第136話 朱に染まる妖精


 あぁ…コメント欄が荒れそうだなぁ…。(by作者)


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 勢いよくドアが開いた。そこには、息を荒げ、赤紫色の瞳を激しく燃やしたメイドが立っていた。ヒースの専属メイドのエリカだ。

 シランを案内していたエリカは、ウンディーネ親子が押し掛けてきたことを聞き、ここまで全力疾走してきたのだ。

 身体に白い光を纏いながら、ウンディーネ親子を睨んでいる。


「エ、エリカ~!」


 オダマキに密着され、恐怖で顔を真っ青にしたヒースが、涙をポロポロと流しながらエリカに手を伸ばす。エリカの顔が憤怒で染まった。


(姫様から離れなさい!)


 両手を親子に向け、手のひらに光が集まっていく。光の魔法だ。親子を魔法で吹き飛ばすつもりなのだ。ヒースにもあたる可能性があるが、そこは我慢してもらうしかない。一刻も早く助けるにはこれしかない。

 しかし、エリカが魔法を放つ直前、オダマキが何かを取り出して、ヒースの喉元に突き付けた。

 ヒースは喉に冷たくて硬い感触を感じた。チクッと痛みが走り、一筋の血が流れる。


「おっと。エリカ、それを止めろ」


 オダマキはヒースに剣を首に押し当て、エリカを脅す。唇を噛みしめたエリカは、悔しそうに魔法を霧散させ、手を下ろした。


(……アイテムボックス)


 苦々しく心の中で呟き、エリカはオダマキを睨んだ。

 彼が持っていたのはアイテムボックス。見た目以上に物を入れることが出来る超高価な魔道具だ。そこから剣を取り出したらしい。

 皇族の前でアイテムボックスを持ち歩くことや、剣を向けることは大罪だ。死刑に値する。でも、ヒースを人質に取られているからエリカは何もできない。


「俺とヒースの愛は誰にも止められないんだ! 邪魔をしないでくれ! 例え、昔愛し合ったエリカでも俺は容赦しないぞ! それとも、嫉妬かい?」


 ブチッと何かが切れ、赤紫色の瞳を激しく燃やしたエリカは、サッと片手をアザミに向ける。瞬時に魔法が放たれ、アザミが吹き飛ばされる。が、パリーン、とガラスが割れるような音が響き、指につけていた指輪の一つが砕け散った。どうやら護符の類だったらしい。


「ママ!」


 オダマキの視線が尻もちをついたアザミに移った。その隙に、エリカは囚われたヒースに向かって走り出す。ヒースも、オダマキの手を噛み、腕から抜け出して、エリカに必死に手を伸ばす。


 ザシュッ!


 水っぽい何かが斬り裂かれる音がした。ヒースの顔や体に熱い液体が降りかかる。

 鉄錆の匂いがする液体だ。色は赤い。血だ。

 ヒースは目の前の出来事がわからない。自分に何が起こっているのかわからない。何も理解できない。脳が状況を受け付けない。

 ただ呆然と、肉体を斬り裂かれて真っ赤な鮮血が噴き出しているエリカを眺めることしかできない。

 エリカの身体がゆっくりと崩れ落ちた。


「よくもママと公爵である俺を殺そうとしたな! これは重罪だぞ! エリカがいけないんだ! これは正当防衛だ!」


 固まるヒースの耳元で自分に言い聞かせるオダマキの声が聞こえた。狂気を孕んだ響きがする。

 オダマキは剣を振って、付着したエリカの血を吹き飛ばす。

 彼は、逃げようとしたヒースの白髪を掴んで引き寄せると、剣を持った右手を振り下ろし、エリカの身体を斜めに斬り裂いたのだ。彼女の身体は、右肩から左わき腹にかけて一直線に、深い傷跡が残されていた。そこから大量の真っ赤な鮮血が流れ出している。


「エ、エリカ…?」


 大量の血だまりの中で弱々しく動くエリカを見て、ヒースは膝から崩れ落ちた。


「ママ! 大丈夫!?」

「え、ええ。大丈夫よ」


 そんな彼女たちの様子は気にせず、オダマキは母のアザミに駆け寄った。尻もちをついて倒れただけで怪我はしていない。息子の手を借りて立ちあがったアザミは、床に倒れ伏すエリカをキッと睨みつける。そして、足を振り上げた。


「私に、魔法を、放って、殺そうと、するなんて、身の程を、知りなさい!」


 言葉と言葉の間に、アザミはエリカの身体を踏みつける。靴が鮮血で汚れることも気にせず、太い脚で何度も何度も踏みつける。エリカの口から、無言のうめき声と大量の血塊が吐き出された。


「あれだけ可愛がってあげたのに、その恩もないのっ!?」


 血だらけで倒れ伏すエリカの身体を蹴り上げた。エリカの細い身体がゴロゴロと転がり、壁に叩きつけられて止まる。

 致命傷を負っているはずなのに、エリカは身体に力を入れて、ゆっくりと起き上がる。赤紫色の瞳を燃やし、必死で這いながら、呆然と泣きながら見つめるヒースに口パクで訴える。


『逃げて! 逃げなさい!』


 しかし、ヒースは動けない。立てない。腰が抜けて脚に力が入らない。


「オーディ。さっさとヒース皇女殿下を連れて行きましょう。その恩知らずは放っておいていいわ。どうせ死ぬのだから」

「わかったよ、ママ。ほら行くぞ」


 オダマキは母の言うことを聞き、ヒースの腕を無理やり掴んで引っ張り上げる。『死ぬ』と言う言葉を聞いて、やっとヒースは現実を理解して我に返った。エリカの傍に行こうと暴れ出す。


「嫌ぁ! エリカ! エリカ! 嫌! 離して! 死んじゃう! エリカが死んじゃうからぁ! 離してよ!」


 暴れて泣き叫びながら、必死にエリカに手を伸ばす。エリカは咳き込んで血を吐き出しながら、真っ赤に染まった手を伸ばして、懸命に立ち上がろうとする。歯を食いしばるが、力が抜け、バシャッと血だまりに沈んだ。


「うるさい!」

「離して! エリカ! エリカ! お姉ちゃぁぁあああん!」

「だからうるさい!」

「ぐっ!」


 オダマキがヒースのお腹を殴りつけた。拳が鳩尾にめり込み、肺の空気が押し出され、意識が飛ぶ。ぐったりと気絶したヒースを肩に担いで、ウンディーネ親子が部屋から出て行く。血だまりに沈むエリカのことなど一瞥もしなかった。

 エリカは、オダマキの肩の上で脱力するヒースに向けて必死に手を伸ばす。


(ヒースッ!)


 声を出せないエリカの悲痛な叫びは誰にも聞こえず、身体から力が抜けて崩れ落ち、血だまりの鮮血がバシャッと跳ねた。

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