第16話 解毒 (改稿済み)

 

 リリアーネ嬢が捕らわれた先に転移すると視界が炎に包まれていた。

 これは俺の使い魔である不死鳥の緋彩ヒイロの炎だ。

 俺や床に倒れているリリアーネ嬢、そして部屋には一切影響はない。

 徐々に炎を鎮火させる緋彩。

 床に倒れているリリアーネ嬢は小刻みに痙攣し、喉からは掻きむしったであろう爪の痕から血が流れている。顔は呼吸困難で紫がかった赤。あまりの苦しみでカッと目を見開いている。

 あんまり時間がないな。今すぐ解毒しないと。


「な、なんでふかお前は! こ、殺せ! 殺すんでふ!」


 豚がごちゃごちゃと喚き、後ろにいた護衛であろう男二人が剣を抜いた。

 俺の怒りが頂点に達する。


「邪魔だ!」


 腕を振るって、その衝撃波と膨大な魔力で三人の身体が吹き飛ばされた。

 轟音が響き、高級ホテルの壁を突き破って消えていった。

 ああ、うん。死んでもいいや。そんなことよりもリリアーネ嬢を助けないと!

 急いでリリアーネ嬢の傍に膝をつき、様子を確認する。

 まだ辛うじて意識がある。

 苦しげに目を見開きながらも、僅かに瞳が動いて俺を捉えた。


「ちっ! 使われた毒がわからん! 解毒ができない! 緋彩!」

「はいはーい!」


 赤い小鳥の姿で飛び回っていた緋彩が紅く輝いた。

 次の瞬間には、赤い髪で黄色い瞳の可愛らしいメイド服の少女が立っていた。

 メイド服のスカートの裾を摘まんで、可愛らしく一礼する。


「御用でしょうか、ご主人様?」

「そんなことやってる場合じゃないだろ! 涙をくれ!」


 緋彩の涙、『不死鳥の涙』は解毒に関して言えば最上位の代物だ。

 伝説にしか登場しない『不死鳥の涙』。市場に出回ることなどありえない。

 まず、存在が疑われている伝説上の不死鳥に出会えることないからだ。

 でも、俺は不死鳥の緋彩と契約している。

 涙でも羽でも手に入り放題なのだが……その不死鳥の緋彩は顔をしかめて難色を示す。


「えぇー! やだっ!」

「なんでっ!?」

「ご主人様が使うなら即座に涙でも再生の炎でもあげるけど、赤の他人に使うならあーげない! 私、そんなに軽い女じゃないもん! それに簡単に涙なんか出ませーん!」


 使い魔たちは俺のことは大好きで何でもしてくれるけど、赤の他人となるととことん興味がなくなる。

 くっ! 時間がないというのに!


「《思考加速》」


 視界がスローモーションになった。時間がゆっくりと進む。思考が加速していることで、周囲のスピードが遅くなったように錯覚しているのだ。

 考えろ。リリアーネ嬢を助ける方法を考えろ!

『不死鳥の涙』に匹敵するアイテム……そうだ! 『世界樹の果実』だ!

『世界樹の果実』も伝説上の代物で、どちらかと言うと解呪に秀でており、『不死鳥の涙』よりも若干効力は落ちるが、大抵の毒なら何とかなる代物だ。

 これならばリリアーネ嬢にも効くだろう。


 いや待てよ。今の状態ではリリアーネ嬢は果実を口にすることはできない。なら却下。


 世界樹の果実も使えないとするとどうするか。

 治癒魔法が得意な使い魔……思考加速中の中、使い魔の様子を確認。視覚を飛ばす。

 世界樹のケレナは自室で恍惚と縛られていた。壁に書かれているのは『セルフ緊縛祭り開幕』という文字。実に見事な18禁のアヘ顔だ。

 ……見なかったことにしよう。

 もう一人。二角獣バイコーンのインピュアは……まだベッドでおねんね中。気を失っているようだ。

 ダメだ。頼れない。俺も魔法を使えるが、毒は専門外だ。

 この世には解毒薬は存在する。が、それは毒の種類がわからなければ使用できない。毒の種類によって抗体が違うのだ。

 解毒の魔法も毒の種類を知り、体内で抗体を作り出す魔法。俺には毒の種類を瞬時に知る知識も術もない。

 また、治癒魔法は身体を活性化させて抵抗力を高める効果がある。自然治癒力を高めるのだ。

 身体を活性化させるということは、毒が回る速度も上がるということ。

 確かに、毒の耐性によって早く回復するかもしれないが、逆に毒に耐えきれずに命を落とす可能性も高い。


 魔法も万能では無い。


 考えろ。何か助ける手段があるはずだ。考えろ……考えろ……。

 即座の治癒は苦手なビュティにお願いするしかあとは方法が……そうだ! ビュティだ! いらないからあげるってビュティに貰った『霊薬』を持ってる!

『霊薬』も伝説上の代物だ。数十年に一度くらいダンジョンから見つかる万能薬。

 これは傷や欠損なども全回復するアイテムだ。もちろん、毒も解毒できる、はず。

 この世に『霊薬』が登場すると、億単位のお金で売買される。それほど高価な薬だ。


―――思考加速終了。


 ズキッと頭に走る鈍い痛みを無視して、異空間から透き通った水色の試験管を取り出す。

 後はリリアーネ嬢が飲めばいいのだが、気道が塞がっているリリアーネ嬢は飲めないか。


「すまないが、これは治療行為だからな」


 仮面を取って、『霊薬』を口に含む。

 俺が『霊薬』を体内に取り込まないように口の中を魔力で覆っている。

 口に含んだ俺はリリアーネ嬢の口にキスをした。

 身体が麻痺して口を塞いでいる彼女の舌を俺の舌で絡め、強引に道を作る。

 そして、ケレナから実演込みで教えてもらった魔法を発動させる。

 魔法で気道を確保し、肺に空気を送る。と同時に、『霊薬』を魔法で霧状にし、リリアーネ嬢の肺や毛細血管から体内に取り込ませる。

 身体機能も活性化させ、霊薬が素早く全身に行き渡らせる。毒もリリアーネ嬢の身体を駆けまわるが、霊薬の解毒効果の方が強い。

 すぐに効果が出始めたようだ。

 リリアーネ嬢が俺を突き離そうと手を動かし、首を振って振り解こうとする。


「んぅっ!」


 でも、まだ霊薬は半分残っている。

 俺はちょっと強引にリリアーネ嬢を押し付け、邪魔しようとする彼女の舌を絡めてねじ伏せる。

 弱々しく抵抗していたリリアーネ嬢はついに諦めたようだ。

 ぐったりと脱力し、俺に身をゆだねた。

 相変わらず舌は動いていて、邪魔になるから強引に絡ませて押さえつけている。


「ぷはっ! これでどうだ?」


 全部の霊薬を飲み込ませた。

 顔を真っ赤にしたリリアーネ嬢。瞳は熱っぽく潤んでいる。

 グッと心が揺さぶられる可愛い顔だが、今は彼女の毒が消えたかどうかが大事だ。

 瞳、喉、心臓、手足といろいろと確認していく。

 恥ずかしそうではあるが、手足に力も入るし、呼吸もちゃんとできている。掻きむしった首の傷も癒えている。心臓の音も問題ない。


「たぶんこれで大丈夫だろう。あぁ~久しぶりに焦った!」


 ぐったりと脱力して座り込んだ。

 これでリリアーネ嬢が死んだら、いろいろと大変になるところだった。

 特にストリクト・ヴェリタス公爵が何をするか……。

 リリアーネ嬢がゆっくりと体を起こし、顔を真っ赤にしながら人差し指で唇をなぞっている。

 その仕草はとても色っぽい。わざとじゃなく、天然なのがまた妖艶だ。


「シ、シラン様?」


 何故かリリアーネ嬢に俺の正体がバレている。

 あっ、仮面を外してた。そりゃバレるよな。どうしよう?


「あぁー、リリアーネ嬢。いろいろと巻き込んでしまって申し訳ない。全て未然に防ぐつもりだったんだが……」

「シラン様はもしかして暗部の方ですか?」

「やっぱりバレるか。この服と仮面だもんな。俺は暗部に所属している。誰にも話すなよ? 絶対に秘密だ。秘密を破られたら俺は君を殺さなくちゃいけなくなる」

「わかりました! 二人だけの秘密ですね!」


 リリアーネ嬢の瞳がキラキラと輝いている。

 こういう二人だけの秘密というのに憧れていたのかもしれない。

 貴族御用達の恋愛小説には定番のシチュエーションだし。

 何故知っているのかって? ………………ジャスミンが読ませてくるんです。


「リリアーネ嬢。身体はどこかおかしくないか?」

「ええ。大丈夫です」


 リリアーネ嬢は綺麗で艶めかしい喉に手を当てている。


「ですが、お腹のほうがちょっと不安です」


 不安そうにリリアーネ嬢はお腹に手を当てている。

 どことなく愛おしそうに撫でているのは気のせいだろうか。


「じゃあ、専門家に見てもらうか」


 リリアーネ嬢に手を差し出して立ち上がらせる。リリアーネ嬢はしっかりと自分の脚で立った。

 ルーザー男爵家の捕縛はファナに任せているから、問題はないだろう。念話も来ないし。

 そう言えば、俺が吹き飛ばした豚たちはどうなったんだろう?


「緋彩。吹っ飛んだ豚のことは何か知らないか?」

「あぁ、あの豚? ハイドちゃんが回収してたよ」

「そうか。ありがとうハイド」


 影に向かって感謝すると、俺の影が勝手に動いて一礼した。

 有能な使い魔を持って本当に助かる。

 訳がわからず首をかしげているリリアーネ嬢がキョロキョロと辺りを見渡した。


「あの~? そのお方は? それに、私に懐いていた赤い小鳥さんは知りませんか?」

「赤い小鳥? それならそこの少女だ。俺の使い魔の一人。リリアーネ嬢の警護をお願いしてた」

「ご主人様の使い魔の緋彩でーす! とても気持ち良いおっぱいでしたよー!」


 緋彩が人懐っこい笑顔を浮かべて手を振っている。

 リリアーネ嬢は、はぁ、と返事をするが理解できていない様子だ。

 まあ、人型をとれる使い魔と契約している人なんて滅多にいないからな。無理もない。

 メイド服を着た緋彩が眠そうに大きな欠伸をした。


「ふぁ~あ。ねむねむ。欠伸をしたら涙が出ちゃった」


 おい。簡単に涙は出ないんじゃなかったのかよ。普通に出てるじゃないか!

 俺のジト目に気づいた緋彩は、しまった、とグシグシと袖で涙を拭い、そっぽを向いて口笛を吹き始めた。

 地味に上手い口笛だ。


「……緋彩さ~ん? ちょ~っとお話があるんですけど~!」

「いいじゃんいいじゃん! ご主人様はカワイ子ちゃんとキスできたんだし!」

「あれは医療行為だ!」

「そうかなー? 女の子の唇を奪った罪は重いよー! 責任取らないとね!」


 言うだけ言った緋彩は赤い光になって俺の身体に吸い込まれていった。

 逃げやがったな! 後で思いっきり泣かせてやる! 止めてと泣き叫んでも止めてやらん! ポロポロ涙を流しても許さん! 覚悟しとけ!


「俺の使い魔が申し訳ない」

「い、いえ。可愛らしい方ですね」


 お腹を撫でながら、少しびっくりしているリリアーネ嬢。

 女の子が消えて俺の中に吸い込まれていったら普通驚くよな。

 さて、そろそろ移動するか。リリアーネ嬢の体調も不安だし。

 俺はダンスに誘うかのようにちょっと気障っぽくリリアーネ嬢に手を差し出した。


「リリアーネ嬢。場所を変えますので掴まっていただけますか?」


 リリアーネ嬢は恥ずかしそうにしながらも、手を繋いでくれた。


「あら? ダンスのお誘いじゃないのですか?」

「機会があれば誘いますね。では、ちょっと暗くなりますが、怖かったら目を瞑ってください」

「えっ?」


 俺たちの足元から闇が湧き出て、絡みつきながら体を覆っていく。

 驚いたリリアーネ嬢が俺を抱きしめるようにつかまり、俺とリリアーネ嬢は闇の中に沈んでいった。


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