぎだ。完全武装して警戒にあたる人、酒を飲んで酔っ払っている人、涙を流しながら跪き、夜空に向かってお祈りしている人などなど、少し異様な光景だ。

 原因は堕魂ロストと神龍。特に後者だ。ドラゴニア王国が崇め奉る白銀の龍の突然の降臨に、王国民は大興奮。危機から救ってくれたことに感謝の祈りや舞を捧げている。

 この賑わいを目の当たりにして、アルスが恐々としている。


「もうほとんど宗教の域じゃない? ラブリエ聖教みたいな」

「否定はできませんね。何しろ、何百年もこの国を守護してきた龍ですから。アルストリアさん、龍化してみます?」

「止めて。絶対にしないから」


 アルスは想像したようで、顔を青くしてぐったりとしている。

 ヴァルヴォッセ帝国では、龍は嫌悪と憎悪の対象だ。隣同士の国なのに全く違う。正反対。帝国出身のアルスは、王国の熱狂的な龍信仰に戸惑いを隠せない様子だ。

 俺はアルスを引き連れて、人が少ない路地へと向かう。大通りから離れて、静かで暗い場所にたどり着いた。


「ここに連れてきて何をするつもり?」


 声に恐怖が滲んでいる。紅榴石ガーネットの瞳が揺らいでいる。暗闇でもはっきりとわかるくらいアルスの顔が青い。

 そのアルスの肩をガッチリと掴んだ。逃げようとするが、俺は捕まえて離さない。


「嫌っ! 止めて!」

「じっとしてください! 時間がないのでしょう?」

「えっ? 時間?」


 アルスはキョトンと目を瞬かせた。

 別に俺はアルスを襲うつもりはない。そんな趣味もない。


「フウロさんは今も苦しんでいるはずです。一刻も早く助けるべきです」

「それはそうだけど……まさか転移!? 空間魔法!」


 ダンジョン内で、俺はアルスの前で空間系の魔法を見せている。料理や荷物を取り出す時に。今さら隠すことでもないし、事態は一刻を争う。一分一秒でも早く助けたほうがいい。『十五夜の死呪』は気が狂うくらい壮絶な苦しみを経験するらしいから。


「ギルドをあっさりと出て来た理由って……」


 期待と納得の眼差しを俺は無視する。


「フウロさんが今いる場所は?」

「王都の病院……」


 魔法で視覚を飛ばし、王都の病院を眺める。誰もいない場所に結界を張り、人の侵入を阻む。これで転移の準備は完了だ。

 アルスは空間魔法だと思うだろうが、実際はハイドの能力だ。影から影への転移。今は夜。世界は闇に包まれている。転移し放題。


「目を瞑ってください」


 ギュッとアルスが目を瞑ったのを確認して、俺は魔法を発動させた。一瞬だけ、あらゆる光が存在しない闇が覆い、次の瞬間には王都の病院の前に立っていた。

 恐る恐る目を開けたアルスは、病院の建物を見て、ポカーンとしている。目を見開き、口があんぐりと開いている。間抜け顔で可愛い。


「……こんな移動手段があるなら早く言ってよ。行くとき一日無駄にしちゃったじゃない」

「アルストリアさんが最初から本当のことを言ってくれてたら使ってましたよ」

「うぅ……それは貴族からのお願いのほうが依頼を受けてくれると思って」

「愚痴なら後でいくらでも聞きますので、今は早く向かってあげてください」

「そうする。ありがと」


 俺は手に入れた『髑髏スカルの心臓』をアルスに手渡した。白く濁った球を大事そうに抱えたアルスは、ヨロヨロとおぼつかない足取りて病院の中に入っていく。

 ちょっと心配になったので、俺もこそっとついていくことにした。




 ▼▼▼




 真夜中の病院。昼間より静かだ。看護師に事情を説明し、アルスはフウロの病室に向かった。

 ドアを開けると、部屋の中にいた女性がハッと顔を上げた。毛先がピンク色の白髪の女性。アルスのパーティメンバーのラティフォリアだ。

 数日前よりも頬がこけ、目の下にははっきりと隈が浮かんでいる。

 フウロが呪われてから、彼女の苦しみを和らげるために、睡眠時間を削って癒しの魔法をかけ続け、付きっきりで看病していたのだ。


「アルス様!? こんな時間にどうして……。それにここ数日、私がどれだけ心配したと思っているのですか!?」

「ごめんラティ。でも、持って来たよ」

「持って来た? まさかそれは……」

「うん。『髑髏スカルの心臓』だよ。これでフウロを治せる」


 手に持っていた白い球を儚げな笑顔を浮かべながらラティフォリアに見せる。ラティフォリアはその球を凝視し、顔を複雑そうに歪めた。

 これでフウロが助かる安堵もある。しかし、それ以上に、これを手に入れるために主人がどれだけ無理をして、頑張って、死にかけたのか理解して、怒りや後悔が心の中で渦巻いているらしい。

 その感情をぐっと堪え、ラティフォリアはベッドの上のフウロに視線を向けた。

 フウロは、ベッドの上で苦しんでいた。頬はげっそりと痩せ、目は痛みと苦しみで見開いている。口には頑丈な猿轡。手足も拘束されて、ベッドの柵に繋がれている。

 自傷行為を防ぐための拘束だ。何もしなかったら、あまりの苦痛に体中を爪で引っ掻き、暴れまわり、叫び声をあげるのだ。

 くぐもった呻き声が漏れ、拘束されているにもかかわらず、全力で身を捩る。ベッドがガタガタと揺れた。

 アルスはフウロの傍に立った。彼女の頭を優しく撫でる。

 フウロの瞳がギョロリとアルスを捉えた。彼女の瞳の輝きが強くなる。顔を歪め、苦痛に耐える。

 彼女の精神はまだ狂っていない。


「フウロ。頑張ったね。もう大丈夫だから」


 そう言うと、アルスは手に持っていた白濁した球をフウロの胸の上に置いた。球が一瞬僅かに光り、解呪の効果が発動する。フウロの身体から黒い靄が溢れ出した。それが球に吸われていく。

 球は白から灰色に、灰色から黒に、色が変わっていく。

 フウロ身体から、黒い靄が出てこなくなった。球は完全に黒に染まっている。

 ピシッと球に罅が入ったかと思うと、ガラスが砕ける澄んだ音が響き、球が砕け散った。細かな破片が消えていく。


「呪いが解けた?」

「少々お待ちください」


 治癒術師のラティフォリアがフウロを診察し始める。聖属性の力を手に宿し、フウロの全身を調べ尽くす。

 長い長い沈黙の後、ラティフォリアの手から光が消え、フッと息を吐いた。

 泣きそうな笑顔をアルスに向ける。


「呪いは……消えました。フウロは眠っているだけです」

「そっか。良かった。良かったよぉ~」


 一気に気が抜けたアルスは、身体から力が抜け、穏やかな顔で眠るフウロの胸に顔を押し付けて泣きはじめた。

 自分を庇ったせいでフウロが呪われ、死ぬかもしれないという恐怖がずっと彼女の心を苛んでいた。その恐怖が無くなったのだ。抑え込んでいた感情が一気に溢れ出して止まらない。

 ラティフォリアも泣き出し、しばらくの間、二人はフウロの身体に縋りついていた。

 ヒクヒクとしゃくりあげるアルスが涙で濡れた目や頬をグシグシと服の袖で拭う。

 ラティフォリアは泣き疲れて眠ってしまったようだ。アルスは、仕方がないなぁ、と苦笑を浮かべながら、傍に置かれた簡易ベッドにラティフォリアを寝かせる。


「ラティもお疲れ様。頑張ったね。ありがと」


 優しくラティフォリアの頭を撫でたアルスは、二人の寝顔をもう一度眺め、静かに病室を出た。

 人気がない静かな廊下を歩き、角を曲がる。病室の扉が見えなくなったところで、アルスは壁にもたれかかった。ズルズルと膝から力が抜けて座り込む。

 はぁ、と深い息を吐いた。

 声をかけられたのはその直後のことだった。



 ▼▼▼


(シラン視点)



 壁にもたれかかって、力なく息を吐くアルスに俺は声をかけた。


「フウロさんは治りましたか?」


 力が抜けたアルスが、ぼんやりと俺を見上げた。力なく微笑む。


「あぁ……貴方いたの。うん。おかげさまで治った。もう大丈夫」

「それはよかったです」

「ありがとね。依頼を受けてくれて。依頼は達成よ」


 間に合ってよかった。

 座り込んだアルスは元気がない。今日はいろいろあったから、体力の限界を迎えたのだろう。このまま目を閉じて眠ってしまいそうだ。


「もしよければ、宿まで送りましょうか?」

「あぁーうん。お願い」


 一瞬悩んだアルスは、俺の魅力的な提案に抗えなかった。両手を伸ばして抱っこを要求する。

 俺はアルスをお姫様抱っこで抱え上げた。その瞬間、俺の鼻に異臭が漂った。鉄臭い血の匂い。アルスが座っていた場所にどす黒いシミが出来ている。

 アルスがスゥーッと視線を逸らした。


「……ごめん。女の子の日が来ちゃったかも」


 別にそれくらい気にしない。突然来るってことあるらしいし、どうにもできないよな。

 俺は魔法を発動させて、床やアルスの服に付いた血を消滅させる。

 そして、再び転移した。転移した後に宿のことを聞いてないことに気づいた。転移した先は、以前デートしたときに送った宿だ。もしかしたら変わってるかも……。


「ここで合っていましたか?」

「うん。合ってる」


 アルスに案内され、彼女が泊まっている部屋に入る。部屋の中は、荷物が乱雑に置かれていた。多分、フウロさんが呪われて、片付ける時間がなかったのだろう。

 俺は脱力したアルスをベッドに寝かせた。


「ふぅー。ありがと」


 弱々しく笑い、紅榴石ガーネットの瞳が俺を見上げる。


「疲れたぁ。もう一生分の経験をした気がする」


 髑髏スカル呪魂カースと戦い、堕魂ロストが出現した。確かに、そのくらいの経験だ。俺だって二度と戦いたくない。


「これじゃあ報酬が釣り合わないかも。追加報酬をあげようかなぁ。フウロとラティをあげようか? 二人とも生娘だよ。生娘は値段がつけられないってオブシーン先生も本に書いてたし」


 一体何故そんな発想になる? オブシーン先生って誰だよ!


「いりません」

「も、もしかして、あたしが欲しいの!? 困ったなぁ」


 あはは、と弱々しく笑うアルスを、俺は無言で見下ろした。ため息を必死で堪える。

 そのまま黙ってアルスに近づくと彼女の服に手をかけた。

 まさか俺がこんな行動をとると思っていなかったのか、アルスはギョッとして、抵抗する。


「い、嫌ぁ! ちょ、ちょっと待って! ダメだから!」


 今までずっと我慢していたんだ。もう我慢が出来ない。

 俺は無言で、無理やり、荒々しく、乱暴に、アルスに襲い掛かった。

























<シリアスな雰囲気がぶっ壊れます。雰囲気に浸りたい方は、しばらく以下を読むのはお控えください>







===================================

紫「えぇ~! シラン、何してるのよぉ~!?」

作「そうなりますよね。続きは次回です。一日モヤモヤしてくださいね」

紫「乙女に無理やり襲い掛かるなんて……羨ま……ゴホン! ダメじゃない!」

作「えっ?」

紫「た、偶にはそんな風に求められたいとか思ってないわよ!」

作「あれっ?」

紫「あぁ~もう! 続きが気になる! 私は一足早く次回を読みに行くから! じゃね!」

作「まだ書いてないのに? ジャスミンさ~ん? って、もういないし。というわけで、次回をお楽しみに~!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る