第15話 這い寄る闇 (改稿済み)

 

<リリアーネ視点>


「不思議な人でした…」


 先ほど出会った男性のことを思い出してしまいます。

 ドラゴニア王国の第三王子であるシラン・ドラゴニア様。

 噂では夜遊び王子とか無能王子と言われている王子殿下は、不思議な魅力がある男性でした。

 人懐っこい笑顔で、心地良い雰囲気で、自然と目で追ってしまうというか……。

 身体の動かし方から武術の嗜みはあると思われます。隙のない足運びと重心の移動。

 私も武術を嗜んでいるのでわかるのです。

 一緒に居た、名前は忘れましたが、太った方とは大違い。

 癇癪をまき散らし、正直不快でした。

 貴族の娘たるもの、本音は心に隠し、顔には笑顔を浮かべるというお母様の教えを実行しましたが。

 結婚するなら絶対シラン様のほうがいいです!

 ですが、女の私にはわかります! シラン様は私に興味がないと!

 女の勘です! 勘なのです!


「はぁ……私には魅力がないでしょうか?」


 呟いた後に、それが自分の口から出た声だということに気付きました。

 あれ……? 私は何を……?

 その時、手に乗った小さな赤い小鳥がピィと声を上げて鳴きました。

 部屋に戻ったら、窓をコンコンと叩くこの小鳥さんが居て、何故か私に懐いてしまったのです。

 私の手や腕や肩をチョコチョコと移動する姿はとても可愛い……。


「姫様、その小鳥はどうされたのですか?」

「窓をコンコンと叩いていたので、窓を開けたら懐いてしまったようで……」

「仕方がありませんね」


 お付きのメイドさんが苦笑して、お茶の用意をしてくれます。

 今日のお茶菓子はクッキー。小鳥さんも食べるでしょうか?

 小さく割って小鳥さんに差し出したら、小さな嘴で食べてくれました。

 とても可愛いです。飼ってもいいですかね? 後でお父様とお母様にご相談しましょう。


「姫様。先ほど殿方とお話しになられたとか。どうでしたか?」

「そうですね。あんな風に殿方と近くでお喋りしたのは久しぶりでしたけど、とても楽しかったですよ」

「お相手はルーザー男爵家の嫡男と第三王子殿下だったそうですね? 大丈夫でしたか?」

「ええ。特にシラン様とは楽しくお話しさせていただきました」

「シラン王子殿下ですか。あの夜遊び王子にはお気をつけなさいませんと! パクっと食べられてしまいますよ! 男は皆、獣なのです! 姫様はお美しいので」

「私なんか見向きもされませんよ。シラン様のお隣には私よりもお美しい方がいらっしゃいましたから……」


 白銀の髪の侍女を装った神のごとき美貌の女性。

 あのお方にシラン様の好意が向いている気がしました。女性のほうもシラン様に好意を……。

 私が入り込む隙なんかありません。あの女性が羨ましいです。

 ……あらっ? あの女性が羨ましい?

 この感情は何でしょう? これは……嫉妬?

 初めて感じる感情に悩んでいると、赤い小鳥が私の胸元に飛び込んできました。

 私の胸を巣だと思ったのでしょうか? 気持ちよさそうに胸の谷間に収まっています。

 コンコンっとドアがノックされました。

 入ってきたのは侍女の一人。

 私に何か水晶のような透き通った塊を差し出してきました。


「シラン王子殿下の使いの者がこれを姫様に渡して欲しいと」

「まあ! シラン様から!? これは一体何でしょうか?」


 何故か心が躍って嬉しいと思っている自分がいます。

 水晶を触った瞬間―――めまいのような感覚に襲われ、周囲の空間がぐにゃりと歪んで……。

 あらっ? あらら?


「姫様っ!」


 必死の形相で手を伸ばす侍女たちを呆然と眺めながら、気づいたときには見たこともない部屋に立っていました。

 高級そうな調度品に囲まれた部屋の中。

 ここはどこでしょうか? 知らないお部屋です。侍女たちもいません。

 チクリと肩のあたりに痛みが走ったかと思うと、欲にまみれた気持ち悪い声が聞こえました。


「むふふ! ようこそボクのリリアーネ」

「あ、あなたは……!?」


 えーっと、名前は何だったでしょうか?

 先ほどお会いした生理的に受け付けない男性としか……。

 太った男性が鼻息荒く、気持ち悪い笑みを浮かべて、私の身体を舐めるように見てきます。

 その男性の後ろには似たような眼差しの男性が二人……。

 とてもとても気持ち悪いです!


「シ、シラン様は……?」

「シラン? 誰でふかそれは?」

「坊ちゃま。先ほどのヴェリタス公との会談にいたお方です」

「………あぁ! あの綺麗なメイドの横にいたあのいけ好かなくて薄汚い男でふか! むふー! あの男めっ! アイツの目の前であのメイドを犯し、殺してやるでふ!」


 むふー、と鼻息荒く手に持っていた杖を床に叩きつけましたね。

 何故か怒り狂っている名前を忘れた男性。

 私から視線がずれていますね。今です!

 その隙に私はスカートの中に手を入れます。

 ドレスのスカートの中、太ももの内側にいつも隠している護身用の短剣。慣れ親しんだ無機質で冷たい柄を握って、いつでも引き抜けるように準備します。

 お父様は武闘派の貴族。当然娘である私も武術や剣術などの心得はあります。

 こういう状況の対処も叩きこまれているのです。

 部屋のドアは男たちがいるので脱出はできそうにありませんね。

 とすると、可能性があるのは背後の窓からですか。

 眺めがいいので結構高い部屋のようですが、飛び降りても大丈夫でしょうか?

 最悪の場合は自害ですかね。


「そういえば、ボクのリリアーネは何故あの男の名前を言ったのでふか?」

「坊ちゃま。シラン王子に全ての罪を着せるため、私が転移結晶を持たせた従者に指示をしました。転移の魔道具を王子からと言って渡せと」

「むふー! 頭がいいでふね! 後で好きな女をあげるでふ!」

「ありがたき幸せ」


 そういうことですか。全てシラン様のせいにするために……。

 折角シラン様からの贈り物だと思ったのに! 許しません!

 短剣を抜き去り、背後の窓へと突進し、窓を突き破るために短剣を振るって……キィーンっと甲高い音が響き、衝撃が腕に返ってきました。

 痛い! 手に痺れが!


「むふふ。この部屋には結界が張ってあるのでふ。外には声も届かないでふ。だから、安心して声を上げていいのでふよ。沢山声を上げて乱れるのでふ! それに、そろそろ効き始めるころでふね」


 何のことだろうと思った瞬間、手から短剣が零れ落ちてしまいました。

 な、なにこれ!? か、身体が!?

 身体がカァっと熱を帯びて、熱くて熱くて仕方がありません。熱い! 身体が熱い!

 特にお腹や股の辺りがジンジンして変な気分。皮膚が敏感になって服すらもくすぐったい!

 視界も霞がかかったようにぐにゃりと歪んでいます。身体が痺れて自由が利きません。

 ゆっくりと床に倒れ込むしかできませんでした。

 これはもしや……毒!


「むふふ。軽い麻痺毒と媚薬を投与したでふ。ボクのリリアーネが転移してきた瞬間に吹き矢で。これで楽しめるでふね。大丈夫でふ! 薬がきれる頃にはリリアーネが自ら腰を振っているでふ! 壊れていなければ!」


 何か太った男性が言っている気がするけど、それどころではありません。

 く、苦しい! 熱い! 熱い熱い熱い! 体が熱くて苦しい! 喉が、息がぁ! 息ができません! 空気が欲しい! 息ができない! 身体が燃えるように熱い!

 力を振り絞って喉を掻きむしるけど息ができない!

 誰か助けてください!


「……ァッ!」

「ど、どうしたのでふか? まあいいでふ。さっさとボクの女になるでふ」


 ぼんやりとした視界の中、太った脚が近づいてきて、私の胸から何かが飛び出し、視界が真紅に染まりました。

 熱い! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!

 視界が燃えています! 身体も燃えるように熱い!

 誰かの喚き声が聞こえ、痺れと呼吸困難で本格的に動かなくなった私の身体。

 ぼんやりと意識がなくなる中、私は死ぬんだと理解しました。

 何故なら、視界の端で、ねっとりと濃厚な闇が膨れ上がり、黒いローブを着た死神が現れたのですから。

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