第139話 忠義の騎士

 

 屋敷の中から悲鳴が上がる。

 ウンディーネ公爵家に仕える騎士たちが続々と出てきた。全員武装して殺気を纏っている。

 俺たちを睨むと、剣で斬りかかり、槍で突き刺し、魔法を放ってくる。

 そのすべてを王国の近衛騎士たちが防いで斬り裂いた。そして、瞬く間に相手を昏倒させていく。

 近衛騎士は精鋭の集まりだ。公爵家の騎士だろうが、相手にならない。

 普通の騎士と近衛騎士の間には、超えられない壁がある。

 俺は周囲を近衛騎士たちに任せると、屋敷に向かって歩き始める。

 大勢の騎士たちが屋敷の入り口を守っているが、ランタナが細剣レイピアを構えた。膨大な魔力が溜まっていくのを感じる。

 公爵家の騎士たちもそれを感じ取ったのだろう。顔が青く染まった。

 ランタナは、吹き飛ばす前に、最後の忠告を行う。


「大人しく道をあけてください」

「こ、断る! お前たちは何者だ!? ウンディーネ公爵家だと知っての狼藉か!?」

「もちろん知っているとも。俺はドラゴニア王国第三王子シラン・ドラゴニア。オダマキ・ウンディーネ公爵はご在宅か?」

「ドラゴニア王国の王子!? 一体何故このようなことを!?」


 ざわり、と騎士たちが動揺した。そりゃそうだろう。他国の王子が武装した騎士を引き連れて乗り込んできたのだから。


「何故、か…。それは公爵がご存じのはずだ。今すぐここを通してもらおう」

「ダ、ダメだ!」

「そうか。なら、ランタナ。頼んだ」

「はい! 殺しはしません。吹き飛びなさい」


 目にも止まらぬ速さで、ランタナは細剣レイピアで目の前の空間を一突きした。膨大な魔力と衝撃波が放たれ、鎧を着た騎士たちが簡単に吹き飛んでいく。その衝撃波は、そのまま真っ直ぐ突き進み、屋敷まで到達して、玄関の扉も吹き飛ばした。

 うわぁー。何という豪快な一撃。こういう所は脳筋だなぁ。でも、扉を開ける手間が省けた。

 俺たちは屋敷の中に突入する。

 屋敷に仕える侍女や執事たちが悲鳴を上げて腰を抜かしたり、逃げたりしている。

 俺たちの目的はヒースの救出だ。別に襲ったりしない。すべて無視する。

 玄関ホールには、騎士に囲まれた小太りの中年の女性がいた。ボディラインを強調させたピッタリしたドレスを身に纏い、ゴテゴテした宝石を付けている。右手には豪華なブレスレット。

 オダマキの母で、先代公爵の妻だ。帰宅したばかりで、まだ玄関にいたらしい。

 どうやら腰が抜けて立てないようだ。

 騎士たちが必死に逃がそうとしているが、その先代公爵夫人は触れられたくないみたい。甲高いキンキン声で騎士の手を振り払っている。


「私に触らないでちょうだい!」

「しかしアザミ様!」

「何のためにお前たち騎士がいるの!? 賊を捕らえて…いえ、殺しなさい! 我がウンディーネ公爵家に狼藉を働く愚か者どもを処刑しなさい!」

「お前が何を言っている」


 思わず漏れた俺の声が玄関ホールに響き渡った。アザミという夫人がキッと俺を睨みつけ、指をさす。


「ぶ、無礼者! 他国の王子殿下とあろう者が、我が公爵家に武装して乗り込んでくるなんて! 何をしているのかわかっているのですかっ!?」


 ほうほう。俺のことを覚えていたようだ。


「理由がわからないと? 先代公爵夫人?」

「な、何を……………何故アンタが生きてるの!」


 キンキン声で叫びながら、俺の隣にいたエリカに気づき、憤怒の形相で睨みつけた。

 エリカも夫人のことを赤紫色の瞳で睨みつけている。あまりの怒りで魔力が渦巻き、身体の周囲が光り輝いている。


「エリカ様…」


 隊長であろう四十代くらいの渋い顔の騎士が、エリカをハッと見つめた。周囲の騎士も小さく身動きした。

 敵意はない。懐かしさと後悔が入り混じった顔だ。どうやらエリカが嫁いでいた時、彼女は彼らから慕われていたらしい。


「クセン、二年ぶり…くらいですか」


 エリカが隊長の騎士に話しかけた。騎士たちが全員目を見開いて驚く。


「エリカ様…お声が…!?」

「ええ。先ほど旦那様に治していただきました」


 だ、旦那様!? えっ? えぇっ!?

 今エリカは旦那様って言った!? それってもしかして俺のこと!?

 さっき城で『俺の庇護下にある』とか、『従者にした』とか言ったけど、あれはその場をしのぐために咄嗟に言ったことであって、呼び方を変えなくてもいいんですよ!?

 落ち着け、俺。今は問い詰める時ではない。一刻も早くヒースを助けなければ。


「キンキンうるさいわね! 折角その声が聞こえないようにしたのに! 色が変わるその目も、あぁ~気持ち悪い! 他国の王子殿下に擦り寄って、治してもらったのね。この売女がっ!」


 先代公爵夫人が甲高い声で喚き散らす。

 騎士たちがグッと拳を握る。瞳に怒りの炎が燃える。先代公爵夫人に殴りかかりたいのを必死で我慢しているように見える。


「さっさとあの女を殺しなさい! 早く!」


 夫人が命令するが、騎士たちは一向に動かない。


「命令に従いなさい! 早く殺しなさいよ! この役立たずが!」

「……エリカ様。理由をお聞かせ願えますか?」


 クセンという隊長騎士が、夫人の命令を無視して、エリカに問いかけた。


「単刀直入に言います。そのデブとマザコン息子が姫様を、ヒース第二皇女殿下を誘拐しました」


 騎士たちがどよめいた。顔を真っ青にする。

 よかった。騎士たちはまともみたいだ。


「ま、まさかっ!? あの大きな箱の中に!?」


 どうやら、ヒースを箱の中に詰めて運んだようだ。彼らは、オダマキの部屋があるだろう二階を振り返る。


「それだけではありません。旦那様の使い魔も一緒に攫いました」


 それを聞いて、騎士たちの顔が青を通り越して真っ白になった。どれだけのことをこの親子がしでかしたのか理解したらしい。


「クセン。私たちの邪魔をしないでください」

「………」


 クセンという隊長騎士が悩み、そして無言で片手をあげ、他の騎士たちに合図をする。王国の近衛騎士が警戒するが、それは杞憂に終わった。公爵家の騎士たちが武器を下ろしたからだ。


「坊ちゃまは寝室です。場所は変わっていません」

「感謝します」


 エリカは玄関ホールの階段を駆け上る。俺やランタナ達もその後に続く。

 背後をチラリと振り返ると、クセンたちは、先代公爵夫人を取り囲んでいた。

 階段を上りながら、俺にしか見えていない背後の女性三人に向かって念話で告げた。


『ほどほどにな。殺すなよ』

『ほーい!』

『誰に言ってるのよ』

『任せてくだサイ!』


 白髪の女性が一人と黒髪の女性二人。

 先代公爵夫人は彼女たちに任せて、俺はオダマキの寝室へと向かう。

 そして、背後からクセンという騎士の大声が轟いた。


『公爵家の騎士たちよ! 全員武装を解除しろ! 武器を下ろし、戦闘を止めるのだ!』




 ▼▼▼



 玄関ホール。喚き散らすアザミを、クセンたち古株の騎士たちが囲んでいる。


「どうして私の命令を聞かないの!? 誰か!? こいつらを殺しなさい!」


 誰一人命令を聞かない。建物の外で戦闘をしていた騎士たちが建物の中になだれ込んでくるが、玄関ホールの状況を理解できず戸惑っている。


「アザミ様とオダマキ坊ちゃまは大罪を犯した。皇族に弓を引いた。今から武器を握った者はその罪に加担したものとみなす!」


 騎士たちが顔を青ざめ、一斉に剣帯を外して武器を地面に落とした。


「私たちが何をしたっていうのよ! 公爵家のためを思って、オーディのためを思って皇女殿下との縁を結んだのよ! 既成事実を作ってしまえば、例え皇王陛下と言えど、何も言えないわ!」


 心の底から述べるアザミを、クセンが憐みを込めて上から見下ろす。


「アザミ様…何故貴女様はそんなに変わってしまわれた? 聡明で、社交界の華と呼ばれ、女性の憧れの的だった貴女様が何故!? オダマキ坊ちゃまも昔は…」


 クセンの言葉には、深い悲しみと、彼らを止められなかった後悔が滲んでいた。彼はもう三十年以上公爵家に仕えていた。先代公爵やアザミとも年齢が近く、特に先代公爵とは幼馴染のような関係だった。

 誰よりも長く仕えてきたからこそ、今回の出来事が許せない。彼も最近のオダマキやアザミの横暴には気付いていた。でも、いつか気づいて改心してくれると思っていたのだ。だが、彼の願いは届かなかった。


「オーディの悪口を言わないで! それに、私は私よ!」


 唾をまき散らしながら怒鳴るアザミ。クセンは一瞬悲しそうに目を瞑ると、部下たちに命じてアザミを拘束する。

 目を瞑った時に思い出したのは、変わってしまう前のアザミと小さい頃のオダマキの笑顔だった。



▼▼▼



 アザミが拘束されようとする瞬間、彼女以外の世界が凍り付いた。世界から切り離され、周囲が闇に包まれる。


「な、なに!?」

「何ってお仕置きだよー」


 闇の中にメイド服を着た純白の女性が現れた。人化したシランの使い魔のピュアだ。


「すごい魔法デスネ。時間と空間を隔離するナンテ…」


 夜のように漆黒の髪と黒曜石オブシディアンの瞳を持った美少女ニュクスが、感心して空間を眺める。


「これくらい貴女も出来るようになるわ」


 もう一人、メイド服を着た漆黒の女性も姿を現す。インピュアだ。

 三人の女性がアザミを睨む。アザミも彼女たちを睨み返す。


「ぶ、無礼者! 今すぐ私を解放しなさい!」

「嫌でーす! あんたのバカ息子に『俺のものだ!』って言われて、私とインピュアはキレてるの」

「まあ、おかげで可愛がってもらったから、そこは感謝してるけど。本当に私たちのことが好きすぎるんだから」

「インピュア嬉しそー!」

「うっさい! ピュアも喜んでたじゃない!」

「うん。嬉しかったー」


 今回は喧嘩が起こることなく、双子の姉妹は濃密な殺気を纏ってアザミに片手を向けた。


「ここは時間と空間を隔離した無限の牢獄。永遠のお仕置き部屋」

「大丈夫。死ぬことはないわ。私が心も体も全部治すから」

「うわァー。先輩たちが怒ってマス。死よりも恐ろしいことになりそうデスネ。女帝エンペラスリッチのワタシが言うので間違いありまセン」


 ピュアから漆黒の光が、インピュアから純白の光が、ニュクスから濃密な死の闇が溢れ出す。

 誰にも認識されない闇の空間。時間と空間が切り離された牢獄。

 一人の中年女性の絶叫が、響き渡った。

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