第181話 提案

 

「おーい。兄ちゃん無事かー?」

「大丈夫かー? 死んでねぇかー?」

「生きてる? 生きてるなら返事しろ―!」


 孤児院のちびっ子たちが、死んだように床に倒れている俺をツンツンと突いてくる。

 俺は死んでいない。ちゃんと生きている。辛うじてだが。

 テイアさんの愛人疑惑や、セレネちゃんに変な言葉を教えたという疑惑は、何とか説明して疑いは晴れた。完全には納得していないようだが、一応無罪になった。

 睨んでくる女性陣が怖いこと。恐ろしかったぁ。死ぬかと思った。実際、それだけで俺は死にかけているし。あぁ……思い出しただけで身体がガクガクと震えてしまう。


「な、何とか生きてる……」


 必死に声を絞り出したら、かすれた声しか出なかった。それほど体力を削られたらしい。

 男は女性に勝てない。世界の真理だな。


「自業自得だぜ、兄ちゃん」

「姉ちゃんたちを怒らせたらダメだろうが」

「ハーレムは男の憧れだけど、兄ちゃんを見てたら嫌になるな。止めとこ」

「これだから男は……。早くソノラお姉ちゃんを貰ってあげてよ」


 俺が動けないのを良いことに、ちびっ子たちが好き放題にツンツンしてくる。別に人差し指で突くのは良いんだよ。楽しそうだし。でも、足の爪先でツンツンしている奴ら! それはダメだろ! あとでお仕置きだ! チョップしてやる!


「大変だったな。お菓子やるから元気出せ!」

「机に用意してるぞー」

「親龍祭で売るクッキー。オレたちも上手になったんだぜ!」

「お兄ちゃん。感想聞かせて」


 おぉー! だから孤児院に甘い香りが漂っているのか。どれどれ。お兄さんが味見をしてあげよう。前回は炭になってたからな。どのくらい成長したかな?

 起き上がろうと力を入れるが、身体が重い。動けない。


「…………あの~? 動けないんですけど? 俺の身体の上から退いてくれない? 一体何人乗ってるんだ?」

「「「 10人以上! 」」」

「多い! だから手足も動かないのか! さっさと退け! あっ、ごめん。退いてください、お願いします。ペチペチ叩かないで!」


 俺の身体をペチペチ叩いたちびっ子たちが、仕方がないなぁ、と言いたげに、ゆっくりと俺の身体から降りた。身体が軽くなって、やっと起き上がることが出来た。


「ウチの子たちが申し訳ございません。皆! 殿下に迷惑かけたらダメでしょ!」


 ソノラがメッと子供たちを叱ってくれる。お姉さんしてるなぁ。出来ればもう少し早く助けて欲しかったです。

 テーブルには、美味しそうなクッキーがお皿に盛られ、ジャスミンやリリアーネたちが美味しそうに食べている。


「あらシラン。遅かったわね。食べないかと思ったわ」

「シラン様、お先してます」

「俺も誘って欲しかったなぁ」

「子供たちとはしゃいで楽しんでたでしょ」


 それはまあ、その通りです。ちびっ子たちと遊んで楽しんでました。

 椅子に座って、クッキーを一齧りする。黄金色に焼けた美味しそうなクッキー。ミルククッキーだ。口の中に甘さが広がる。


「うおっ! 美味しいな。これ、ソノラが作ったというオチではないよな?」

「違いますよー。私じゃありません。ちゃんとこの子たちが作りました」

「やるじゃないか。美味しいぞ!」


 子供たちは得意げだ。どやぁ、と胸を張っている。俺は子供たちの頭をグシグシと撫でてあげる。女の子には優しく、男の子には髪の毛をぐしゃぐしゃに。

 頭撫でんな、と不満げな顔だが、俺にはわかる。照れ隠しだ。だから、俺の手を振り払おうとしない。口元が笑っていて隠せていない。可愛いちびっ子たちだ。

 癒しの天使であるレナちゃんとセレネちゃんが、小さな手でクッキーを掴み、モグモグと食べている。笑顔が可愛すぎて癒される。口の周りに付いたクッキーは、テイアさんが優しく拭ってあげている。流石母親だ。

 クッキーを食べていると、子供たちが俺の身体をよじ登ってくる。だから、なんで!?

 両肩からヒョイッと顔が出てくる。


「なぁなぁ兄ちゃん。なんか物足りなくないか?」

「オレたち食べ飽きた」

「何か良い案ないかー?」


 ふむふむ。売る分にはこれでいいと思うけどな。でも、クッキーが一種類だから、お客さんにはあっさりと飽きられるかも。


「この完成度なら、ちょっと工夫するのは簡単じゃないか? 別の味のクッキーを作ってみるとか、オリジナリティを出せば」

「例えば?」

「例えばって、そうだなぁ。ありふれているけど、簡単にチョコチップを混ぜるとか、ドライフルーツもいいかもな。形を変えるっていう選択肢もある」

「「「 それ採用! 」」」


 びっくりしたぁ。ちびっ子たちが一斉に声を上げてビシッと指さしてきたから驚いた。どうやら、俺の案が採用されたらしい。子供たちが集まって、意見を出し合って相談している。楽しそうで何よりだ。


「ソノラ姉ちゃん、明日暇?」

「明日もお仕事休みだけど……」

「よぉーし! 明日、姉ちゃんに買い出しを頼むな!」

「「「 よろしくー! 」」」

「えぇ……まあ、いいけど」

「んじゃ、兄ちゃんと頼むな!」

「「 えっ? 」」


 えーっと、それはどういう意味だ? 俺とソノラが顔を見合わせる。ちびっ子たちはニヤニヤしている。もしかして、俺とソノラで買い出しに行けと? 王子の俺をこき使うのか? 明日は暇だけどさ、俺にも予定を聞いてくれる?


「兄ちゃんと姉ちゃんのデートだ!」

「デートだデートだ!」

「ヒューヒュー!」

「ゆっくり楽しめー!」

「お兄ちゃん。お姉ちゃんをお願いね。明日は泊まってもいいから。むしろ泊まれ! お泊まりデート!」


 わーわー騒ぐちびっ子たちが、俺とソノラの背中を押して、無理やり密着させてくる。ソノラの慎ましやかな柔らかい胸が押し当てられる。

 至近距離にあるソノラの顔が爆発的に真っ赤になった。


「ふぇぇぇえええええええええええっ!?」


 こうして、ちびっ子たちにより、明日はソノラとのお買い物デートが決定した。

 ジャスミンとリリアーネ? 呆れながらも許可してくれたよ。

 ちょっと睨まれて怖かったですけど!

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