第21話 任務の終わり (改稿済み)

 

 ルーザー男爵家の捕縛から一週間が経った。本当に忙しかった。

 まず、男爵家の息子のドッグが使った転移の魔道具の入手ルートを探る。残念ながらどこかの冒険者だったらしく、通り魔に刺されて死んでいた。お金目当ての犯行だろう。目撃者は無し。

 そして、リリアーネ嬢に盛られた毒薬は、薬師見習いが勝手に作ってこっそり売りさばいていたらしい。薬の知識もまだまだな初心者だったらしく、麻薬中毒になった人が何十人かいることがわかった。

 麻薬の原料の植物は、どこかの流れ者が売ってきたらしい。残念ながら売った人物はわからなかった。深くフードを被っていたという。声は女性らしい。

 他国からの干渉は不明。あったのかもしれないし、なかったのかもしれない。暗部と言えども限界はある。

 他にもやることがあった。

 父上が貴族の当主を全員集めて緊急会議を開いたから、当主がいない間に全ての屋敷を調査したのだ。俺の使い魔も総動員した。

 俺やハイドは影の転移や忍び込みで大忙し。情報の整理も大変だった。

 睡眠時間を削って調査した結果、ルーザー男爵家ほど酷い貴族はいなかったが、ちょっと危ない貴族もいた。

 全て国王である父上に報告した。危ない貴族は父上から厳重注意と警告を行ったらしい。

 今、俺はやっと時間ができたので、ある場所を訪れている。


『ファナ。ここの王都の一番大きい病院だったよな?』

『ええそうよ。一番広い部屋よ』

『ありがとう』


 ファナに念話をして病室を確認する。

 暗部の服装のまま病院の中に入っていく。当然、魔力や殺気は纏っていない。だが、注目を集める。

 暗殺や殺人を生業とする暗部の俺は病院に不吉の存在だ。

 看護師や治癒師、患者やその家族が顔を真っ青にして恐怖で震えている。

 そして、俺が通り過ぎたことで、自分が死の対象でなかったことに安堵する。

 看護師や治癒師の中には、患者を守るために必死で俺を止めようとする者もいる。

 素晴らしい心意気だ。こういう人は信用できる。

 だが、残念ながら、俺の邪魔はさせない。手を横に振って、魔力で拘束し、道を開ける。

 病院の一番広い部屋の前に着いた。

 コンコンっとドアをノックする。部屋の中から、どうぞー、と女性の声が聞こえた。

 俺はドアを手を使わずに魔法で開ける。そのほうが周りが恐怖するだろ? 暗部はイメージも大切だ。

 音も立てずに入った部屋の中は、多くの女性がベッドに座ったり、椅子に座ったりしてお喋りしていた。

 暗部の俺を見て楽しげな表情が凍り付いた。


「……ひぃっ!?」


 女性たちの口から小さな悲鳴が漏れる。

 彼女たちはルーザー男爵家に捕らわれていた女性たちだ。拷問や陵辱を受けていた女性たち。心や体が疲弊して、この病院に入院していたのだ。

 暗部に助けられた彼女たちだったが、昔から植え込まれた恐怖は消えないらしい。この国では小さい頃から、悪いことをしたら暗部が攫いに来る、と脅されて育つのだ。

 俺は部屋の入り口に立ったまま、恐怖に震える女性たちの顔や体を見つめる。

 救い出したときはやせ細って、瞳から生気が失われ、世界への絶望が感じられたが、今は少し肉がついて顔は輝いている。まだ少し疲れた様子もあるが、笑顔が増えているようだ。

 よかった。本当によかった。


『彼女たちはこれからどうなるんだ?』


 彼女たちのお世話を頼んだファナに念話をする。


『捕まってた女性たちね。それは私のお店で雇ったり生活のサポートをするわ』

『表のファタール商会か?』

『当たり前よ。裏組織に置くわけないでしょ!』


 そりゃごもっとも。わざわざ悪夢を思い出させることはないな。

 出来れば捕まってた頃の記憶が薄れるくらい幸せになって欲しい。


『頼んだ』

『頼まれたわ。ふふっ。その代わり、対価を貰おうかしら?』


 おぉう……大商会の会長であり、裏組織を取り仕切る吸血鬼の真祖のファナは俺に何を要求するつもりだ? ちょっと怖い。

 妖艶に笑う声が念話を通して伝わってくる。


『まずはあなたの血』

『それくらいいいけど。というか、いつも飲んでるよね?』

『うふふ。そして、あなたとの子供が欲しいわ』

『こ、子供っ!?』


 なん……だとっ!?


『あらっ? 私も長いこと生きているけど一人の女よ。子供くらい欲しいじゃない』


 永劫の時を生きていた吸血鬼のファナ。俺と出会うまで生娘だった威厳ある女王。彼女も一人の女性か。


『そ、それは運に任せるということで……』

『うふふ。じゃあ、今日も頑張りましょうか。夜、待ってるわ』


 楽しそうな笑い声が聞こえ、念話が途切れた。

 流石大人の色気が漂うファナ。俺みたいな男を惑わす術を身に付けている。恐ろしい女性だ。

 ファナとの念話で固まっていた俺。病室にいる女性たちは、一向に何もしない俺にさらに恐怖しているようだ。もう、ブルブルと震えて今にも気絶しそう。

 あんまり長いするのは良くなさそうだ。

 最後に女性たちを眺めると、一人の女性と目が合った気がした。

 地下牢で彼女たちを助け出したときに、唯一少しだけ意識が目覚めた女性だ。

 俺は彼女を見て軽く会釈をした。

 顔を真っ青にしたその女性は、目を瞬き、すぐに思い出したようだ。ハッと目が見開かれる。

 最後に、女性たちに、助けるのが遅くなって申し訳ない、という気持ちを込めて深々と頭を下げ、影を操って転移をする。

 彼女たちの様子は見なくていい。元気な姿を見ることができただけで満足だ。

 後はファナに任せよう。

 助け出された女性たちの様子を確認して、俺の今回の任務は全て終了した。








▼▼▼



 ある部屋に二人の女性が集まっていた。無表情の美しい女性たちだ。

 自然界には存在しない完全なる左右対称の美貌と体つき。瞳や表情には何の感情も浮かんでいない。全てが”無”だ。

 抑揚のない声で彼女たちは機械のように淡々と喋る。


「私が家庭教師として勤めていたルーザー男爵家が潰れました」

「計画に支障はありません。問題ない、と創造主メイカー様に言伝を貰っています」


 ドッグ・ルーザーの家庭教師だった女性と、今回使用された麻薬や転移の魔道具を提供した女性が報告を続ける。

 足取りはつかないように証拠隠滅済みである。彼女たちの主の言いつけ通り。


「ドラゴニア王国の貴族たちが着実に選民思想に染まっていることに、お褒めの言葉を頂きました」

「この調子で任務を続けます」


 報告が終わった二人は、人形のような機械的な動きで一礼した。


「「 全ては創造主メイカー様の御心のままに 」」

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