第195話 神龍降臨

 

 ねっとりとした粘着性のある黒い液体がブクブクと膨れ上がっていく。

 吐き気を催す気持ち悪くておぞましい黒色だ。頭上で夜空を覆い隠しながら、どんどん膨らんでいく。

 膨大な魔力と寒気のする死の気配が大瀑布のように降り注いでくる。


「これが堕魂ロスト……」


 呆然と見上げることしかできない。

 知識にはあった。でも、こんなに恐ろしいものだとは思わなかった。こんなものが一度解き放たれたら国が滅ぶ。ローザの街で起きた《死者の大行進デス・パレード》なんか比べ物にならない。


「理性は一切存在しない負の感情の塊。ただ暴れまわる厄災デス」

「……倒せそうか?」


 俺は顕現したニュクスに問いかける。彼女は女帝エンペラスリッチ。死を司るモンスターだ。僅かな望みをかけたのだが、ニュクスは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。


「無理デス。ワタシ一人では呪魂カースでさえ勝てまセン。力不足デス」


 そうか。ニュクスでも無理か。でも、一人じゃなければ勝てるんだろ?

 そうこうしているうちに、闇の膨張が止まった。もはやモンスターには見えない。ただの化け物だ。

 巨大な真っ黒な塊。表面はテラテラと濡れたように光り、ブヨブヨと太っている。先端には尖った歯が並んだ大きな口。


「なに……あれ……巨大な蛆虫? う゛ぅ……お゛えぇ~」


 あまりの気持ち悪さにアルスが吐き気を催し、嘔吐した。胃の中のものを全て吐き出す。

 仕方がないことだと思う。俺だって吐き気を堪えている。

 あれを止めなければ。倒されるまで暴れまわるぞ。倒せなかったら、世界を破壊し尽くすはずだ。


「ニュクス、行けるか?」

「ハイ! 弱らせるのなら何トカ。《死の扉デス・ゲート》」


 どこからともなく取り出した豪華な杖で地面を一突きした。堕魂ロストの真下に巨大な魔法陣が描かれ、巨大な扉が出現した。死の世界に繋がるゲートだ。ゆっくりと開き、堕魂ロストの力を吸い取り始める。

 蛆虫に似た堕魂ロストが嫌そうに蠕動ぜんどうした。死から逃れようと空中で身を捩る。


「みんな、頼むぞ」


 使い魔たちを召喚する。一応隠蔽しているが、出し惜しみしてはいられない。手加減していたら国が滅ぶ。

 俺たちが攻撃に移る前に、堕魂ロストの巨大な口が全てを飲み込むように大きく開いた。紫色の輝きが集まっていく。

 その方向にあるのは、迷宮都市ラビュリントスだ。


「不味い!」


 紫色の光が発射される直前に、俺は上空に飛び上がった。そして、背筋が凍る甲高い音ともに発射された光線を受け止める。


「くっ!?」


 なんという攻撃。膨大な魔力と共に呪いが込められている。受け止めた両手から呪いが侵食してくる。右手は水分を吸い取られたかのように干からびて、左腕には火傷のように爛れる。

 必死に抗うが、次から次へと呪詛が送り込まれてくる。今は光線を受け止めることで精一杯だ。

 これが直撃したら、地面も水も空気もありとあらゆるものが呪われて、この辺り一帯は不毛の大地と化すだろう。だから、何とかするしかない!

 虚空を踏みしめるが、威力に押されて吹き飛ばされる。


「う、おぉぉおおおおおおおおおおおお!」


 気合と根性で光線を上空へと跳ね上げる。上空へと飛んで行った光線が弾けた。

 ヤバい! 呪いが広範囲にまき散ってしまう!

 焦ったその時、世界が純白に輝いた。浄化の光が呪いを消し飛ばす。

 俺の傍に降り立ったのは、漆黒の髪の女性。仕方がないわね、と言いたげに俺に向かって手を振った。途端に身体が白く輝き、呪いが消え去る。干からびた右手も、爛れた左手も、その他全て回復した。


「ありがとう、インピュア」

「お礼はまだ早いわよ」


 流石にこの状況じゃツンデレになっている場合じゃないらしい。

 インピュアは、即座に飛び立ち、堕魂ロストに聖属性の攻撃を仕掛ける。

 ふと周りを見渡すと、俺は迷宮都市の真上に居た。

 うわっ、危なかったぁ。少しでも遅かったら、甚大な被害が起きていたはずだ。ガラスや建物に罅が入っているくらいは許して欲しい。

 住民や冒険者たちが真夜中にもかかわらず、戦闘態勢で建物から飛び出してくる。

 彼らでは堕魂ロストに勝てない。俺たちが何とかしなくては。

 近くに、純白の女性が空中に立っていた。迷宮都市と堕魂ロストとの間の空間を歪めている。


「ピュア、ここは頼んだ!」


 返事を聞く前に俺は虚空を蹴って、堕魂ロストに近づいて行く。

 俺が光線を防いでる間に、使い魔たちが攻撃を仕掛けていた。

 シャランシャランと神楽鈴が鳴り、堕魂ロストの周囲に白い狐火が舞っている。そして、空中で舞い踊る九尾の狐の女性。神楽カグラの鎮魂の舞だ。

 熱風が吹き渡り、地面から溶岩が飛び出して、杭となって堕魂ロストを刺し貫く。溶岩を操るのはオレンジ色の髪の巨乳美女、マグリコット。

 宙に煌めく宝石が浮かび上がった。砲弾となって堕魂ロストを撃ち抜く。濃ゆいピンクの髪のカラムの攻撃だ。

 突然、地面が揺れた。ニョキニョキと周囲の樹々が巨大化し、葉を飛ばし、鋭い刃となって斬り裂いていく。地面に立っているのは世界樹のケレナ。

 今度は空が赤く燃えた。隕石のような巨大な炎の塊が堕魂ロストを燃やしていく。空中に浮かんでいるのは深紅の翼を生やしたメイド服の少女。不死鳥の緋彩だ。

 巨大な遠吠えが轟いた。同時に、金と銀の爪撃が飛んでいく。狼の姿になった日蝕狼スコル月蝕狼ハティが次々に攻撃する。

 攻撃を受け、暴れまわる堕魂ロストを強靭な糸で雁字搦めに縛りあげているのはネアだ。自由自在に糸を操っている。

 ここまでやってまだ倒れないのかよ。俺は魔法を発動させる。


「《鎮魂華》」


 白銀の蓮の花が咲き誇り、堕魂ロストの闇を消滅させていく。

 奴は確実に弱っている。動きも鈍い。攻撃は効いている。

 このまま押し切れる、と思った時、俺はあることに気づいた。堕魂ロストの力が膨れ上がっていく。いや、体内で力を溜めている。さっきみたいなビームじゃない。


「自爆するつもりか!?」


 あんなものが自爆したら、半径数キロは吹き飛んでしまう。そして、呪いが広範囲にまき散らかり、最悪の場合、王都まで不毛の大地になってしまうだろう。生物が存在できない死の大地になる。

 一番近い町、迷宮都市は確実に塵一つなく消滅してしまう。

 自爆まで時間がない。くそう! どうする! 空間を隔離するか!? でも、爆発を完全には抑えきれない。

 突然、夜空が輝いた。


『GaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAA !』


 堕魂ロストの咆哮か、と思ったが、すぐにその正体が判明した。

 咆哮と共に夜空に出現したのは、白銀に輝く美しい巨体。白銀の鱗に鋭い爪、頭には角。全長100メートルを超えた巨大な龍だった。

 思わず言葉を失うほど可憐で、優雅で、崇高で威厳に満ち溢れている。感動してしまうほど美しい。


 今ここに、ドラゴニア王国に棲む神龍が降臨した。


 ギロリと龍眼で堕魂ロストを睥睨すると、神龍が尾を振るった。堕魂ロストが上空へと叩き飛ばされる。

 その何気ない一撃だけで衝撃波が放たれ、空気が攪乱されて竜巻が巻き起こる。地面が抉れ、樹々や建物が吹き飛ばされる。

 もう少し力を弱めて欲しいが、多分、手加減してこれだ。

 神龍が大きく口を開いた。口に白銀の光が集まっていく。

 不味い。龍の息吹ドラゴンブレスだ。

 俺は咄嗟に地面に降り、呆然と見上げるアルスやギルドの職員を守るために結界を張る。


『GuuaAAAAAAAAAAAAAAAAAAA !』


 巨大な咆哮と共に放たれた白銀の閃光が、落ちてくるの堕魂ロストを撃ち抜いた。苦し紛れに堕魂ロストも紫色の光線を放ったが、拮抗すらせず、あっさりと白銀の光が勝った。世界が昼のように明るくなる。

 堕魂ロスト龍の息吹ドラゴンブレスに呑み込まれ、跡形もなく消滅しただろう。爆発ではなく消滅なので、呪いが放たれることもない。存在ごと消え去ったはずだ。

 白銀の光が地平線の彼方に消えていく。

 少し遅れて、衝撃波が辺り一帯を薙ぎ払う。先ほどの尾の攻撃以上の被害が巻き起こった。

 堕魂ロストが消滅し、危機が去ったことを確認した神龍は、満足げに咆哮すると、瞬時に姿を消した。

 まるで夢の出来事のよう。でも、辺りに刻み付けられた攻撃の余波の爪跡が、現実のものと告げている。

 いつの間にか、使い魔たちも顕現を解いていた。

 空は、美しい夜空を取り戻していた。

 腰を抜かして地面に座り込んだアルスが、白銀の龍がいた空を呆然と見上げて呟いた。


「あれが……ドラゴニア王国の白銀の神龍」


 龍が嫌いなヴァルヴォッセ帝国出身のアルスの顔には憎しみや嫌悪の表情はなく、感動しているように見えた。

 そのことが、俺には誇らしかった。

 ドラゴニア王国に訪れた未曽有の危機は、王国を守護する龍によって防がれた。






















<シリアスな雰囲気がぶっ壊れます。雰囲気に浸りたい方は、しばらく以下を読むのはお控えください>










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作「さて、今回のゲストはこちら」

赤「アルストリアでーす」

作「よろしくお願いします。まず、前回の話なのですが、アルスさんはシランの正体に気づいているのですか?」

赤「えーっと、もしかしたら……くらいかな。だから、名前は呼んでないでしょ」

作「なるほど。でも、魅了されたときは呼んでましたよね?」

赤「あ、あれは、幻覚だから! 幻覚でシランを見せられてただけだから!」

作「あれは一番気になる異性を幻覚で見せるんですけどね。まあ、次か、次の次くらいにいろいろ判明する予定です」

赤「お楽しみに~! それで、今回なんだけど、シランの使い魔がたくさん登場したよね」

作「しましたね。何名か登場してませんが、相性が悪かったので出しませんでした」

赤「もっと簡単に倒せなかったの?」

作「ぶっちゃけると、シランや何人かの使い魔は単独で討伐できます。しかし、その場合、周囲を吹き飛ばします」

赤「うわぁー。あたしあっさりと死にそう」

作「あっさりと死にますね。迷宮都市も消滅します。使い魔たちは誰が死のうが気にしないのですが、シランが気にするため大きな被害が出ない程度に力を抑えました」

赤「そうなんだぁ。さて、今回はこれくらいで終わり! これから、あたしがシランに堕ちるところをしっかりと見ててね! ……って、作者さん!? シランがあたしに堕ちるんだけど! ねぇ聞いてるー!? ねぇってばぁ~!」

作「……」

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