職務質問

 警察署の建物に沿って歩き、裏へと回る。

 どこから侵入しようかと考えていると、不意に声を掛けられた。

「もし。なにか御用ですかな?」

 恐る恐る振り返ると、トレンチコートのポケットに手を突っ込んだ中年の男と、見た目には爽やかなスーツ姿の青年の二人が居た。

「こっちにゃ、雑草ばかりで何もありませんよ。御用なら表に回って、受付の方に仰って下さい」

「は、はぁ……」

──この二人も僕のことが見えているらしい。

 トレンチコートの男はポケットから黒いものを取り出した。

「……まぁ、緊急の用件でしたら、私どもでお伺いますがね」

 ガハハと、豪快な笑みを浮かべたトレンチコートの男が僕に見せてきたのは警察手帳であった。

『刑事課所属・野浦重正』と書かれたその手帳を見て、僕は愕然としたものである。

「シゲさんは、ただ暇なだけでしょう……」

「うるせぇよ、若僧が。そう言うんなら、事件の一つでも持って来いってんだよ!」

 野浦が不謹慎な怒鳴り声を上げて、スーツ姿の青年の肩を小突く。

 青年は苦笑いを浮かべると、僕に頭を下げてきた。

「すみません。シゲさんはこんな感じですけれど、一応、署内では敏腕刑事と呼ばれているくらいの人なんですよ」

「一応とはなんだよ」

 野浦が舌打ちをするが、青年はそれを無視して僕に向き直ってきた。

「ははは。……ところで、こんなところで何をなさっているのですか?」

 笑ってはいるが、建物の裏手に回ろうとする僕のことをこの青年も怪しんでいるらしい。


「僕のことが、見えるんですか?」

 僕は刑事らの質問には答えず、代わりに疑問を投げ掛けた。僕の質問に、野浦は首を傾げてきた。

「そりゃあ、見えますとも。……もしかして、あなた、人に見えちゃいけない妖か何かですか?」

「ちょっと! 失礼ですよシゲさん」

 冗談めかす野浦を、青年が窘めた。

 しかし、僕からすれば別に野浦の答えは的外れといわけでもない。

 青年は僕の質問の意図が分からず、頭を掻いた。

「私も見えますけれど。……すみませんが、何を仰りたいのか、よく分かりませんね。 失礼ですが、お名前とご年齢を教えて頂けますか?」

 青年からも疑いの眼差しを向けられてしまった。

 さらっと、警察官お得意の職務質問へと移行されてしまう。

 そりゃあ警察の敷地で不審な行動をしているのだから、警戒されるのは当たり前のことであろう。

 お上に嫌疑をかけられて、一小市民である僕は素直にそれに応じた。

「えっと……柳城亜久斗です。はい……」

 青年はポケットから警察手帳とペンを取り出して、僕の発言をメモしていった。

 僕は冷や汗をかきつつ、素直に刑事たちの質問に答えた。

 一通り個人情報を伝えたが、どうやらこれで解放というわけではないようだ。青年は警察署の正面口の方を手で差した。

「詳しいことは署内で聞きましょう。あちらへどうぞ……」

「あ、いえ……。やっぱり、大丈夫ですから……」

「まぁ、そう焦らないで。刑事と話すことよりも、優先しなきゃいけないことなんてないでしょう?」

 野浦が馴れ馴れしくポンポンと肩を叩いてきた。


 そう言われると、僕にはもっと大事な目的があるのだが──。

 しかし、それを口にしたところで、話が拗れるだけである。

 僕は深く息を吐いて、考えを改めることにした。

 こうなったら事情を話して、直接体を返してもらえるように交渉してみよう。自分の体なのだから、素直に話せば返してくれるかもしれない。

「さぁ、あちらへ行きましょうか」

 野浦が馴れ馴れしく僕の肩に手を乗せてきたのは、僕の逃亡を防ぐためなのだろうか。空いた方の手で、野浦が警察署の入り口を指す。

 僕は野浦に肩を掴まれ、脇を青年に固められたまま警察署内へと連行されてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る