第68話 お風呂での語らい
今朝、王城から手紙が来た。
差出人は俺の実の母親のディセントラ第三王妃。
手紙の相手は息子の俺ではなく、婚約者になったジャスミンとリリアーネだった。
内容は、お茶会に来て、ということだった。
母上! いつもいつも突然過ぎです! もう少し早く連絡してくださいよ! 二人の今日の用事はありませんけど!
というわけで、ジャスミンとリリアーネは王城へと赴き、何故か呼ばれていない俺も二人に腕を掴まれ連れて行かれた。
ジャスミン曰く、目を離すと何をするかわからないから、らしい。
リリアーネも同意するように頷いていた。
そんなに俺は信頼ないの? ちょっと心が傷ついたのは秘密だ。
ジャスミンとリリアーネは心配そうな顔をしてお茶会という女子会に行き、一人残された俺は王城の自分の部屋でのんびりと過ごしている。
ふぅ。お茶とお菓子が美味しい。
暇だから異母弟で俺の唯一の年下であるアーサーでも揶揄いに行こうかなと思った丁度その時、部屋のドアがバッターンと勢いよく開かれた。
誰もが扉のほうを振り向く。
「シランはいるかっ!? 城に来ていると聞いたぞ!」
扉を力任せに開けたのは、鋭い瞳の男性だった。俺の父上でありドラゴニア王国の国王ユリウス・ドラゴニアだ。
普段は威厳を覇気を身に纏っているが、今は何故か残念臭しか感じられない。
部屋の中でくつろぐ俺を鋭い瞳で捉え、白い歯を輝かせ、無駄にいい声で軽やかに告げた。
「我が息子よ! 風呂入ろうぜ!」
「お断りしまーす」
「即答で拒否っ!?」
ガビーンと擬音を幻視するくらいはっきりとショックを受ける父上。
断られるとは思っていなかったらしい。顔に、えっ!? なんで断ったの!?、と書かれている。
俺が無視していると、中年オヤジが瞳を潤ませながら媚を売ってきた。
「シランくぅ~ん! 一緒にお風呂入りましょう? お願い?」
うわぁ…キモイ。控えめに言っても気持ち悪い。女性なら許せるけど、なんで中年オヤジの、それも実の父親の上目遣いを見なくちゃけないんだよ。とても気持ちが悪いです。
「なっ? いいだろ?」
「………」
「何その蔑みの冷たい視線!? 息子が酷い!」
「はぁ…わかりました。入ればいいんでしょ入れば!」
「よっしゃ!」
父上は子供離れができていないダメダメな父親だ。息子とお風呂に入って裸で語り合いたいらしい。
国王としては尊敬するんだけどなぁ。何故父親となるとこんなにダメダメになるのだろう? 不思議だ。
成長した俺たちはほとんど父上を相手にしない。アーサーでさえお風呂に入るのを拒否する。
仕方なく付き合うのは俺くらいだ。
お風呂中は誰も近寄らないため、内緒話にはもってこいだ。
父上に肩を組まれながら城の大浴場へと移動し、パパっと服を脱いでお湯に浸かる。
やんわりとお湯が体を温めてくれる。とても気持ちいい。
「いやぁ~! お湯が気持ちいいなぁ。そう思わないか?」
「そうですね、陛下」
「こんな時間からお風呂とは、実に贅沢ですなぁ」
浴室の中に生真面目そうな声と、低くて渋い声が響き渡った。
今の声は俺ではない。この国の宰相のリシュリュー・エスパーダ侯爵と近衛騎士団団長のレペンス・ダリア侯爵の声だ。宰相はお風呂でもメガネをつけ、レペンス騎士団長は筋肉をアピールしている。
俺が父上とお風呂に入る時はこの二人が必ずついて来る。お目付け役と護衛だ。
何故暑苦しい中年のおっさん三人とお風呂に入らないといけないんだろう? 虐めか? 罰か? 拷問か!?
筋骨隆々のガチムチの国王と近衛騎士団長と、細マッチョのメガネをかけた宰相が気持ちよさそうにお湯に身をゆだねている。
「で? 我が息子よ。報告は?」
「そうですね。貴族派はこの間の一件で大人しくしています。目立った動きはありません。国民は親龍祭の準備で忙しそうですね。盛り上がり始めていますが、テロの計画もあります。全て潰していますけど。他国も静かですね。今年も隣国の要人を招待するんですか?」
「もちろん! 国の威厳に関わるからな!」
「………警備頑張りまーす…」
毎年毎年面倒なんだよね。特に他国の要人の警護とか接待とか疲れる!
今年も忙しくなりそうだなぁ。はぁ~嫌だ嫌だ。
純粋に祭りを楽しみたい。今年はソノラがコンテストに出るみたいだし…。
「そっちの報告はわかった。だが、シラン。もっと報告すべきことがあるだろう?」
「えっ? 何かありましたっけ?」
そんなに大切なことあったっけ、と首をかしげていると、汗で濡れた逞しい身体の父上が俺の肩を組んできた。非常に暑苦しい。
「新しい婚約者二人との生活はどうなんだ? 楽しんでるか?」
あぁー。そっちか。今日はそっちを聞きたかったのか。その為のお風呂か。
うわぁー。父上のニヤニヤ顔がうざい。とてもうざい。あり得ないくらいうざい。殴っていい?
「おかげさまで毎日楽しいですよ!」
「それは良かった! いろいろと策を張り巡らせた甲斐があった!」
俺の『何してくれたんじゃゴラァ!』という皮肉は父上に伝わらなかったらしい。父上は機嫌良さそうに大声で笑っている。
まあ、父上のおかげで可愛らしい女性二人と浅からぬ関係になれたので感謝はしていますけど。毎日毎日二人が可愛すぎ。父上が強引な手段を用いらなければ、俺は二人を避けていたかもしれない。そこは感謝しよう。
でも、暑苦しいから離れてくれませんかね?
「くっくっく! 殿下が珍しく陛下の策に嵌りましたね」
「あまりに上手くいきすぎて、言葉をなくしましたぞ」
リシュリュー宰相とレペンス騎士団長が肩を震わせて笑っている。本当に楽しそうだ。
俺はちょっと拗ねる。
「使い魔たちがジャスミンとリリアーネの味方になって俺に教えてくれなかったんです。朝起きたら二人が家に馴染んでて、使い魔たちと楽しそうに喋っていた時は驚きましたよ。もうその時点で諦めました。まさか家に泊まるだなんて、そんな大胆なことをするとは思ってませんでした……」
裸の父上が得意げに胸を張って宰相と騎士団長に向かってドヤ顔をする。
「なっ? 言っただろ? 意外とこういう作戦の方が良いって!」
「私は考え過ぎていたようです。反省します」
「シラン殿下! 私は何も言っていませんからね! なにも知りませんぞ!」
流石いつも国王を警護している近衛騎士団の団長だな。勘が鋭い。
裏切者、みたいな顔で近衛騎士団長を見た父上と宰相は、瞳に暗い炎を燃やす俺に気づいたようだ。顔を真っ青にして身体を震わせながら、自分の股の辺りを手で押さえている。
二人の股は俺が復讐したため、一度つるっつるに脱毛されてしまったのだ。さっきチラッと見えたけど、生えてきたばっかりのようだった。
俺は暗い笑みを浮かべる。
「ふっふっふ…。今度何か企んだら『インポッシブル』という名前の薬を飲ませてあげます」
「シ、シラン…!? わ、我が息子よ! なんだその背筋の凍る名前の薬は!?」
「ま、まさか、効果は…」
「で、殿下…!?」
ニコッと微笑むと、中年のおっさん三人が顔を青から白にして、ガクガクと震え始めた。
本当に何かあったら、手が滑って薬が三人の口の中にポーンっと飛んでいきそうだなぁ。偶然って怖いよねぇ。でも、あり得るんだよねぇ。
これくらい脅せば、しばらくの間は大人しくしているだろう。
俺はおっさん三人とお風呂に入ったまま、その後も他愛もない話だったり、女人禁制の男だけの会話を続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます