第82話 混浴

 

 俺が今滞在しているローザの街は温泉で有名だ。

 王家が所有する屋敷のお風呂は当然温泉だ。

 お風呂はとても大きい。大浴場。沢山の人と一緒にお風呂に入ることができる。

 俺もお年頃の男だ。温泉で連想するのはやはり混浴だろ! 混浴するためにこのローザの街に来たと言っても過言ではない!

 というわけで、お風呂に突撃しまーす。

 まあ、実際は使い魔たちや婚約者であるジャスミンとリリアーネの許可は取っているんだけどね。使い魔たちは大賛成で、ジャスミンとリリアーネも恥ずかしそうにしながらも許してくれた。

 一緒に夜の散歩に出かけていたピュアとインピュアの二人と、俺を待っていたハイドと一緒にお風呂に入る。

 お互いに洗いっこして、汗や汚れを流す。

 どうやらみんなは露天風呂のほうにいるらしい。俺たちも露天風呂のほうに向かう。

 露天風呂を見て、俺は思わず感嘆の声が漏れた。


「おぉ!」


 景色までデザインされた露天風呂は、夜になるとライトアップされる。とても幻想的な光景だ。

 その景色の中に浮かび上がるお湯に浸かった美しい裸の女性たち。実に絵になる。

 若干名、景色に合わないことをしているが。

 俺は脳をフル稼働させ、思考を高速化し、細部に至るまで観察して記憶する。


 女性陣の中でひときわ目立っているのが使い魔のソラだ。神が造形したと言われても納得する程の美貌と黄金比のプロポーション。左右対称の美しい身体だ。白銀の髪を湿らせ、肌に雫が伝う。感動さえ覚える姿で微笑んでいる。


 その横では、黄金の狼の耳を生やした美女がうつらうつらと舟をこぎ、それを白銀の狼の耳を生やした美女が支えている。日蝕狼スコル月蝕狼ハティだ。夜の時間になったから、スコルが眠くなって、ハティが元気になったようだ。


 露天風呂の縁には、九尾の狐の獣人の神楽カグラが涼んでいて、月を眺めながらお猪口を傾けている。モフモフの尻尾が誘うようにユラユラと揺れている。月が似合う美女だ。


 神楽カグラに襲い掛かってセクハラを仕掛けているのが、赤と黒のメッシュ柄の髪のネアだ。女性にセクハラをするのが趣味であり、神楽カグラにダイブしたが、尻尾で軽く叩かれ、ジャボーンと水飛沫をあげてお湯に突っ込んでいった。


 広い露天風呂の中を赤い髪の少女が行儀悪く泳いでいる。不死鳥の緋彩ヒイロだ。足をバタバタさせながらお湯を飛ばしている。マナーが悪いから、あとでお説教だな。


 端のほうでは巨乳の美女が三人集まって談笑していた。身内しかいないため、肌が葉緑素の黄緑色で髪が葉っぱになったドМの世界樹ケレナと、牛の角が生えた溶岩のようなオレンジ色の髪の溶岩牛マグマ・カウマグリコットと、少し紫がかったピンク色の宝石で出来た山羊の角を持つ宝石山羊ジュエル・ゴートカラムの三人だ。


 ちなみに、カラムは緋色の翠玉レッドベリルという宝石の宝石山羊ジュエル・ゴートだ。赤いエメラルドとも呼ばれ、超希少な宝石だ。緋色の翠玉レッドベリル宝石山羊ジュエル・ゴートは過去にも未来にもカラム一人だけだろう。


 我が婚約者のジャスミンとリリアーネは、紫色の髪の幼女ビュティとお喋りしていた。話の内容から、美容品の効果についてビュティが質問しているらしい。

 最近、二人がますます綺麗になって、俺の心が大変なことになっております。ビュティさん、ありがとう。


 もうこの光景を見ただけで、俺は満足だ。一生忘れない。

 ローザの街に来てよかった…。


「よっしゃー! 私も入る―! 行こっインピュア!」

「えっ! ちょっとピュア! きゃっ!?」


 純白の美女のピュアが漆黒の美女のインピュアの腕を掴んで、温泉の中に飛び込んだ。双子が飛び込んだことでザブーンと盛大な水飛沫が上がる。俺にまでお湯がかかった。

 露天風呂にやってきた俺たちに気づいていなかった女性たちが、今の飛び込みによって気づく。


「ご主人様、ハイドちゃん、やっほー!」


 泳いでいた緋彩が笑顔で手を振ってくる。他の女性たちも笑顔で迎え入れてくれる。

 婚約者のジャスミンとリリアーネも俺たちに気づき……突然悲鳴を上げた。


「「きゃー!」」

「ど、どうしたんだ!?」


 すぐに警戒するが、周りにおかしな点はない。覗きの気配もない。

 一体何があったんだ!? どうして悲鳴を上げた!?

 手で身体を隠す二人。お湯が透明なのであまり意味はない。


「な、なんでハイドがいるのよ!」

「男性ですよね!?」


 俺は隣に立つハイドと顔を見合わせ、ポンっと手を打って納得した。

 タオルを巻いた初老の執事の姿のハイドを見て、二人は悲鳴を上げたのか。なるほどなるほど。


「あれっ? 二人に言ってなかったっけ? ハイドのこの姿はニセモノだぞ。ただの影法師。本当は可愛い女の子」

「「ふぇっ!?」」

「お嬢様方申し訳ございません。この姿は仮初でございます」


 ハイドが礼儀正しく二人に向かって一礼する。

 ジャスミンとリリアーネがキョトンと固まった。


「ハイド。お風呂くらい普通に入ったらどうだ?」

「嫌でございます。明るいところは嫌いなのです」

「無理やり引きずり出そうか?」

「断固拒否します」


 ダンディでかっこいい笑顔でハイドが即座に拒否する。

 超絶引きこもりのハイドは、絶対に外に出たくないらしい。

 夜なのに明るいってどういうことだよ。

 ハイドらしいと言えばハイドらしいけどさ。呆れ果ててしまう。


「じゃあ、せめて女性になってくれ」

「かしこまりました」


 初老の男性の姿から、初老の女性の姿になるハイド。


「………何故おばあちゃん?」

「おやっ? ご主人様のストライクゾーンの範囲内だと思いまして」

「流石に範囲外だよ! ほら! ジャスミンとリリアーネが誤解してるから! 変なことを言うやつは引きずり出してやる!」


 俺は自分の影に手をドプンと突っ込む。ハイドはいつも俺の影の中に潜んでいるのだ。

 濃密でドロッとした真っ暗な影の中を手探りで探す。

 くっ! なかなか見つからない。どこにいる?

 いたっ!? 小さな手で叩かれた。いてっ!? 今度は噛まれた。

 慌てて手を引っこ抜くと、手にはっきりと赤い歯形がついていた。

 横にいるハイドを恨みがましく睨む。


「ハ~イ~ド~?」

「影法師の私に言われても困ります」

「操ってるのはハイドだろうが!」

「何のことでしょうか? 無理やり迫ったご主人様が悪いと思いますが」


 そ、そう言われたら何も言えないじゃないか。確かに、無理やり引きずり出そうとしたのは俺だ。俺が悪い。

 露天風呂だから、外の涼しい風が吹く。


「ハクシュン! うぅ…寒い」


 くしゃみが出た。寒くなって身体がブルッと震える。


「このままだと風邪をひいてしまいますよ。温泉で体を温めましょう」

「そうだな。折角の混浴だ! 楽しまなければ!」


 俺はハイドと共に温かい温泉に浸かる。

 ふぅ~。温かくて気持ちいい。そして眼福だ。

 俺は温泉のマナーを守りつつ、混浴をじっくりと楽しむのであった。

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