第6話 夕食

 

 夕食の席には珍しく父さんの姿があった。

 いつもは皇帝陛下の護衛で忙しく、夜遅くにしか帰ってこないのに、珍しく早く帰ってきたらしい。


 父さんは見た目は二十代前半のように若々しく、程よく筋肉がついた細マッチョだ。

 短く切った白銀の髪。吸い込まれそうな青い瞳。妹のソマリアと同じ青の瞳だ。


 俺の容姿は父さんに似ている。

 髪は白銀だ。でも、瞳の色は紫色。母さんの遺伝だ。


 俺は父さんの近くに歩み寄る。


「おっ? ルクシアどうした?」


「歯を食いしばれ! この脳内お花畑のクソ親父!」


 俺は怒りを込めて全力で父さんの顔面に拳を叩きつける。

 しかし、父さんのイケメン顔を殴る前に、小指一本で防がれた。

 人差し指じゃなくて小指というのがまたムカつく。


「お兄様!?」


「あらあら!」


 ソマリアが悲鳴のような声を上げて立ち上がり、母さんはおっとりと微笑んでいる。

 父さんが余裕そうに俺の拳を受け止めている。

 全力で力を込めるが全く動かない。


「おいおいどうしたんだ? 反抗期か?」


「おい、クソ親父! なんで俺の適性を教えてくれなかった!」


「適性? 何のことだ? ルクシアは剣には向いていないってずっと言い聞かせてきたんだけど」


 キョトンと首をかしげる父さんに怒りが湧く。

 イケメンなのがもっとムカつく。


「それは自覚してる! そっちじゃなくて魔帝のことだ!」


「アリシア、ルクシアに言ったのか?」


「全部喋ったわ。この子ったら恥ずかしがっちゃって」


 恥ずかしがってなんかいない! 呆れたんだ!

 でも、今はどうでもいい。父さんを一発殴りたい。


「魔帝? お父様が倒したという魔帝がどうかしたのですか?」


 話が分からないソマリアが不思議そうに首をかしげている。


「父さんはどうして俺の魔帝の才能を教えてくれなかったんだ! 俺が産まれた直後に母さんから聞いてたんだろ!」


 父さんはポカーンと間抜けな顔をする。

 そして、記憶を探るように目を瞑って考え始める。


「あぁー? そうだったっけ? アリシア本当に言ったのか?」


「ええ。でも、アークはルクシアを抱っこするのに夢中だったわね」


「だそうだ。俺は覚えていない、というかちゃんと聞いていない。これで納得したか?」


「……ああ。俺の両親はどうしようもないバカっていうのがわかった」


 もう、両親を信じすぎるのをやめよう。

 俺もそろそろ独り立ちの時期かなぁ。


 俺は殴りかかっていた拳を下ろし、自分の席にぐったりと座り込んだ。

 ソマリアが心配そうに手を握ってくる。


「お兄様? 一体どういう事なんですか? 魔帝の才能とは?」


「後で父さんと母さんに教えてもらったらいい。俺もさっき聞いたんだ」


 まだ食事が運ばれてくるまで少し時間がある。

 その前に父さんと母さん、そして妹のソマリアに言わないとな。


「みんな聞いてくれ。俺は騎士学校を辞める。剣帝の息子を辞めるよ」


「お兄様!?」


 ソマリアはびっくりして勢いよく席から立ちあがった。

 父さんと母さんは微笑むだけだ。


「そうか。やっと気づいたか。自覚するまでに長いことかかったなぁ」


 才能がないから辞めろ辞めろ、と言うだけで、別の道を教えてくれなかった父さんたちの責任もあると思うのだが、俺はグッとこらえて我慢する。

 このラブラブな両親に何を言っても時間の無駄なのだ。


「お兄様! とうとうお決めになられたのですね!」


「うわっ!?」


 ソマリアが勢いよく抱きついてきた。

 彼女の綺麗な青の瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちている。

 悲しみの涙ではない。嬉し涙だ。


「とうとう私と結婚して、私のヒモになってくださるのですね! ソマリアはお兄様のことをたっぷりと甘やかして差し上げます! 今日は私とお兄様の初夜ですね! 私、頑張ります!」


「ちょっと待とうか、ソマリアさん! お願いだから待ってください!」


「あら? どうされたのですか、お兄様?」


 キョトンと可愛らしくソマリアは首をかしげている。

 おかしなことを言っているのに気づかないのだろうか?


 父さんと母さんもソマリアを止めて………くれないですよね。

 二人はソマリアの味方だから。


「俺とソマリアは血の繋がった実の兄妹。ドゥーユーアンダースタン?」


「もちろん理解しておりますが」


「血の繋がった兄妹だから結婚とかできないだろ!」


「はい? お兄様はご存じないのですか? 帝国法によると一代限りなら近親婚は許されるのですよ。だから私はお兄様と結婚できるのです!」


「えっ? マジ?」


 思わず対面の父さんと母さんを見る。

 二人は、うんうん、と頷いている。


「正確には十代ほど先祖をさかのぼって近親婚がなかったら結婚が許されるな。俺もアリシアも平民の家系だから近親婚なんてしたことがない。近親婚はほぼ貴族がすることがだからな。だから大丈夫だぞ!」


「ちなみに、一夫多妻制や一妻多夫制も導入されているわ。流石に多夫多妻は許されていないけれど」


 し、知らなかったぁ。

 俺は時間があれば剣を振っていたから、そういった知識には疎いからなぁ。

 もっと勉強しよう。


「と言うわけでお兄様! 結婚しましょう!」


「俺は許すぞ」


「そうよ! 二人とも結婚しちゃったら?」


「だぁー! 急にそんなこと言われても、混乱している俺には無理!」


 それに、結婚するんだったらハンナと……。


「………………チッ! あの泥棒猫めっ!」


「えっ? ソマリア何か言った?」


「いえ何も!」


 一瞬ソマリアの顔が悪女の顔になった気がしたんだけど、気のせいか?

 光の仕業だな。うん、気のせいか。


「私はお兄様しか愛しておりませんので、一妻多夫はありえません! だから私との結婚を前向きにお考え下さい。お兄様がどうしてもというなら複数の妻を娶ればいいと思います。正妻については………後ほどじっくりと決めましょう」


 輝く笑顔のソマリアから凍える風が吹いてくるんだけど。

 とても寒いんだけど。


「ルクシア、ソマリアちゃん。結婚の話とか私が魔帝だったという話はあとにして、そろそろ夕食にしましょうか」


「えぇっ!? お母様が魔帝!? 一体どういうことですか!?」


 結局、夕食の前にソマリアに説明することになりました。

 あの甘ったるい話を聞かされた俺は胸焼けし、いつもより食べる量が減りました。


 あっ、お饅頭が残ってた。後でハンナとお茶しようっと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る