第23話 手紙 (改稿済み)
広い庭園に集まる貴族の令息令嬢たち。派閥ごとに仲良く集まって優雅に団欒している。
俺は一人で彼らの様子をぼけーっと眺める。
着飾った彼らと咲き誇った草花のコントラストが美しい。
人が集まることを前提とした庭園だ。人がこうして集まることで庭園そのものの美しさが更に引き立つ。
ここの庭師はとても優秀だな。
「お隣に座ってもよろしいでしょうか?」
「んっ? ああ、もちろんどう……ぞ?」
「ありがとうございます」
ニッコリと微笑んで隣の椅子に腰を掛けたのは金髪紫眼の女性だった。
彼女がその場にいるだけで空間が華やかに輝く。それほどの美貌の持ち主。
この場で遭遇するとは思っても見ない相手で、思わず口がポカーンと開いてしまう。
「何故ここにいるんだ、ジャスミン!?」
近衛騎士団の騎士服ではなく、貴族令嬢として美しく着飾った《
少し得意げ。ドッキリ大成功と言いたげだ。
「何故って私も招待されたからよ。このヴェリタス公爵家のお茶会にね」
そう。現在俺たちがいるのはヴェリタス公爵家の王都の屋敷である。
俺も参加することになったのだが、まさかジャスミンまで招待されていたとは……。
グロリア家とヴェリタス家は両家共に武闘派であり、良好な関係でもあるから招待状を出すのは不思議ではない。
どうして俺はこの可能性を失念していたのだろう。
「どこかの誰かさんが逃げ出さないようにっていう理由もあるけどね!」
「は、はは。そ、それは誰だろうね……?」
「アンタよアンタ!」
ジャスミンのじっとりと濡れたジト目が突き刺さる。俺は思わず目を逸らした。
滅多にお茶会に参加しない《
彼女は人気者だ。
「隊長をはじめとする近衛騎士団も来ているわよ。周囲を警戒しているわ」
「うげっ!?」
「護衛を付けなさいって何度言えばわかるのかしら。今日は逃がさないわよ」
ニッコリ笑顔だが、ジャスミンの眼が笑っていない。
近くで護衛するためにグロリア家の令嬢としてこのお茶会に参加したな!?
「それと、はいこれ」
「なんだこれ?」
ジャスミンは胸の谷間から何かを取り出した。一枚の丸められた紙だ。
おいおい。
紙の生温かさがリアルで生々しいだろうが……。
開いてみると、それは国王のサインと王印がされている正式な書類だった。
「えーっと、なになに? 我が息子シランへの同行許可証!? シランがいる場所はどこにでもついて行くことができる!? 何だコレ!?」
「国王陛下を脅は……可愛らしくおねだりしたらすぐに書いてくれたわよ」
ジャスミンさん。今、脅迫って言いかけませんでしたか? 貴女は国王陛下を脅迫したんですか? そうですかそうですか。やりますね。
俺は紙をビリビリに破ろうとしたけど、それを察知したジャスミンはスッと奪い取り胸の谷間に仕舞い込んでしまった。そして、さらに別の紙を取り出す。
「はい。もう一通」
「父上から? ふむふむ。『メンゴ! PS.ガンバ!』………これだけか。ふむ、あの性癖破綻者め! いい度胸だな!?」
ふっふっふ。父上は戦争がお望みか。姉上たちの下着にまで手を出していることを暴露してやろう。父上は更に嫌われるだろうなぁ。でも、仕方がないことだよ。嫌われているのは事実だから。
父上への復讐を計画していると、ザワリと周囲が騒めいた。
誰もがある方向を見つめている。
その先へ視線を向けると、そこには深窓の令嬢がいた。
「な、なんで……」
庭園を歩く美女。長くて美しい黒髪は揺れ、
深窓の令嬢は優雅に一礼。
「皆さま、初めまして。リリアーネ・ヴェリタスと申します。本日のお茶会をお楽しみください」
《
隣に座る《
俺、凍え死にそう。凍死する。
誰もが固まって動けない中、リリアーネはしずしずと歩いて俺の隣に座った。
純真で天然なリリアーネ嬢はパーソナルスペースが狭い。
近い近い近い近い!
リリアーネ嬢の甘い香りが漂う。温かな体温が伝わってきそうだ。
だけど、俺にはリリアーネ嬢の温もりを堪能する余裕はない。
何故なら、現在進行形で絶対零度を味わっているからだ。
絶対に彼女のほうを見たくない。隣に冷気を振りまく鬼がいる……。
「本日はたっぷりとサービスさせていただきますね、シラン様」
リリアーネ嬢がニッコリと微笑んだ。
サ、サービスとはなんぞや!?
俺は引き吊った笑みを浮かべることしかできない。
「や、やあ、リリアーネ嬢。ど、どうして? 君が来る予定は聞いていないんだけど……」
「サプライズというものです。ふふっ、驚きましたか?」
ええ。大変驚いております。まさかリリアーネが参加するとは。
なるほど。理解した。ヴェリタス公爵の差し金だな?
たぶん、俺の父上も一枚噛んでいそうだ。
「お父様ががシラン様にこれを渡すようにと」
リリアーネ嬢がヴェリタス公爵からの手紙を差し出してきた。
胸の谷間から取り出される手紙。
その取り出し方と隠し方は流行っているのか!?
恐る恐る手紙を開くと、そこには一言だけ書いてあった。
『責任取れ』
あ、あはは。何の責任を取らなければならないのでしょうね?
冷や汗が濁流の如く流れ落ちる。シャツが湿って気持ちが悪い。
というか、血の涙の痕が手紙に付着している気が……何度か握りつぶしたようでぐちゃぐちゃだし、筆跡も紙を破りそうなほど力が込められている。
「シラン様。なんと書かれていたのか伺ってもよろしいですか?」
「え、えーっとね、大したことではなかったよ?」
「大したことじゃないのなら、話しても大丈夫よね、シラン王子殿下?」
「ひぃっ!?」
感情を押し殺したジャスミンの声。冷たくムッツリと睨まれている。
俺はガクガクと震えながら、両サイドの美女たちから視線を逸らして誤魔化すのだった。
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