第32話 痴漢

 

 王都の街にやってきた俺とジャスミンとリリアーネ嬢。

 街はいつも通り人が大勢でにぎわっている。

 俺はいつも通りの格好だが、二人は平民の町娘の格好をしている。

 周りの認識を阻害する魔道具のメガネをかけているが、それでも二人の美貌が抑えられていない。

 美女を二人も連れて歩く俺に注目が集まる。

 まだまだメガネの改良が必要だ。

 ジャスミンもリリアーネ嬢も瞳を輝かせてとても楽しそうだ。

 キョロキョロと辺りを見渡している。


「二人とも俺から離れるなよ」

「はい!」

「わかってるわよ!」


 リリアーネ嬢は無意識に、ジャスミンは恥ずかしそうにしながらも覚悟を決めて俺の腕や手を握ろうとする。

 でも、俺はスゥっと避ける。

 手が空を切ったリリアーネ嬢は首をかしげ、ジャスミンはショックを受けて悲しそうだ。


「シラン……やっぱり私じゃ……」


 いやいや。ジャスミンと手を繋ぐのは嫌ってわけじゃないんだよ?

 ちょっと手を握れない理由があるんだよっと!

 俺はジャスミンとリリアーネ嬢のお尻に伸びていた手を掴んで捻り上げる。


「うぎゃぁぁああああああああああ!」

イテェ! いたたたたたたた! 離してくれ!」


 街の中に響き渡る男性二名の苦痛の叫び声。

 お尻を触られて痴漢されようとしたジャスミンとリリアーネ嬢は、綺麗な目をパチクリとさせる。


「シ、シラン様何事ですか!?」

「んっ? 二人のお尻を触ろうとした痴漢野郎を捕まえました。街中ではこういったことが多いから気をつけて」

「じゃ、じゃあ、今シランが私を避けたのは……」

「痴漢に二人を触らせるわけにはいかなかったからな。説明する時間もなかったし」


 俺は痴漢二名の腕に激痛が走るように捻る。

 痴漢はあまりの痛さに悲鳴も上げられない。

 ジャスミンはホッと安堵し、俺に拒絶されたわけじゃないと知って嬉しそうだ。

 俺は腕を離し、涙目の痴漢たちをじっと見る。

 痴漢たちは俺に気づいたらしい。顔を真っ青にする。


「やあ、君たち。俺の連れている女に手を出そうとするとは良い度胸じゃないか」

「俺の…」

「女…」


 あの~? ジャスミンさん? リリアーネさん? 俺の女と都合よく間の言葉を抜かないでくれません? ちゃんと『俺の連れている女』と言いましたよ。

 だから、嬉しそうに頬を染めてクネクネしないでください! 可愛いから!

 俺は二人から何とか目を逸らして、ガタガタと恐怖で震える痴漢を見下ろす。


「運が良かったな。今すぐ謝罪するなら許してやる」

「「申し訳ございませんでしたぁー!」」

「はぁ…二度とするなよ。ほら、行け」


 痴漢二名は痛む腕を押さえながら、そそくさと逃げていった。

 痴漢を見送ったら、納得がいかなそうな顔をした美女が二名いた。


「シラン…なんで痴漢を逃がしたの?」

「納得がいきません! 立派な犯罪ですよ!」

「まあ、未遂だったし、警備隊に突き出したら事情聴取で時間取られるぞ?」

「シラン、ナイス判断!」

「時間は有限ですからね!」


 あっさりと手のひら返しをするジャスミンとリリアーネ嬢。

 何という切り替えの速さ……尊敬します。

 俺たちは街の中を歩き始める。

 痴漢の二人を思い出しながら、俺はボソッと呟く。


「それに…あの二人は超幸運だったから、逃がしてやりたいなって……」

「痴漢が超幸運?」

「一体どういうことですか?」


 俺の呟きを聞いていたジャスミンとリリアーネ嬢が問いかけてくる。

 俺は深く頷く。


「二人は優しいから何もしなかったけど、いつも俺が連れ歩く女性たちは問答無用で即ぶっ飛ばすからな。俺以外の男に触れられたくないらしい。触ろうとするものなら手だけじゃなくて脚まで切断されたり、燃やされたり、ぶん殴られて全身の骨が砕けたり、呪いをかけられたり、精神が崩壊したりする。いつも止める俺は大変なんだよ…止める間もなく手を出すから……」


 夜遊び王子である俺が連れている女性に手を出すことは、この街では禁忌とされている。

 あはは…何度後始末をしたことか…。

 もちろん俺も俺の女性を触られたくないぞ。

 ぶっ飛ばしたい気持ちはわかるんだが、せめて周りに被害が出ないようにして欲しい…。

 心の底からの切実な願いだ。

 それに対して、ジャスミンとリリアーネ嬢は優しくてよかった…。


「もしあの痴漢が私を触ったら問答無用で両手足を斬り裂き、ダルマにしてやってたけど…」

「私は眉間と喉と心臓を突き刺していました」


 あ、あれっ?

 町娘に扮したジャスミンとリリアーネ嬢の手に、いつの間にか握られているキラリと輝く短剣。

 目が本気マジだ。綺麗な紫色の瞳と青の瞳が本気だと訴えている。

 二人は貴族の、それも超武闘派の公爵家のご令嬢だから貞操観念は高いだろうけど………何故俺の周りの女性たちはこんな女性ばかりなんだ!?

 誰か! どこかに優しくて俺を癒してくれる女性はいませんかぁー!?

 おっ? そう言えば、一人だけ心当たりがある。

 お昼にでもその女性のところに癒されに行こうっと!

 二人にも紹介したいお店に勤めているし!

 俺はお昼の予定を立てて、二人をエスコートし始めるのだった。

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